政府の待機児童緊急対策は、合格点だったのか

政府の有識者会議の委員の立場から、また現場の保育園経営者で2人の子育てしている父親の立場から、僭越ながら細かい解説と評点をさせていただきます。

昨日、塩崎厚労大臣から、政府の待機児童緊急対策が発表されました。

政府の有識者会議の委員の立場から、また現場の保育園経営者で2人の子育てしている父親の立場から、僭越ながら細かい解説と評点をさせていただきます。

以下が、今回示された案の中で、重要な点です。

【保育士給与引き上げ額を示さず】 0点

今回、最もガッカリな点は保育士給与の引き上げについて言及しなかった点。何度も言及していますが、保育士不足が保育園増設の足を引っ張っているのです。そして保育士不足の元凶は処遇が低いこと。

財源の問題がネックということですが、そんなわけがありません。江田議員も指摘しています(保育所対策「自民案は的外れ」 江田・民進代表代行:朝日新聞 http://bit.ly/1SrLDz5 )が、公共事業費は7兆円。毎年2〜3兆使い残しているわけです。それなのに3000億が出せない、ということはないのです。

今後、「1億総活躍プラン」において、保育士処遇の改善に踏み込む、ということですが、自民党内の議論を見ていると、4%(8000円増)に毛の生えた程度の額に収まりそうです。官邸のリーダーシップによって、大胆な改善をしなくては、来年も待機児童問題は政権にとっての時限爆弾になるに違いありません。

【認証保育所等の認可化移行支援】 30点

自治体が独自で認証し、補助金を入れている、「準認可保育所」とも言うべき施設があります。東京都であれば、認証保育所。横浜市なら、横浜保育室のようなところですね。

こうしたところが、認可保育所に移行するための支援をもっとしよう、ということなのですが、効果は薄いと思います。というのも、移行できる面積だったり保育士率の園は、子ども子育て新制度施行の年である今年度に、もう移行しているので。

【自治体に積極認可を促す】 90点

これ、地味に大切です。自治体は、参入意欲がある事業者がいても、「いや、そのエリアは要らないんで」とかいって、門前払いしたりします。江東区も「小規模保育は作らせない」ということを言っていますし、世田谷区も自治体が用意しなくちゃいけない「連携園」を「事業者が確保しないと、認可しないよ」というような、法律に全く書いていないような、勝手なルールを作って障壁を作っているのです。

国がここまで強く書くのは、こうした自治体のどうしようもない勝手なファイアウォール設定に、業を煮やしている、ということの表れです。

そもそもこうした「自治体が認可して、利用したい人たちに必要量だけ配給する」という仕組み自体が、保育所が戦争で父親を亡くした子ども達の救済施設だった時の名残りで、法改正してやめるべきものです。

保育所への参入は明確なルールのもと、誰でも可能で、違反があったら指定取り消し。ポイント制はやめて、保育所と利用者が直接やり取りをする、という仕組みにすれば、行政コストも削減できます。また、公立保育所は、民間保育所ではこぼれてしまうような障害児や、ケアが必要な家庭を中心にお預かりする体制に変えていくのです。

これだけ待機児童が溢れている要因の一つは、認可制という制度そのものです。そして、子ども子育て新制度においては、一度はそれをなくそうと厚労省がトライしたにも関わらず、そのまま残したのは当時の野党だった自民党自身なのです。今、そのしっぺ返しを自民党がくらっている、というのは皮肉なものです。

【一時保育を、待機児童向けに使う】 30点

親の病気や買い物などで、一時的に子どもを預かる一時保育ですが、短時間のパート等の働き方をする方のために、月・水・金は必ず使います、といった定期利用という使い方はこれまでもされてきました。

これを広げて、一時保育で定期利用の枠を作って、待機児童を吸収しよう、と。一時保育は使いにくくなるけれど、定期利用者を優先しつつ、一時保育の枠も増やそうね、と。

これ自体はやったら良いかとは思いますが、問題があります。まず、都市部においては、一時保育の枠は満杯のところも多いです。都内だと「アイドルのライブかよ!」というくらいに、速攻で枠が埋まる、という地域もあります。なので、定期利用の枠って、本当にあるの?と。

よしんば純粋一時保育枠を潰し、定期利用に振り分けたとすると、今度は病気通院で利用するような親が押し出されてしまい、それはそれで問題です。

また、一時保育枠を増やそうと思っても、主体は基礎自治体です。彼らのスピードはものすごく遅いので、国から言われて、計画を立てて、議会承認を経て、とかやっていると、今年度中は無理だね、となるでしょう。

さらに、一時保育も保育士が必要ですので、冒頭の保育士不足の問題からは逃れられません。というわけで、どこまで効果があるかは不透明です。

【保育コンシェルジュを増やす】 10点

自治体窓口等で保育について相談できる人を増やして、いっぱい相談乗りましょう、というもの。でも、相談乗っても行ける保育園がないんだから、相談も乗りようないよ、と。いた方がベターだとは思いますが、その予算があったら、保育士給料や保育所に回してほしいところ。

【事業所内保育を運営しやすく】 50点

厚労省は来年度から「企業主導型事業所内保育」という新しい類型を導入するつもりでした。その導入するつもりだったものを、この緊急対策にも載せました。

これは

自治体への認可申請要らない

・公定価格と同じだけ補助もらえる

・初期補助ももらえる

・事業所内保育と言いつつ、事業所の中になくても良い

ということで、自治体と絡まずに済むという点においては、大変画期的です。というのも、自治体が絡むとスピードがものすごく落ちますし、第一自治体は将来保育所が余ることを心配したり、変な事業者に入ってほしくなかったりするので、必ずしもたくさん開園したいわけではないためです。

そこで、医療や介護のように、自治体の過剰関与を排する、という点においては、ようやく厚労省も気づいてくれたか、ということで評価したいと思います。

一方、事業所内(と言いつつ、事業所の中になくても良いのですけど)保育所の難しい点は、通勤です。待機児童の集中する都市部においては、通勤手段は電車です。満員電車に子どもを連れて通勤するのは、現実的ではありません。

事業所内保育が機能するのは、通勤手段が車の地方部で、工場の横に保育所があるようなパターンです。よって、都市部において、事業所内保育がガンガン増えて行く、ということは中々考えづらいです。

あるとしたら、夜勤等があり、比較的職場の近くに従業員が住んでいるような、病院等が考えられますので、効果がないとは言いませんが、決め手にはなりづらいと思います。

【小規模認可保育所の定員数引き上げ】 65点

小規模認可保育所の定員数の上限を19人から22人にするというもの。

20人未満というのも特に根拠がなかった数字なので、これは別に良いかな、と。

ネット上では「狭い場所に詰め込むのはひどい!」というご意見が溢れていたのですが、これは少し誤解かな、と。定員数の引き上げでは、面積基準や人員配置基準はそのままです。だから子ども1人あたりの面積は壊されませんし、先生の数も子どもが増えれば増えます。

よって、保育の質には関係ありません。そもそも小規模認可保育所は、通常の認可保育所に保育士1人を追加して配置しており手厚いのです。しかも少人数ということで、保育の質に大変配慮されています。よって、「狭いマンションに詰め込む劣悪な保育が加速する」的なステレオタイプでの語りは不正確です。

ただ、現在19人定員のところで、さらに面積に余裕があって22人まで上げられるところがどの程度あるか、というとそこまでは多くないように思うので、効果は限定的にならざるを得ないように思います。

【土曜共同保育がOK・広域利用で園バスも良いよ】 90点

土曜共同保育について政策提言したところ、盛り込んでいただきました。

(保育士の激務を緩和するために、政府が今すぐできる規制緩和 http://bit.ly/1RBWG5m

これで、現場のシフト繰りは多少楽になり、保育士さんたちも多少休みやすくなると思います。嬉しいです。

また、園バスについても提案(待機児童十策 http://bit.ly/1MgujIC)していたので、こちらも採用して頂きました。これで開園時のエリア対象が広がるので、事業者としても開園はしやすくなるでしょう。ただ、自治体が窓口になるので「いや、うちの自治体はそういうのやらんから」と言われたら一発アウトなので、自治体が邪魔しない仕組みはビルトインしておかないと機能しませんね。

【人員配置基準で手厚くやっている自治体を、国基準に引き下げ】0点

1歳児については、国の基準では保育士1人に対し、子どもは6人までみられます。しかし、実際はそんなにみれないので、自治体によっては5人までだよ、としているところがあります。

それを国は今回の緊急対策で「いや、6人までみてよ」と自治体に伝えよう、というわけですね。

自治体が過剰規制している事例はたくさんあるので、一概に国の姿勢が悪いとは言えませんが、人員配置基準に手をつけるのは、悪手だと言わざるを得ません。というのも、1:6だと実際は回っておらず、結局は保育所側が保育士を追加でつける「加配」をしている構造は変わらないからです。

また、現場の保育士さんたちの負担も、更に過酷になることも予想されます。そうすると離職率が増し、さらなる人手不足になることも予想されます。

【まとめ】全体的には40点

今回の緊急対策では、「厚労省がもともとやるつもりだったこと」を並べ直したものが当初草案として出てきました。彼らからしてみたら「1週間で検討しろ、って言われても・・・」っていう感じですね。それに対し、自民・公明の心ある議員が、いやもうちょっと頑張ろうよ、ということで粘って、幾つかこれまでの規定路線ではなかったものが入れ込まれた、という形です。

ですので、「今の規定路線プラスアルファで、やれることは全部盛り込んだ」というイメージです。

ただ、全体的にみると、やはり保育士給与改善に触れていない、つまり問題の本質から逃げていることについては、失望を禁じえません。

厚労省案ベースだと、現状の延長線上の施策になってしまうのは、当然です。そして来年も待機児童たくさん出ちゃいましたね、となるのは明白です。ここは官邸主導で、大幅な保育士給与アップの大鉈を振るうこと。そして開始初年度でバグが出まくっている子ども子育て法の改正(小規模保育の年齢制限撤廃・自治体が事業者参入を邪魔しない直接契約の仕組みの導入等)を主導して頂くことを期待するよりありません。

最後に一言。「総理、緊急対策はショボくてあんまり効果ないと思うので、さらなる英断を期待しております」と締めくくらせていただきたいと思います。

(2016年3月29日 「駒崎弘樹公式ブログ」より転載)

注目記事