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児童虐待問題について福祉専門職の後輩が教えてくれたこと

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昨日の朝こちらの記事を読んで何ともいたたまれない気持ちになり、「何度も保護できるチャンスがあっても保護できなかった。子どもを社会で育てるってどういうことだろうか。」というコメントを添えて投稿しました。

「バイバイ」笑顔の幼子、母は橋から落とした:朝日新聞デジタル

すると、行政で福祉専門職として働いている後輩からとても参考になる文章を送ってもらったので、ぜひシェアさせてください(本人の承諾を得ています)。

現場に近い立ち位置からの貴重なコメントだと思います。

何度も保護できるチャンスがあっても保護できなかった。
死亡事例の報道でよく言われることです。

最初に念のため、申し上げておきたいのは児相が支援しているケースの99%は児相の支援により命を落とすことを防げているのであって、1%、ほんのわずかな綻びで命を落としてしまうケースばかりが報道で取り上げられ、その度に現場はプレッシャーを高め、中には心を病んでしまう職員もいるという悲しさです。
報道の性質は仕方がないのですが。
現場も当然心を痛め、真摯に検証します。公務員として子どもを守る責任をひしひしと感じ(時には自身の家庭の福祉も犠牲にしつつ...)頑張っている人が多いとは思います。
報道を責めたいわけではなく、児相が批判されるのはある程度仕方ないのです。公務員ですから。責任があります。
でも当たり前ですけど、個人の責任ではないのですよね...。仕組みの問題があります。そして、その仕組みは今回の児童福祉法改正で大きく変わりつつあります。

で、このケース、仮に保護できていたとしても、一定期間の後にお家に帰っていたと思われます。
理由は2つ、①命に関わる怪我をしていないこと、そして、②それだけ民法の家制度や親権がまだまだ強固だからです。

①は、阿呆か、と批判されるかもしれません。
ストーカー案件などでもよく警察が、何かあってからでないと動けない、と批判されます。何もない「疑い」の段階で警察が逮捕してしまえば人権問題になりますから、ある意味で当然ですよね。権力の暴走を抑止する仕組みです。
児相も似たようなもので、権限の強い警察でさえこれなのですから、福祉である児相なんて尚更です。

②かなり激しい虐待ケースでも、裁判では児相が負け、親権者が勝っている現実があります。民法の家制度を今すぐ見直すべきと言いたいわけではありませんが、難しい問題です。

仮に保護されて、親権停止や親権喪失がなされたとしても、今度は受け皿(社会的養護)の問題が出てきます。児童養護施設や里親の不足、そして、単に数的な不足だけでなく、現実に他人の子(それも虐待の影響もあって中には対応の難しい子もいます)を育てることの難しさから、施設や里親宅でのトラブルも日々起きています。
日本は海外に比べて施設9割、里親1割と施設に偏っていますので、今回、厚労省はこの里親委託率を上げると掲げています。
前述のように里親宅での難しさもありますので、単純に数を増やせばいいわけではありませんが、まずは数という考え方もありかもしれません。でもきちんと質も担保していかねばなりません。

児童福祉法の改正により児相の権限は(良し悪しは別として)どんどん強化されていきます。職員も大幅に増やされます。
それでも結局、福祉の枠組みの限界や、民法の強さによりこうした事例は悲しいことになかなかゼロにはならない気がします。
結論は出ませんが、考え続けていきたいです。

送ってもらった文章は以上です。何か正解があると訴える文章ではありません。でも、どこにどんな論点があるか、教えてくれ、考えさせてくれる文章だと思います。だから、シェアしたいと思いました。

私が以前インタビューをしていただいた際に、子どもの虐待死の事件に触れて以下のように述べたことがあります。

以前、2010年に起きた大阪二児置き去り死事件について書かれた杉山春さんのルポを読みました。アパートの一室で幼児がごはんも与えられずに放置されている。役場や福祉の人が介入できずに最悪の結果になってしまいました。近くに住んでいる人が気づいて、強く警告することができていたら...。どうしてもそう考えてしまいます。社会問題の現場は日本中にあるし、誰もが当事者になりうる。行動を一つ起こせるかどうかで人の生死を左右するような瞬間が、遠くの中東やアフリカだけではなく、日本の、自分のすぐ近くにありうるということに改めて衝撃を受けました。

一つ一つの悲劇を嘆くだけでなく、そして今の状況を前提にした罵り合い、責任のなすりつけ合いをするのでもなく。これから新たな悲劇が起きてしまう可能性を少しでも下げていくための具体的な仕組みや制度のあり方を学び、構想することができたらと改めて思いました。

現場で働いている方からこういった情報をいただけるのはとても恵まれたことです。彼らに対する最大限のリスペクトを。そして、自分自身もっともっと勉強するところから始めなければ。

(2016年10日18日「HIROKIM BLOG」より転載)