北海道・北見赤十字病院での初期研修

北見赤十字病院と印字された法被を背負い、約100名の職員が掛け声と共に商店街を踊っていく。私を含め10名の研修医もその中にいた。これも研修の一環である。

「ソレ!ソレ!ソレ!赤十字!」

2015年7月17日金曜日夕方、北海道は北見市、北見赤十字病院と印字された法被を背負い、約100名の職員が掛け声と共に商店街の道路を踊っていく。私を含め10名の北見赤十字病院の研修医もその中にいた。これも研修の一環である。

私は福岡県に生まれ、大学から東京に上京したあと、初期研修病院として北海道は北見赤十字病院(以下北見日赤)を選択し、今年の4月より研修中である。北見日赤、オホーツク圏での研修についてご紹介したい。

北見市は北海道の北東部に位置するいわゆる「オホーツク圏」の市の一つである。人口12万4千人とオホーツク一の人口を誇り、面積は全国の市の中で4番目の広さである。玉ねぎの生産量が日本一であり、「焼肉の街」としても有名で市内には焼肉店が軒を連ねる。冬には−20度を超える極寒の中、野外焼肉会が開かれる。オホーツクと聞くと遠いイメージだが、羽田空港から飛んで北見駅に着くまで約3時間、新千歳から飛んで約2時間と北見市は意外と都会からのアクセスは良い。北見日赤は北見市の中心部・北見駅近郊に位置している。屋上にはヘリポートを有し、8階建の病室からは北見の山々が一望でき、雄大な眺めである。

オホーツク圏はオホーツク海に面した紋別、遠軽、網走、北見の地域で構成される第3次医療圏である。周囲を道北、十勝、釧路・根室の地域に囲まれている。オホーツク圏の面積は10.691平方キロメートル、これは新潟県の面積よりも大きく、四国の半分を上回ると言えばイメージしていただけるだろうか。人口は31万人、人口10万人対比での医師数は151.2名で全国平均237.8人を大きく下回る。そのような地域で北見日赤は地域の医療の中核を担っている。病床数は約560床、医師数約90名、圏内唯一の3次医療救急救命センター病院であり、かつ唯一のがん診療連携拠点病院である。救急搬送では、1時間、2時間をかけて患者さんが到着することもある。

北見市から札幌までの距離は約350kmあり、これはおよそ横浜・名古屋間に相当する。こうした地理的制約からもオホーツク医療圏では北見赤十字病院が「最後の砦」の役割を担っている。

北見日赤の研修医は1,2年合わせ10名が在籍している。出身の内訳をみると、札幌医科大学3名、北海道大学2名、慶応大学2名、聖マリアンナ医科大学1名、東京大学1名、順天郷️大学(韓国)1名と道内・道外出身者が半々と道内の研修病院としては珍しい内訳になっている。これに加えて、総合内科にはほぼ毎月昭和大学、東京の日赤医療センターから2年目の研修医が地域研修として参加している。「他の病院の研修医と交流がこんなにある病院は珍しい」と言われたこともある。毎月来る先生が変わるため、色々な先生のやり方を学んだり盗んだりすることが出来て勉強になり、とても楽しい。

私は6月,7月に総合内科をローテートした。当院の内科は消化器内科、循環器内科以外の内科系疾患が集まる。したがって肺炎、尿路感染症に始まり、膠原病、血液疾患、腎臓病、内分泌、神経内科に至るまであらゆる症例を経験する。それぞれ専門の先生を交えたチーム医療を展開しているわけだが、疾患の勉強や、検査の計画、データの解釈など自分の手にあまる場合も多い。そういうときには2年目の先輩研修医、または同期に相談しよく議論していた。同期とは「国試では確かこういう風に習ったよね」と知識を確認し、上の研修医の先輩には「こういう患者さんにはこんな検査があるよ」と実践的なアドバイスをもらい、地域研修の研修医の先輩方には「うちの病院ではこんなやり方もやっていたよ」と別の施設流もちゃっかり聞いてしまう。こういった具合に研修医間の情報交換は活発で、お互い自分が今どのような診療をしているのか、治療について悩んでいることなど研修医室で議論する。これは当院の良いところの一つだと思う。

研修医が地域の行事に参加することは研修の特色の一つだ。先日7月17日には病院近くの駅前の商店街を中心に行われた「北見盆地祭り」に100名を超える職員が踊りに参加した。研修医ももれなく参加し、「北見赤十字病院」と書かれた法被を着込んで、商店街を1時間半ほど練り歩いた。祭りには他にも地元の高校・大学生、病院、銀行などの団体も参加しており、それぞれの団体の踊りを沿道いっぱいに街の人々が見守っていた。「僕、今日踊ってくるので、夕方回診は来れないんです。」「あら、病室からながめてるわ!見えるかしらね。」なんて会話を患者さん達と病室で繰り広げたものである。

8月には地元の方々と屋外でフォークダンスやBBQを行う会があった。

地元の企業協賛のもと地元の方々が研修医や職員と市民の交流の為に企画されている。地域の方々と青空のもとフォークダンスを踊り、その後焼肉を食べるという独特の企画である。フォークダンスを知らない研修医は一から習うのである。地元の方々には「どこから研修に来たのか」「何科を志望しているのか」「北見の街はどうか」等々聞かれ、研修医に対する関心の高さを感じると共に、のどかな会のムードに地域の温かさを感じた。会の模様は翌日には地元の新聞に取り上げられ、驚いたものである。

研修中に「北海道らしさ」「北見らしさ」を初めて実感したのはやはり言葉だった。4月、研修初日、右も左もわからぬまま、まずは患者さんの話を聞こうとベッドサイドに行った時の話。

「体調はいかがですが?」「そうねえ。こわいですねえ」

こわい?その方は次の日に内視鏡の検査を控えていたため、検査を受けることが怖いのだろうな、はじめはそう思っていたが、そのあとも病棟にいる患者さんは口々に「こわい」と言う。よくよく話を聞くと、体調が悪いということをこちらでは「こわい」というそうだ。翌日からは「こわいところはないですか」と聞くようにしてみた。体調が良くないということは「あずましくない」とも言うらしい。「あずましくないって何ですか?」と訴えた患者さんに聞いたことがある。「あずましくないはあずましくない、よ」と返され、困惑すると共にまあそんなものかと納得したものである。「こわい」や「あずましくない」感覚は他の日本語では微妙にニュアンスが変わるそうだ。「方言でしか言い表せない」ということは同じく地方出身の私には理解できる感覚であり、どこか懐かしいものである。

北海道はとても地名が難しい。女満別(めまんべつ)、留辺蘂(るべしべ)、丸瀬布(まるせっぷ)...紹介状を読む際や、患者さんの住所を確認するのも一苦労である。遠方より外来にかかりつけ、入院されるかたは退院後のマネジメントを考える際にどのくらい離れたところに住んでいるのかが重要になることも多い。東京なら「退院したらまた来てください」で特に問題はないだろうが、こちらでは退院時の面談では「通院はどのくらい時間かかりますか」が必要になるのだ。初めて知る地名をグーグルマップで調べて「遠い。。。」と思うこともしばしばである。遠方から通院を継続することが困難な方も多いため、地域の他の病院との病診連携の重要性を痛感する日々である。

研修医に対して、先生方は熱心な指導をしてくださる。日々のカンファレンスはもちろんのこと、院内カンファレンス、地方会での発表などの勉強の機会は多い。指導医の先生方も道内、道外さまざまな地域から来ている。専門領域はオホーツクで自分を含め数人であるという話もままあり、文字通り地域の医療を背負って立っておられる。

福岡に育ち、東京で医学を学んだ私にとっては北海道・オホーツク圏での研修生活は、文化的にも医療的にも日々新鮮な出来事ばかりである。新しい環境に飛び込んできた研修医同期はとても活気にあふれている。私自身もこの地に飛び込んできた日のことを忘れずに研修生活に邁進していきたいと思う。

参考文献:上林実 Frontiers in Gastroenterology Vol.19 No.1 2014-1

平成24年北海道保険統計年報

(2015年9月29日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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