「単なる育休延長」で男性の育休は置き去りに~パパクオータ制導入は当分見送りに~

今回の単なる育休延長は、男性の育休取得に効果をもたらさないばかりか、悪影響さえあるのではないかと考える。

導入が見送られたパパクオータ制

筆者は11月5日に「いまこそ男性の育児休業の取得に本腰を入れるときだ」

との記事を掲載した。

(この記事は、【Yahoo!ニュース 個人】11月の月間MVAにも選出してもらった。この場を通じて感謝申し上げたい。)

この記事は、厚生労働省の労働政策審議会雇用均等分科会(厚生労働大臣に諮問機関)において育児・介護休業法の改正に向けた議論が始まったことを受けて、男性の育児休業の抜本的な取得促進に向けた方策を書き記したものだった。国の目標値である「2020年に13%」という男性の育休取得率に向けて「パパクオータ制」の導入など国が何らかの法改正を含むアクションを起こすものと期待したわけだが、結果として国の決意は示されたとは言い難い結論が出てしまうこととなった。

それは、12月7日に同分科会がまとめた「経済対策を踏まえた仕事と育児の両立支援について(建議)」(以下、建議)で明らかとなった。残念ながらこの建議の中で、「パパクオータ制」についての記述はない。パパクオータ制導入について委員から声が上がったのは確かだが、厚生労働省は、この導入を見送らざるを得なかった。今回、本格的な育介法改正に向けての議論が始まったのが10月25日に開催された同分科会。厚労省はわずか1ヵ月半で提言をまとめるに至った。なぜ同省はこれほどまでに結論を急いだのか。

経済対策重視の育介法改正議論

建議のタイトルで「経済対策を踏まえた」という前置きがあるように、今回の提言は、2016年8月2日に閣議決定された「未来への投資を実現する経済対策」において、「雇用の継続に特に必要と認められる場合の育児休業期間の延長等を含めた両立支援策」について議論するように求められたことに端を発している。

建議では、議論に当たって念頭に置くべき事項として、以下の2点が示された。

  1. 約8割の市区町村において待機児童がゼロであるものの、都市部を中心に待機児童が多く見られることが背景となっており、国として、育児休業を取得した労働者が安心して職場復帰できるよう、保育所等の整備を一層進めることが必要ということ
  2. 安倍政権の最重要課題の一つが「女性が輝く社会」の実現であり、女性活躍推進法が施行されている中で、多くの企業が女性活躍に向けて取り組んでいること

こうした課題を克服するために必要とされた措置が、育児休業の延長だ。

現在、法定の育児休業期間は最長で子が1歳6ヵ月になるまでだが、待機児童が多い自治体では、4月入所ができないと、他の時期にはさらに入所しづらいのが現状となっている。例えば、7月で生まれた子どもを保育所などの施設に預けるとすると、タイミング的に翌年4月では早い。とは言え、1歳となった翌年8月入所では入りづらいため、6ヵ月間の育休延長をするという選択をせざるを得ない。しかし、6ヵ月間育休を延長しても1月には育休期間が終わってしまうため、結局預け先を確保できないまま育休期間が終わってしまうことになる。そのために仕事を辞めざるを得ない状況に追い込まれている人(その大半は女性)がいる。この問題をどうにかしたいということで持ち出されたのが育休延長だった。

建議では、「最長2歳まで」の育休延長が提言されたが、以下のようなハードルを掲げている。

  • 雇用の継続に特に必要と認められる場合(保育所に入れない等の場合)
  • 緊急的なセーフティネットとしての措置であることを明確にする
  • 就業継続のために本当に必要な期間として利用されることが望ましい

これ以外にも、育休延長に当たり、以下の措置を講じるよう求めている。

  • 本延長制度はあくまで緊急的なセーフティネットであり、本人の希望の時期に職場復帰できるよう、保育所等に係る時宜を得た情報提供がなされることが重要である。
  • 保育の提供が切れ目なく行われることは、職場復帰を希望する育児休業取得者の不安を軽減するために不可欠であり、地方自治体は、国と連携して、保育ニーズに応じて保育所等の整備を進めつつ、その状況の的確な把握に努めるとともに、保育コンシェルジュの配置を進め、保育の利用を希望する労働者のニーズに応じたきめ細かな保育の選択肢を提供すべきである。

短絡的な育休延長議論

今回の措置はあくまでも「経済対策」としての措置であり、また「女性の活躍推進」という観点から論じられた。つまり、「女性」の就業継続を重視した延長措置だと言える。

ただ、こうした表現を使うことで、育休延長は女性のためのものとなってしまわないだろうか。

もちろん、今回の建議では、その懸念から「能力・モチベーション維持のための対策」と「男性の育児休業取得を促進する方策」が盛り込まれた。以下、そのまま引用するのでご覧いただきたい。

(2 能力・モチベーション維持のための対策)

◯ 労働者自身のキャリアを考えると早い職場復帰が望ましい。

◯ このため、国は、産休・育休に入る前の労働者に直接両立支援についての情報提供を積極的に行うべきである。

◯ 本来育児休業期間中は育児に専念する期間ではあるが、労働者は会社を離れていることの不安や焦りもあると考えられるので、企業では、従業員のニーズに応じて様々な手法で労働者のモチベーション維持や復帰のための仕組

みを工夫しているところもある。

◯ 国は、特に、(1)有期契約労働者等のいわゆる非正規雇用労働者や中小企業で働く労働者及び(2)やむを得ず育児休業期間を延長することになり焦りや不安を感じることが多いであろう労働者を念頭に置いて、本人のニーズに応じて育児休業中や復帰時に活用できる能力開発プログラムの開発や調査研究を行うべきである。

◯ また、国は、既存の制度の活用など必要な情報を発信すべきである。

◯ なお、1で述べたように、利用希望者にとって保育所の情報が適宜十分に得られることは、労働者の復帰に向けたモチベーション維持にも有効であると考える。

(3 男性の育児休業取得を促進する方策)

◯ 男性の育児休業取得率が低い現状を踏まえ、育児休業にかかわらず男性が休んで育児をすることを促進していくことが必要である。

◯ 企業において、就学前までの子供を有する労働者が育児にも使える休暇を設け、労働者、特に男性労働者による育児を促していくことが考えられる。

◯ 労働者が育児休業を取得しやすいように、事業主は労働者又はその配偶者が妊娠又は出産したことを言い出しやすい雰囲気作りに努め、対象者には企業が周知することが望ましい。

◯ また、パパママ育休プラスの利用率が非常に低い現状を踏まえ、国は、パパママ育休プラスの周知について徹底すべきである。その上で更に使いにくいという状況であれば、その要因を分析し対策を考えるべきである。

出典:厚生労働省

しかし、能力・モチベーション維持についても男性も育児休業取得促進についても結果として法改正までは求められていないため、法的な改正が必要となる「育休延長」の部分がどうしてもクローズアップされることとなる。

男性が育休を2年取ったらを考えることから

育休が2年間に延長されたとして、女性1人がその2年間を取得してしまったら、その女性のキャリアにとってその2年間の喪失は測りしれないものがある。もちろん、子育てに従事した2年間が決して無駄なものになるとは思わないが、この2年間を女性だけに押し付けるほど不公平・不平等なものはない。同じように男性が2年いなくなったらどうだろう。

多くの男性は、「そんなにいなくなったら仕事ができなくなるよ」と思うのではないだろうか。同じ感覚を女性も持っているという事実を男性が受け止めることなしに、育休の延長は結局のところ女性のためのものというレッテル貼りが自動的になされてしまうのではないだろうか。もしかしたら、現政権内に2歳まで母親だけが子どもの面倒をみることについて肯定的な見方があるからではないかと穿った見方をせざるを得ない。

雇用均等分科会の議論においても、委員を構成する公益側・労働者側・使用者側のどの委員も2歳までの育休延長については「いい顔をしなかった」(分科会出席者より)とのこと。そうした懸念が持たれる中で、政府の意向により、育休延長のだけが法改正事項として盛り込まれてしまった。

その懸念を受けて、建議では附則意見として、

今回の議論の過程では、1歳6ヶ月以降の延長分の一部をこれまで育児休業を取得していなかった方の親(多くの場合、男性労働者)とすべきとの意見も出た一方、育児休業は希望すれば取得できる労働者の権利であるにも関わらず、もう一方の性にいわば強制的に取らせるような形となってしまうのはいかがなものかという意見もあった。

出典:厚生労働省

という文言が加えられているが、あくまでも「意見」としての取り扱いに過ぎず、その懸念は法改正には影響されないだろう。

前回の記事でも指摘したように、「育休延長」という言葉が野放しにされた時点で、=育休は女性が取得するものという意識が纏わりつくことになる。そうした意識を排除するためにも、男性の育休取得を担保できるパパクオータ制などの施策が必要だったわけだが、そうした制度設計をするには今回の議論時間はあまりにも短すぎた。

厚労省は、閣議決定に基づき、慌ただしく育休延長を決めてしまった。この「待機児童の解消」を主眼にした育児休業の延長に大義はあるのだろうか。現在、政府は、待機児童加速化プランを掲げ、当初の予定を2年間前倒しし、2017年度中の待機児童の解消を謳う。東京一極集中が続く中で、政府の思惑通り待機児童はゼロになるかは非常に不透明だ。もちろん、育休を延長させることで、女性の雇用を守ることができるかもしれないが、結局、女性のキャリアを犠牲にしたものになってしまわないだろうか。

政府は、今回の育休延長施策における育児・介護休業法の改正法案を1月から始まる通常国会で成立させ、2017年秋からの法施行を目論む。

ようやく長時間労働にメスが入ろうとしているが、長時間労働が蔓延り、年次有給休暇もろくに取れない状況の中で、男性が育休を取得するのは確かにハードルが高い。そのハードルを下げるためには、長時間労働の解消が進められる中で、同時に男性の育児休業取得についても議論をしていくことが必要だろう。男性が育休をもっと当たり前のように取得できるようになれば、働き方の見直しにつながるという逆説的な見方もできる。

これまで、育児・介護休業法や雇用保険法の改正により、男性の育児休業取得促進が目指されたが、結果としてどれも効果は極めて限定的なものにとどまった。今回の単なる育休延長は、男性の育休取得に効果をもたらさないばかりか、悪影響さえあるのではないかと考える。

通常国会において改正育介法案が議論されることになるだろうが、そうした懸念が形となって現れることで、少しでも改善につながるように切に望みたい。

ちなみに、建議では、「施行2年後を目途に」制度を見直すかどうかを検証することとしている。2017年秋から2年後となると、2019年も終わりに差し掛かる。何度も言うが、男性の育児休業取得率を2020年に13%にするという国の目標はどうするのか。目前に迫る中で、パパクオータ制導入などの抜本的な法改正なくしてこの目標がクリアされることは決してないだろう。その意味でも、今回の建議は落胆せざるを得ないものだった。

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