BLOG

【シリーズ】地方に移住したパパたちを追って~広島編〈2〉~

2015年05月12日 19時37分 JST | 更新 2016年05月11日 18時12分 JST

都市部にいるパパの地方への関心を高める<グリーンパパプロジェクト>のシリーズ「地方に移住したパパたちを追って」の第2弾。前回に引き続き、広島県に移住したパパのインタビューをお届けする。今回話を伺ったのは、北広島町在住の2児のパパで、画家として活動する傍らアート&カフェ「COCOLOYA」を経営するアユムさん(38)。

2008年にいったん栃木に移住した後、2011年に北広島町に移住してきたアユムさんは、どうして地方への移住を選択したのか。地域コミュニティでうまくいく秘訣なども伺った。

――――――――――――――――――

広島にたどり着くまでの経緯

――――――――――――――――――

吉田:今日はよろしくお願い致します。アユムさんがここ北広島町に移住してきたのはいつですか?

アユム:2011年6月にここを見つけた感じです。正味1、2ヵ月間物件を探していましたね。

吉田:その前に東京から栃木に移住したそうですが、その理由は何でしたか?

アユム:東京の谷中で嫁が洋服屋をやってたんですよ。そこで1人目が生まれて、2人目の妊娠が分かって、それで手狭になってしまうというのと、あと風呂もないようなところで生活していたんですよね。周辺には全然同じ世代の店がありませんでした。以前から地元にある店ばっかりでね。

東京でこのまま子育てをするかどうかを夫婦で考えました。東京って家賃が高いじゃないですか。僕らみたいに両方ともものづくりの人間なんで、東京だと売れるんだけど、結局いくら売れても出ていくもののほうが大きくて、そうすると家賃のために店をやっているような感覚になってくるんですよ。そういういろんなことに疑問を感じ出して、「もうちょっとゆったり子育てしながら店をやりたいね」って言って。

そのときは僕の実家が神奈川なんで、関東圏を探したんですよ。神奈川も相模湖の辺りだとか、小田原とか湯河原とか。静岡にも親戚がいるので静岡も探して、千葉、群馬にも行きました。

で、たまたま栃木を探しているときに、一軒カフェに行ったんです。鹿沼です。鹿沼に「CAFE饗茶庵」というカフェがあって、そこで出会ったオーナーがたまたま話しかけてきてくれて、「家を探してる」って言ったら、「あるよ」っていうので「あっ、あるんだ」みたいな感じで(笑)。それまでやみくもに探していて、とりあえずどこに住むかという感じで調べていたんです。物件というよりはどの地域にするかという見方をしていて。栃木ってこういうタイプのお店が多いんですよね、ものすごく。関東圏じゃ断トツに多いと思います。20年くらい前に那須の黒磯に「1988 CAFE SHOZO」というお店ができたのですが、そこが先陣になって派生していってどんどん栃木県内に広がっていて、埼玉、茨城、最近では群馬あたりにも派生しています。その発祥が栃木なんです。それで栃木が面白いなと思って単純に。益子や那須にも魅力的なお店があります。東京からも近かったですしね。

最初は、さすがに東京っていうマーケットをまったく捨てるのも怖かったので、栃木にしようということになりました。饗茶庵に行った1ヵ月後には引っ越してました(笑)。

吉田:それはどういう物件だったんですか?

アユム:ちょっと田舎の住宅地みたいなところの一軒家で、古かったんですが古民家とまではいかないくらいの物件を借りました。築50年くらいです。そのときはどうやって飯食っていくか全然考えていなかったんです。ノープランでした。

そこで、たまたま饗茶庵が2店舗目を日光市に作ってたんです。「暇だったら見においでよ」という話になって行ったんですが、その敷地内に建物がいくつかあって、空いている建物を見て「これどうすんの?」って聞いたら、「倉庫」っていうので、それはもったいないから何かやらしてっていう話になって。それで「COCOLOYA」という名前でギャラリーを始めたんです。

吉田:では、日光に3年くらい住んでいたんですね。

アユム:そう3年ですね。実は僕らが借りていてところは田舎と言っても大した田舎じゃなかったんですね。家賃も東京ほどじゃないけどある程度あって。なので、「もっと田舎に引っ越したいね」という話をちょうど東日本大震災が起きる前に夫婦でしていたんです。栃木のもっと田舎とか、実家のある神奈川とか。

吉田:関東メインで探していたんですね。

アユム:関東メインですね。けど、思うようなところがなかなか見つからなくって。

吉田:理想としてはどのような物件だったんですか?

アユム:とにかく家賃の安いところ(笑)。あとは環境ももちろん考慮しながらですけど。栃木の人たちを見ていて、これは田舎で商売をしても行けるなという感覚は勉強できました。

吉田:関東以外はそのときはまったく見なかったんですか?

アユム:見てはなかったですね。実は震災の日も日帰りで神奈川の相模湖のほうに行く予定にしていたんです。けど、朝、嫁の具合が良くなかったので、たまたま僕は店を休みにして家にいました。そうしたら地震があったんです。すぐにそのまま保育所に迎えに行って、子どもを連れて帰ってきました。

吉田:家は大丈夫でしたか?

アユム:家は全然大丈夫でした。うちにはテレビがなかったのでラジオを聴いてました。そしたら福島第一原発が爆発したというので、とりあえず栃木を離れようということになり実家がある神奈川に向かいました。

吉田:原発が爆発する映像を観て、どうするか判断したんですか?

アユム:車に付いているカーナビや嫁のワンセグで観ました。けど映像が小さくてよくわかりません。それで結婚前に住んでいたフランスの友人から、東京にも人が住めなくなるような報道も出ているというメッセージがあって、嫁の実家がある広島まで行っちゃおうかということになりました。

あまり西日本には自分の拠点がないので、とりあえず広島行こうかという感じです。そこから今度移住すると決めてからはいろんな選択肢がありました。

―――――――――――――――――

北広島町との出会い

―――――――――――――――――

吉田:震災から3ヵ月間は、奥様とお子さんだけが広島に行かれたんですか?

アユム:僕は行ったり来たりしてました、車で。僕が完全に移ってきたのは5月に入ってからでした。

吉田:そのときはいろいろ地域を見たんですか?

アユム:そのときは広島県内をとりあえず探し始めて、実はほとんど三次市に決まっていたんです。たまたま知り合いが三次市にある旧三和町の元町長を紹介してくれて、旧三和町の保育所跡地ですごく良い建物でした。ここだったら商売もできるなと思ってましたが、残念ながら三次市のほうから市有地なので前例がないということでダメになってしまったんです。

三次市と同時並行して、旧戸河内町(現安芸太田町)も探してました。役場の方とも連絡を取り合っていて、安芸太田町の空き家バンクも下調べしてました。ちょうど三次市がダメになった日に安芸太田町に行ってみようと思って、そのときは僕一人だったのですが、車で下道を通りながら、たまたま北広島町に通りかかったんです。

実は僕は大学が広島だったので、県内の地名はなんとなく頭にあったのですが、「北広島町」って合併してからできた地名なので、それまで自分の頭に全然引っかかんなかったんです(笑)。

で、「このへん北広島町って言うんだ~」と思っていたら、役場があったんです。「あ~寄ってみよ~」と思って役場の方と話をしたら、役場の方も親切に案内してくれました。後日、再び役場に行ったんですが、役場が持っている物件で自分がいいと思うものがなかったんです。「そうかダメか」と思っていたときに、ボランティアで空き家バンクをやっている栗栖建設の森田隆司社長を役場の方から紹介されて、「うち(役場)がないなら、この人が持っているかもしれんけ」って言って、後日森田社長が一日案内してくれたんです。それでこの物件にぶち当たったんです。結構わがままに探していたんですよ(笑)。

物件を買いたくないので賃貸でとお願いをしていました。それはお金がないというのもありますが、正直住んでみないとわからないので。それは栃木にいたときに地域に馴染むための難しさなんかを感じたからですね

吉田:栃木での経験は大きいですね。

アユム:だからいきなり買うのはリスクが高いと思ってました。かといって、賃貸だけどお店をやりたいから自由にいじらせろと。これが結構ないんですよね。空き家バンクって基本売りたいばっかりなんですよ。

けど、そんなバカげた話はホントはないんですよね、やっぱり。試しでも1年間くらいは住まさなきゃわかりません。僕は最低3年だと思ってますけど、最低1年でも住ませてみないと見えないじゃないですか、その地域のこと。「どれだけ若い人が住んでいる」とか、若い人がいてもそれが1人なのか、それとも3、4人はいるのかとか。あと、祭りですね。ここで言う神楽(かぐら)はどういう活動をしているとか、ある程度住まなきゃ見えないわけですよ。

吉田:そうですよね、何もわからないままそこに飛びついて行って、買えというのはかなり酷な話かもしれないですね。

アユム:どっちにしろチャレンジはしてみないといけないということですね。ここはたまたま近くに「からしろ館」という集落で運営する直売所があるですが、移住する前に近所のおばちゃんと世間話をしたんです。そしたら、なんかすごい明るいし、たまたまその人がいい人だったのかもしれないんだけど印象が良かった。それが誰だったかは覚えてないんだけど(笑)。

森田社長が案内して紹介してくれた人たちも、みんな雰囲気がいいし、「なんかいいかもしんない」と思って最終的にここに決めたんです。さっき言った条件もここはクリアしていて、「賃貸だけど好きにしていいよ」っていうのが揃っていたので。ただ、賃貸で安かった分、例えば「水が出ないので何とかしてください」というのは大家はタッチしませんので自分たちで直してくださいということです。

吉田:ちなみに、ここは築何年ですか?

アユム:ここは古いんですよ。住居部分は明治31年かな。築100年は経ってますね。ただ移築なので、もともとは周辺の別のところにありました。こっちに来たのは戦前くらいという話です。このカフェで使っている納屋は戦後ですね。ぎりぎりまでおばあさんが住んでらしたので、そんなに住めないほどの痛みはありませんでした。

吉田:修繕費はどれくらいかかりましたか?

アユム:家はしてないですね、あまり。というか、なにもしてないです(笑)。屋根に上がったりして、森田社長が紹介してくれた土建屋さんがチェックしてくれたんです。田舎って大体そうだと思うんですけど、その集落に若い奴がいるとすると、その職業って大工とか土建屋とか水道とか、家周りの商売人が多いじゃないですか。この集落にはたまたま大工と電気屋に若いのがいるんです。僕らより年下の。彼らは商売やっているから商工会に入っているので、森田社長とつながっているんです。森田社長がそいつらに声をかけてくれていたんですよ。「こういう奴が入ってくるから、おまえらようしたれ~よ」みたいな脅しをかけてくるんです(笑)。これがすごいパンチが効いてて、僕らが引っ越してきて荷物が届いたその日にここの集落の若い人たちが4人くらいで手伝いに来てくれました。

吉田:そのとき初めて会う感じですか?

アユム:そうです。大工だから家周りを見てくれて、屋根とかも上ってくれて、パパっと直してくれました。雨漏りしてったぽい個所の瓦を直すくらいだったけど、「これなら大丈夫だよ」って言ってくれました。

吉田:それはすごい助かりますね。

アユム:だから、すっごいラッキーなんですよ。

―――――――――――――――――

地域コミュニティとの関係づくり

―――――――――――――――――

吉田:いきなり来たところで、地域のコミュニティと接することができたっていうのも大きいんじゃないですか。

アユム:それも広島の県民性じゃないですかね。前にいた栃木としか比較できないけど、向こうの人はシャイでしょ、基本は。特に栃木の北部って文化圏が東北寄りなのでなおさらですね。決してみんな優しくないというわけではないけど、仲良くなるまでのプロセスが長い(笑)。ただ広島の人はそれと比べると割となんというか人懐っこい人種なんですよ。パ~ッとうちに入ってきて。そんなに違和感もなかったですけどね。

吉田:それはもともと大学時代こちらにいて、どういう人たちかっていう県民性を知っていたのも大きいんじゃないですか?

アユム:なんとなくはね。例えば広島弁とかもわかるし、僕も使おうと思えば使えるんですよ。だからそういうのも良かったのかもしれないですね。

嫁も広島の人間なので、当然広島弁をしゃべるし、そういう僕にとって相性が良かったですよね。その代償として、あっ代償って言ったら怒られちゃいますが、地域活動があったんですよ(笑)。消防団、神楽団、青年部、メンバーがみんな一緒なんです。一個入ったら自動的に3つ入る仕組みです(笑) 最初は「飲みにきんさい」みたいなことを言われて飲みに行ったら、まんまと引っかかりました(笑)。

地域活動してわかったのは、若い人がいないということに地域自体も危機感を持ってるし、外から来た人を大事にしようという感じはたぶんここ10年くらいはきっとあるんですよ。だから強要はされません。「絶対入れよ」みたいなことはないんです。やれたらやってほしいしみたいな感じです。僕の場合は同世代のやつから話が来たんで、上の世代からやれよということもありませんでした。

移住でうまくいかないパターンって同じ世代に出会えないというのも大きいと思います。逆にそれでかわいがられるパターンもありますが、まれに。自分らの息子みたいな世代が入ってくるわけですからね。だけど、地域のしわ寄せが若い世代に来てしまうんですよ。その地域に若者が少ないと当然負担も増えます。最初は「ありがとう」ってこっちも一生懸命馴染むつもりで手伝うんだけど、そしたら"やってくれる人"っていうのが基準になるじゃないですか。けど、いろんなことを頼まれる中でみんなパンパンになってきて、次第に自分のことができなくなって断り始めるんですよ。そうすると、「こいつやっぱりな」ってなるんですよ。悪気があるってわけじゃないんですけどね。それでダメになるパターンを結構何回も見ていて感じます。

吉田:適度な距離感が必要ですね。

アユム:たまたまこの集落では10人くらい若い奴が消防団とかいるんだけど、10人の中で実際この集落に住んでいるのは3人くらい。あとは町内に住んでいてこの集落に実家があって、祭りだとかの行事のときに帰ってきてくれます。僕は年齢が真ん中くらいで、これもラッキーだったんですけど、だから中心になっているやつがちょっと年下なんです。そしたら僕に命令できないじゃないですか(笑)。消防団の入団で言えば、僕のほうが後なんだけど、やっておけよとは言えないわけですよ(笑)。僕と同い年が2人いるんですけど、僕はどちらかというとそっちのほうに入っちゃったわけですよね(笑)。「やっておいて」とか言われても「ヤダ」と言えるポジションにたまたま入れたんですよね。それはすごくラッキーでしたよね。

吉田:そういう環境がたまたま入れたのは大きいですよね。ちょっとでも年齢が若かったら全然違う状況だったかもしれませんね(笑)。

―――――――――――――――――

カフェだけではやっていけない

―――――――――――――――――

吉田:いままでこういった感じのこの集落にカフェはなかったんですか?

アユム:同世代がやっているカフェはこの地域にはないですね。あっても僕らの親の世代がリタイヤして建築会社に別荘を建てさせて、そこでカフェをやっているケースは結構あります。広島では、古民家を使って商売するというのはまだ少ないんですよね、全体的に。中国地方だけで見ても少ないですね。岡山が一番多いと思います。山口も多いです。島根、鳥取がいますごく増えてますしね。

吉田:広島でもこうしたカフェは増えていくと思いますか?

アユム:それは分からないですね。県民性・地域性だと思います。関東だと群馬も少ないんですよね。栃木が一番多くて、埼玉、千葉、茨城に派生していったんですが、群馬はなぜか知らないけど僕らが栃木にいたときはまだなかったですね。いま若干増えているようですが。

吉田:保守的になんですかね?

アユム:何なんだろうね。なんかちょっと雰囲気が違うんですよね。これは流行の話だけど、「ku:nel」とか「天然生活」とかそういう系統の雑誌の影響もあってここ数年でカフェが全国的にすごく増えたんですよね。けど、広島にはあまりない印象です。広島市内や都市部の街の中にはもちろんありますよ。だからここでカフェをやるのが面白いですよ。

吉田:カフェで成功する鍵ってどこにあるのかなっていうのをうまく探していけるといいですけどね。

アユム:ただそれは逆にないなりの理由もたぶんきっとあって、こういう店が流行らないのかもしれないしね。

吉田:けど実際に3年間やってみて、どうですか?

アユム:流行ってはないですよね(笑)。何の宣伝もしてないしね。でもそこは別の話になるんだけど、僕は絵のほうがあるんで、店で食っていこうという考えがあまりないんです。ここは流行んなくてもいいなっていう感じ。

吉田:ここ単体でいうと、黒は獲れているんですか?

アユム:経費として掛かるのは、コーヒー豆の仕入れくらいですからね。実はいまここ家賃がないんですね。元々7,000円だったんですけど、大家さん土地を草刈することで0円になりました(笑)。

吉田:それはどちらから提案があったんですか?

アユム:大家さんからです。まれですよね。それもたまたま大家さんが僕のちょっと年上なんですよ。50(歳)前くらい。その方のお父さんが亡くなってその方が後継ぎの人なんですが、神戸にいて戻れない。集落の出事にもまったく出てないんですよ。僕はその代わりというわけじゃないけど、そういう出事もやっているし、こういうカフェをやる感覚とかも世代が近いからわかってくれて、すごい応援してくれているです。なので、「あまり家賃いらないから」みたいな感じである日言われて。。。僕逆にそれを言われて、「いやそれは」って言いましたもん。「さすがに払います」って(笑)。その代わり、田んぼの管理ということで草刈りをしてくれたらいいよっていうのを提案してくれて、で甘えてしまいました。

吉田:田んぼの管理は草刈だけですか?

アユム:コメ自体は、その近所の大型農家がやってるんですけど、草刈って持ち主がやるんですよ、基本。草刈とかもお願いするとなると、そこにお金が発生するんですよ。誰かを雇って、日当を出して、草刈りをしてもらうんですよ。それが結構バカにならない額なんですよね。草刈って結構いいバイトなんです。時給1,500円とか2,000円くらい。1日やれば1万円という仕事です。で、一回じゃなく年間で最低3回くらいはやります。

――――――――――――――――――

家族中心のライフスタイル

――――――――――――――――――

吉田:お子さんの様子はどうですか? ここに引っ越してきて。

アユム:まぁまぁ早かったですね、馴染むのが。

吉田:それは栃木にいたことも影響してますか?

アユム:環境も似てましたね。保育所の人数も大体同じような人数だったんで。あっという間でした。

吉田:いまこの地域には小さい子どもはどれくらいいますか?

アユム:娘が保育所に入ったときに入所児が全部で60~70人でした。その年によっても違いますが、いまは30~40人ほどに減りました。

吉田:小学校はどうですか?

アユム:娘が通う地元の小学校は60~70人だったかな、全校で。一学年10人平均くらいですね。うちの娘の学年が14、5人です。少ない学年だと5人くらいのところもあるし、多いところは20何人とかいます。1学年の児童が少なすぎちゃうと他の学年と同じクラスになる複式になる話もたぶんあるじゃないかと思います。

吉田:10人前後だと、先生の目も行き届きますね。

アユム:そうそう、贅沢な話ですよ。街からしたらね。それがいいのか悪いのかわかりません。中学だと希望する部活動がなくなってしまっていて、男子だと野球か卓球みたいな感じになってしまっています。

吉田:子育てする上で何か心掛けているものはありますか?

アユム:特にはないですね。けど結局、自営って時間があるようでないんですよね。休みもコントロールしない限りは、僕の場合は店もあって、絵も描くので。

吉田:店はいまどれくらい開けていますか?

アユム:週6日でやってます。でも暇な日は暇だし、その合間で絵を描いたりデザインの仕事をしたりしてます。よっぽど意識をしていないと「土日じゃあどっか連れていっちゃろう」とかできませんね。嫁も結構ばっちり仕事をしていて、展示会みたいな感じで広島市内でやったりだとか、東京まで行ったりだとかしてます。栃木にいたときから、なるべくどっかに連れていったりとかは難しいけど、日々なるべく遊んであげたりはしてます。

吉田:この環境はそういった意味では、子どもたちにとっても大きいですね。自分たちでいろいろと遊んだりだとか、考えながらできる感じだと思います。既成のものをただ提供されているわけじゃなくて、逆にないところでどう遊ぶかというところのほうが面白いような気がします。

アユム:もともと田舎に行きたかったのは、どちらかといったら仕事メインの人生じゃなくて、家族メインの人生にしたいというのは大きかったですけどね。それは結婚する前にフランスに1年間住んでいた経験がでかくて、フランスのラループという小さな田舎の村にいたんですが、パリから2時間くらい西に行ったところです。フランスの真ん中あたりですね。一面畑でのんびりしたところでした。みんな日本とは仕事の感覚が違っていましたね。日本みたいな会社が強いわけではなく、従業員が強いんですよね。労働組合も強いし。自分の主張は社長に対してだろうがなんだろうが、はっきり言うし、休みたいときは休むし。仕事が終わったらパシッと帰るでしょ。そういう価値観も金とか仕事が大事なんじゃなくて、家族が笑顔でいることというのは、もう徹底してるんですよね。

吉田:そこに生に触れたというのは、大きいですよね。

アユム:そうそうそう。東京に帰ってきて、疑問にぶち当たったって感じですよね。個人的に。仕事あくせくして、好きなことをやっているけど、ん~なんだかなみたいな。

吉田:土地、家族、自分の人生という構成要素が大事ですよね。

アユム:僕自身、横浜で育って、大学で広島に来て地方という土地が面白かったんですよね。埼玉とかでも同じだと思うんだけど、実家の神奈川もベッドタウンで。地元は育ったところだから好きなんだけど、でもそんな愛着ってないんですよね。故郷って感じがしない(笑)。

一方で、大学時代に広島に住んで感じたのは、みんな故郷を愛してるんですよ。でもその感覚がすごく面白かった。外国みたいで、地方で方言もあって、はまっちゃったのもあると思うんだけど、広島から関東に戻ってからも群馬に行ったり、いろんなところに暇を見つけては行ってました。自分には地方のほうが面白いという思いがありましたね。だからあんまり東京でやりたいという気持ちが元々ないから、そういう固執はなかったですね。

――――――――――――――――――

地方で住むことのメリットとは

――――――――――――――――――

吉田:地方に移住することを考えている人にその良さを伝えていくためには何が必要ですか?

アユム:こうしたカフェなどのお店を経営したい人に対しては言えますが、それ以外の人に言うのは実は難しいですね。それは僕が給料があって安定した仕事があってローンを組んでとかって縛られている部分があるという経験がないので言えないということ。同じ立場だったら僕であっても街から出られないだろうし、でもそうじゃない人たちに向けて言うなら、圧倒的に自由度が高いのは確かですね、田舎では。単純に家賃であったり、空間的な広さであったり、ここの店を作るのも大して費用がかかってないんですよ。自分でやったのもあるし、手伝ってもらったのもあるし。費用は最低限払っているけど、休みのときにぷらっと誰かが来てくれて、「今日暇だけんやってあげるよ」みたいな感じで。ほとんど日当取らずに材料費だけでやってくれます。

それでスペースあって家賃が安い。生きていくお米だったり野菜だったりが安いじゃないですか。野菜とお米は手に入る。そうするとあんまり稼ぐ必要性がないんですよ、変な話。そりゃ、平均年収とかで比較しちゃうと、もっと稼がなきゃと思うかもしれないけれど、僕らの場合、いかに稼がずに暮らすかというのがテーマなので。好きなことを持続させるにはどっちかなんですよね。街でより稼いで余裕を持ちたいという人もいるでしょうしね。

吉田:一般的な話で、大体どれくらいあればここ生きていける感じですか、感覚として。

アユム:僕らの家族で考えたら、月20万ですかね。20万円あったら余裕ですね。僕も読んだことはないんだけど、「月3万の仕事をいっぱい作れ」みたいなことを書いた本があるらしいんですよね。それは的を射てるなと思います。田舎って決して仕事がないわけじゃないんですよ。さっきの草刈りもそうだし、ここで言うと除雪の作業だとか、春は植林のバイトにも行っていたんですが、季節労働って仕事を選ばなければ意外とあるんですよ。あとコメなどの農業関係もあります。

吉田:いろんな人に「こういう仕事だったらやります」ということを言っておけばいいんですね。

アユム:僕なんか断っているくらいですからね(笑)。人が住んでいる以上仕事がないわけじゃないですか。それをクリエートすることもできるし、店とかね。なんかそういう小さい仕事でも絶対に必要な仕事ってあって、それをいくつかやればいいだけの話なんです。僕もこのカフェだけで20万円稼いでないんですよ。ここでちょっと稼ぐ、嫁が洋服でちょっと稼ぐ、僕が絵でも稼ぐ、で季節のアルバイトで稼ぐ、でなんとかやっている感じではあるんですけど、正直そんなゆとりもないし、でも最低限コメと野菜があるんで生きていける。

吉田:コメや野菜は誰から提供されるんですか?

アユム:ご近所からですね。まぁ作ろうと思えば作れるし。

吉田:アユムさんも実際ここでやっているんですか?

アユム:実際2013年はコメ作ったんですよ、友人から誘われて。そこが事情があってできなくなっちゃって、今年はやってないんですけど、ただコメも街で買うよりは安く手に入ります。もらうのもあるし。野菜は最初の1年はやったんです、この裏で。畑があって。だけど明らかにもらう数のほうが多いんです(笑)。しかも自分が作っているものよりもいいものを(笑)。要はひとり暮らしの人が多いでしょ。そうすると、みんなじいちゃんばあちゃん作るの好きだから、作るんですよ。でも収穫の時期って、全部重なるじゃないですか。いくら親戚に配っても、親戚もできているわけで、正直日本の自給率というのはうそだろうと思っているけど、破棄しているものが多いですよね。だから、そんな状態です。腐っておいてあるんですもん。それを例えば近所のじいちゃんばあちゃんにスーパーに連れていってと言われて車で連れて行ったりすると、もう100倍くらいになって返ってくるんです(笑)。そういう感じでもらうので、いまはそのじいちゃんばあちゃんたちがどんどん年取ってしまって亡くなったときには自分たちも始めなきゃなっていうのはありますね。

この地域では、40代後半から50代が少ないです、圧倒的に。バブルのころの人たちです。要はみんな大学に行って就職しちゃって、経済的にもいい時期だからそのまま都市部に住んじゃって、家も買ってるでしょ。だから、いまの80代の人たちが1人で住んでいるのはそういう理由が多い。みんなその子どもは、広島市内とか県外に家を持ってるんです。

吉田:そうなってしまうとここにはなかなか戻って来れませんよね。ただ、その方たちが戻ってこないと介護の問題とかもあると思うし、大変ですよね。

アユム:それだけじゃないと思います。都会に憧れて出ている人が多いから、やっぱりバブルで街の生活が良しとされていた時代だからだと思うんですよ。やっぱり田舎の生活に不自由さを感じている人がたぶん多いんだろうと思います。

吉田:ちょうど時代的な背景もありますよね。

アユム:感覚だからこればっかりはね。「田舎っていいじゃん」って言っても通じない人には通じないんだと思います。それに対して、移住者として僕らの世代の人たちは30代後半から40代前半、僕らの世代は就職氷河期だから、自分たちでどうにかしようというタイプがたぶん多いんですよ。だから田舎には僕らから下の世代が多いんですよ、新しく入ってくるのは。でまた、20代がいないんですよ。20代がポコって抜けてる感じ。

――――――――――――――――――

家族で移住すること

――――――――――――――――――

吉田:自分がいまやろうとしているグリーンパパプロジェクトは、単身1人で地方に行くよりも、家族という単位で来てもらう形をもっと作っていったほうがいいのではないかという発想も1つあります。

アユム:僕もそう思います。そうしたい人はいっぱいいて、今回震災きっかけで結構人間が動いたじゃないですか。僕らの周りでも、いっぱい動いたんですよ。けど結局、10割中の居づいたのが2割くらいですね。一番ダメな理由って男なんですよ。

吉田:その理由は何ですか?

アユム:仕事ですね。向こうにある仕事とこっちにある仕事を比較して、向こうの仕事を捨てらんないんですよ。だから単身赴任になって、家族が分かれて住んで、そうするとどうなるかというと、地域にも100%なじめないですよね。それと離れていることで、夫婦の関係がたぶん良好にならないじゃないですかね。完全に移住した奴らは、夫婦で来てますからね。その時点で、さっきの話じゃないけど、やっぱり普通の仕事をされている方の難しさというのはすごく痛感してますね。いまある仕事を捨ててこっちに来させるというのは相当難しい。

吉田:夫婦どちらかがある程度安定的な仕事でフリーランス的な形でやっていれば、生活をつないでいくことができるんじゃないですかね。

アユム:職種によってはできるだろうし、あとは元々起業したいタイプか、元々安定していないタイプのどっちかですよね。だから、さっきいかに稼がずに生きるかがテーマなんですけど、たぶんその感覚がないと難しいですよね、地方への移住って。いかに稼いでいい暮らしをしようかっていうところに、極端に言えば、そこに基準があるわけじゃないですか。ただそれだとあまり田舎に来るメリットってないですよね。そうじゃなくて、いかに仕事をせずに生きていけるかっていう逆に言えばそれぐらい豊かなことじゃないですか、ある意味(笑)。そこにシフトできればそんなに逆に難しくもないと思います、実際住んでみてそう感じます。

吉田:最低限稼がないといけないっていうことではあるわけですよね。その分はある意味必死に働いてですね。

アユム:やることは多いですよ。草刈もあるしね。だけど、全体的な時間のゆとりって比べものにならないんですよね。例えば極端な話、通勤で満員電車に揺られているその時間がないとか。あと四季を感じることとか、すべてだと思うんですけど、田舎にいて街と一番どこか違うかというと、水、空気、コメ。それって実はすごい要素じゃないですか。それがうまいんですよ。これだけで、ものすごいゆとりなんですよね。一日に中で何回か水うまいって思うわけですよ。それって意識はしてないけど、結構デカくて。

吉田:それがある意味時間的なというよりも精神的な余裕というところが大きいですよね。

アユム:なんぼ金を稼いでレストランでうまいもん食っていても、やっぱり満たされないものって東京とかってあるじゃないですか。そことの差なのかなとは思いますね。

おっしゃる通りで精神的なものなんでしょうね。物質的な説明しても、たぶんあんまりメリット感じないと思うんですよね。実際、田舎のほうが忙しいですよ。やることが多いです。

吉田:そこを嫌がらずにある意味いかにできるかということですね。

アユム:畑とかやっちゃったら、もう休みなんかないわけじゃないですか。フルに田舎生活したら。でも僕らでも畑仕事したり、草刈りした後の爽快感とかを考えると、嫌じゃないですよね。

吉田:けど、そこをいきなり来て感じるというのは難しいと思うので、例えば体験的な形で来たりだとか、ここの環境をまず感じたり知ったりということができるということが大事かなと思うんですよね。

アユム:大きな動きでいったら僕もそう思うんですよ。みんなに感じてほしいし、そういう意味じゃこの店もそういう意味があるんですよ。でも実際例えば、こういう店をやっていると、3年間に10組以上移住したいって人間が来てるんですよ。ただ、1割も来ないですね。厳しく言うと口だけですね。正直それはしょうがないんですよ。さっきの話だけど、やっぱり総合的なものだから。だからじゃあ本気で移住者を増やそうというところだけに特化したら、すごいマイノリティ相手にやるしかないんですよ。そう考えたら、よく彼らとも話すんですけど、本気で移住したい人間にどうやって自分たちは情報を出すか。よそと比較して、こっちのほうがいいとアピールするかに尽きると思いますね。全体的に印象のいい情報をいくらやっても、それは観光客が増えるかもしれないけど、移住者は増えないですよ。「田舎体験できますよ」ってやったら、田舎体験をしたい観光客が来るんですよ。それはいまも実際いっぱい来てるし、いろんなところがやっているじゃないですか。その人たちがじゃあ何人移住するかというと、2%もいないんですよ。0.1%を切ると思います。

吉田:そうしたことをある意味打ち続けるしかないというところもありますよね。

アユム:それもありますね。両方でやっていかなきゃならないだけど。

吉田:がっつりやりたいという人に対してのアプローチと、そうじゃないアプローチが重要ですね。

アユム:移住者を実際住まわせるというよりは、もっと精神的なプロジェクトで、もっとあなたたちの人生とか、「その生き方でいいんですか?」という問題提起であれば、それは意味もあるし、僕もやっていくべきだと思っています。

吉田:そういった意味で家族という姿がもっと地方を感じる中で見えてくると、こういう生き方があるんだということに気づける可能性があると思います。

アユム:それはありますね。

吉田:そうしたロールモデルがいてくれるかどうかで、たいぶ違うのではないかと思いますが、どうですか?

アユム:それは大事ですね。もう1つ厳しいことを言うと、ロールモデルが結局、たぶん場所によって違うし、その人によっても違います。当然だけど。だから、こういう仕事があって、こういう会社があって、こういう職種の人を募集します、ということとはちょっとわけが違って。ある意味で言えば、カッコつけて言うわけじゃないけど、フロンティアにならないといけないんですよ、自分自身が。自分自身が開拓していくみたいなという精神がないとね。行政がこれを用意したあれを用意したと、そこに乗り過ぎてしまうとええことにはならんですよね。「いやいや、最初の話と違う」みたいなことになってしまう。

――――――――――――――――――

カフェと画家を両立する

――――――――――――――――――

吉田:結局そこで齟齬が生まれてしまうわけですよね。

アユム:そこが難しさですね。他力本願で来る人間っていうのは、まず100%ダメですよね。むしろわりと気楽に、なんとかなるみたいなタイプの奴のほうが、それこそ仕事も選ばない、何でもします、いざとなればこれやればいいじゃん、ぐらいの感覚がないと。それをどう伝えていくかということ。それってそんなに難しいことじゃないよ、っていうのを伝えたいなというのはいつも思うんですよね。ホントに気の持ちようだけで、そこの気の持ちようが一番難しかったりもするんですが(笑)。来るやつらにも、いい話も悪い話もするんですけど、みんなやっぱりネックになってくるのは仕事ですよね。安直にみてしまうんですよ、こういうカフェをやっていて、僕の表面だけ見ると、このカフェで食っていけてると思うんですよ。たまたま来た日が日曜で人がちょっといたりしたらなおさら。「僕もこういう店をやりたいんですよ」みたいな話になるんですよ。「あ~そうなんだ」と聞いていくうちに、「でも俺はここだけで稼いでないよ」って言うと「えっ!」ってなるんですよ。当然、店だけで稼いでもいいんですよ。「僕の場合は稼いでないよ」という話で、稼ぐつもりもない、その辺でなんかね、断念しちゃう人もいます。

吉田:自分がどこに軸を置きたいのかという話ですね。

アユム:そうそう。軸を僕の場合単純に分散させているだけで。

吉田:アユムさんみたいに、元々画家という業をなしていて、それプラスということですね。

アユム:だから特殊なんですよ、僕の場合。その絵もそのまったく売れないわけじゃないけど、絵で100%食っていくのはまず不可能なんですよ。それは芸能人みたいなもので、売れるか売れないか分からない。時の運もあるし、そういうふうにお金稼ごうと思ったら、たぶん東京とかに行かないといけない。それこそ銀座に住むくらいのことをやらないとたぶん無理なんですよ(笑)。

吉田:アユムさんがやっている画家としての活動は、ここにいるということとリンクしてますか?

アユム:僕の中ではね。

吉田:東京ではできないものをこっちで自分の中で生み出せるものとしてはあるということですね。

アユム:それもあるし、たぶん価値のある絵ということだけではないんです。結局、作品を買ってくれる人って、極端な話で言うと、友達なんですよ。音楽とかも一緒だと思うんだけど、その広がりなんです。で個展をやって、やっぱり僕がその場に行って、仲良くなったら買ってくれるんですよ、極端に言うと。でも僕がいなくて作品だけ出していたら売れないんですよ。

吉田:いま個展はどれくらいの頻度でやってますか?

アユム:年に数回ですね。昨日栃木で終わったばっかりなんですけど。最初だけ行ってました。搬入だけして帰ってきた感じです。栃木の益子の知り合いのギャラリーでやってきました。結局だから人なんですよね。僕が作っている作品だから買ってくれているだけで、僕の絵が素晴らしいというよりも、好きでいてくれる人は思いはあるだろうけど、やっぱりそれは二の次なんですよ。僕があっての絵なんですよ。そう考えると、僕の場合はある意味生き方というか、田舎で住んでこういう環境でやってるんだという1つの僕の中ではプレゼンみたいなところもあります。いくら良い絵を描いていても、銀座のマンションでふんぞり返って売ってたら引くじゃないですか(笑)。

吉田:アユムさんの生き方を見せながら思いを伝えるということですね。

アユム:だからある意味でのセルフプロデュースですよね。

――――――――――――――――――

今後の自分自身の生き方について

――――――――――――――――――

吉田:今後どうしていきたいかというものはありますか?

アユム:一番いいのは絵が売れることですけど、そこはホントにあまり考えてないんで、だましだましですね(笑)。ホント、テーマがだましだましです。

吉田:けど、環境としてはずっとここでやっていくつもりですか?

アユム:いまは何も起きなければここにいると思います。僕は戦争が起きたら亡命しますけどね(笑)。良く冗談で友達と話すんですよ。同じ移住者の仲間で。周りがどうなろうと、自分は生きていくと思っています。

吉田:どうやって生き抜いていくかということですね。

アユム:だから何でもするつもりだし、そういう気持ちが一番強いですね。だけど、あとのことはホントだましだましですね。決めようがないというか、店にしても。いまは少しは来てくれているけど、いつ来てくれなくなるか分からないし。

吉田:ずっと口コミでやっていく感じですか?

アユム:変な話、ガソリンの価格が上がっただけで来なくなるし、雪が降ったら来ないし、アベノミクスなんかなんにもないですから。いまはガソリンがちょっと安くなったから大丈夫だけど、田舎なんかなんの影響もないわけですよ。だからそういう意味じゃ、カフェなんていつ風に飛ばされるかわからないと思ってます。飲食とかごはん物を提供するのとはちょっと意味が違うんで。

吉田:そっちまで広げようとは思ってない?

アユム:ゼロじゃないですけど、いまはこの形でやれているんで、ごはん物はやるつもりないですね。料理やり始めちゃうと、ホントそっちにがんばんないといけないので(笑)。でもせっぱつまったらやるかもしれないです(笑) 

吉田:それも自分の思いがその時点でどうなるかですね。

アユム:そうですね。ホントに困ったらランチくらいは(笑)。

吉田:地元の野菜を使いながらできたらいいですね。このあたりにそうしたランチができるお店はありますか?

アユム:この集落にはないですね。いまは自分の中でやらなきゃという気持ちはないですが、要はライバルがいないんで、やるかやらないかの自由度はすごく高いですね。だから新しい商売を本気でやりたい人って、僕は田舎ってすごいいいじゃないかと思うんですよね。僕はビジネスマンじゃないんで思いつかないけど。例えば草刈だって商売になるだろうって感じはありますよ。新しい商売っていっぱい転がってんじゃないかなと思うんですよね。

吉田:それはここに来ない限りは分からないですよね。

アユム:住んでみないとね。

吉田:そういった意味では、情報収集をしていくってことが求めれるんじゃないかと思います。

アユム:変な話、『ターンズ』とかの情報誌とかで見ていいなと思っているタイプの人もいると思いますが、僕なんかみたいな動くタイプの人間はそういうものを見ずに、たぶん自分で現地に行くんですよ。そういう人間はある意味ほっといても移住するんですよね、たぶん。そうすると、その情報誌を見ているようなタイプの奴らをいかに引き込むかっていうとこですよね。それはさっきの話じゃないけどもすごく難しい。案外難しい壁があるなって思います。

吉田:情報が特定の人に集まってしまっていて、特異化しちゃいますよね。

アユム:そうですね。選択肢の1つとして、もうちょっといろんな人に認知されたらいいかなぁとは思います。案外テレビとかでもそういうのってここ何年かあるじゃないですか。田舎暮らしみたいのって。まちづくりのイベントは栃木でも関わってましたが、どうしたら人が移住するのかってすごい難しいですよね。

吉田:アユムさんの中でも答えは、見つかってないんですね。体験してみないと感じられないところですね。

アユム:もっと簡単に考えていたんですけど、実際広島に来て3年目で直接相談を受けて、誰もホントには引っ越して来ないという実感を目の当たりにすると、難しいなと思いますね。

吉田:全国津々浦々、自分のフィーリングに合う場所というのはなかなか見つけるのが難しいですよね。

アユム:そうなんですよ。同じようなところが無数にあるわけですよ。

吉田:それはいろんなところを見て回らないとわからないですよね。たまたまアユムさんの場合もこの北広島に通りかかってなければこうはならなかったと思いますしね。

アユム:ほかの県にしていたかもしれませんしね。運なんですよね。

吉田:そうした巡り合わせをいかに大事にするかというところもキーですね。自分がこれっていう思いを雁字搦(がんじがら)めに持つのではなく、いかに柔軟性をもって接するかということですよね。

アユム:柔軟性があるほうが楽だと思います。僕は街に戻るつもりもないし、ここが楽しいです。

吉田:楽しいというのはどこの部分が楽しいですか?

アユム:人生が楽しいです(笑)。ざっくりなんですよ。全体的に東京にいたときよりも楽しいです。

吉田:その感覚がいいですね。

アユム:ちょっとずつですよ。1つ1つを比べると大したことはないかもしれませんが、全体で考えると、僕はすごく楽しいですね。

吉田:それをうまく家族に派生していけるといいですよね。みんながそういう感覚を持てるというのが大事ですよね。

アユム:家族を持っていると、夫婦のこともあるしね。

吉田:2人でなんとかしていこうという気持ちも高まっていったりというところもあると思います。

アユム:子どもがあまり大きかったら難しい部分もあります。実際にあった例ですが、中学生とかだと、いまから田舎に引っ越すと、本人が中学までに築き上げた人間関係と、これからの進路を考えたときに、自分が希望するものがないという場合もあります。

吉田:そういった意味では子どもが10歳くらいになるまでの間に来られるといいですね。

アユム:それがベストですよね。

吉田:本日はありがとうございました。