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齋藤宏章 Headshot

世界へ駆け出す必要性〜中国、大連市中心病院を訪れて〜

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私は宮城県仙台市にある仙台厚生病院で今年の4月から消化器内科後期研修医として働いている。

日々、内視鏡の検査、救急患者対応、病棟の業務など専門的な研修を積ませていただいている。院内で自身の技術を研鑽すると同時に、私は若いうちから海外へ飛び出して行く姿勢が大事だと考えている。

6月上旬の3日間、中国の遼寧省大連市にある大連市中心病院を訪問する機会があった。大連の病院は非常に大規模で世界と交流を深めており、私は世界へ飛び出して行く重要さを再認識した。非常に刺激的な経験であり報告したい。

大連市は遼東半島の最南端にある人口600万人程度の遼寧省2番目の大都市だ。成田空港から直通便で3時間弱の距離にある。大連市中心病院はその中心部に位置する。その内視鏡科に当院の平澤医師が4年前よりESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の指導に携わっている。今回無理をお願いして同行させていただいた。

訪問してまず驚いたのは病院の大きさ、圧倒的な患者数だ。日本のどの病院よりも規模が大きい。病床数はおよそ2300床で外来は1日に3000-4000人、ざっと見積もって年間100万人近くが受診するそうだ。

年間の病床稼働率は100%を超える。平均在院日数は10日。入院患者は年間約9万人で、うち4万人は手術を受ける。手術室は34部屋。日本の大学病院の年間手術件数が1万件程度であることを考えると、はるかに症例数が多く、かつ回転が早い。

院内には各科の紹介ポスターが貼ってある。救急科のポスターには、「年間の救急受診数が8万人、うち救命したのが7000人であり高い救命率を誇っています」と書いてある。

3次救急に相当するのが7000名程度と推察される。循環器内科は第1循環器内科から第6循環器内科に分かれ、それぞれの主任の写真がポスターとして貼ってある。症例が多いだけでなく、技術力の向上にも力を入れている。内視鏡科をはじめ、耳鼻咽喉科、循環器内科、放射線科などが多くの国外の医師と交流し技術力を高めていることが院内に掲載されている。

日本に帰り、この状況を院内で報告すると「この病院だけで大きな臨床報告・研究ができるのではないか」という声が上がった。多くの患者が集まるということはそれだけ治療の専門性が高まり、患者への利益も大きいが、医師にとっても経験症例数が増え、貴重な症例も集まりやすい。

大連市中心病院の規模でも中国では中規模よりも大きい程度と聞くから、驚かされる。中国の国際的な競争力は今後もどんどん高まっていくと感じる。

内視鏡科は消化器内科とは別の部門として設立されている。内視鏡科の医師は7名。内視鏡の機械などは日本と同様のものを使用している。

驚くべきことに、ESDの治療中に患者は全身麻酔管理されている。患者はベッドの上で横になり、気管挿管され、人工呼吸器に繋がった状態で治療を受ける。治療中は麻酔科医も内視鏡室に常駐し管理をする。

日本では薬剤を静注し、患者を鎮静させ、消化器内科医のみで治療を行うのが通常である。この光景には非常に衝撃を受けた。鎮静をかけると呼吸機能が抑制されることがある。酸素化の低下や患者が確実に鎮静されているかといったことを、術者が気にすることなく治療に集中できると言う点で、この方法は非常に合理的である。

指導中は見学しているスタッフもスマートフォンを手に動画を撮影したり写真を撮ったり自由に見学をする。ESDの指導以外にも上部消化管内視鏡診断のレクチャーもあり、実際に内視鏡を行う若いスタッフの目は輝き、平澤医師に貪欲に質問をしている様子が印象的だった。

中国の医師は日本よりも競争的な環境に晒されている。懇親会では医師養成について話を聞くことができた。中国では医師は日本ほど優遇された職業ではないという。5年間で大学を卒業するのみで病院に就職することは難しく、さらに3年間の大学院を経て初めて就職する病院が見つかるそうだ。

大都市の病院は賃金が高いために、競争率も高く、非常に就職難であると言っていた。大学を卒業すればほぼ100%、勤務先の見つかる日本とは対照的である。就職してさらに2年間程は日本での初期研修のように各科を短い期間でローテーションしなくてはならない。

中国では少し前にローテーションを長くしようという方針が決まり、若手の医師の反発を招いたという話も聞いた。専門科に従事する時期が遅くなる、女性のキャリアを考えていないという論争が起きたそうだ。

大連を訪問して感じたことは、中国が医療面においても今後競争力を増して行くこと、世界への発信力を高めていくであろうことだ。実際に論文数など中国の躍進は著しいと聞く。またそうした病院と海外の医師は交流をすすめている。こうした潮流に遅れないためにはどうしたら良いだろうか。

私はより多くの経験をつみ、かつ世界に報告していくことが必要だと考える。幸い、私の所属する仙台厚生病院の消化器内科は全国トップレベルの治療症例数を誇り、多数の専門性の高い指導医を有している。環境に甘んじることなく、多くの症例を経験し、機会を逃さず海外へ飛び出して行き、かつ発信する。そうした姿勢が特に私のような駆け出しの医師には重要であると再認識した。

最後にこのような機会を与えていただいた平澤医師、大連市中心病院の方々、そして送り出していただいた仙台厚生病院のスタッフの方々に感謝したい。