果たしてメンタル不調者は減るのか~今月から「ストレスチェック」制度始まる~

厚生労働省は昨年、労働安全衛生法を改正。今月から常時50人以上いる事業場の従業員に対して「ストレスチェック」を1年に1回実施するよう義務づけた。

従業員数50人以上の事業場に対してストレスチェックを義務化

働き方の見直しや女性の活躍推進が声高に叫ばれているが、長時間労働やパワハラなどが起因となるメンタルヘルス不調の労働者が後を絶たない。今年6月に発表された2014年度「過労死等の労災補償状況」をみても、ここ数年増加傾向にあり、請求件数が1,456件、支給決定件数が497件(決定件数1,307件中)とともに過去最高を更新した。支給決定件数のうち5人に1人は自殺(未遂も含む)にまで至る深刻な状況だ。また、働き盛り世代である30代、40代が3分の2ほどを占めている。

精神障害に係る労災請求・決定件数の推移(出典:厚生労働省)

こうした状況を受けて厚生労働省は昨年、労働安全衛生法を改正。今月から常時50人以上いる事業場の従業員に対して「ストレスチェック」を1年に1回実施するよう義務づけた(従業員数50人未満の事業場は当分の間努力義務となっている)。この制度は、メンタル不調のリスクが高い労働者の未然防止を図るとともに、労働者自身にストレスへの気づきを促し、職場環境の改善へとつなげようというものだが、労働者の周知・啓発が制度の適切な運用へのカギと言えそうだ。

ストレス簡易調査票に基づき産業医がチェック

ストレスチェックの流れを簡単に説明するとこうなる。1年に1回行われる定期健康診断などの際に、産業医(医師)や厚労省が定める研修を修了した看護師などの産業保健スタッフが労働者にストレスチェックを実施し、高ストレス状態と判断された場合、専門医などが面接指導を実施し、会社側は必要に応じて就業上の措置を実施する。しかし、最終的に就業上の措置を講じるにはいくつか乗り越えなければならないハードルがある。

このストレスチェックは「職業性ストレス簡易調査票」に基づいて、仕事のストレス要因、心身のストレス反応、周囲のサポート――の3領域のチェックが行われることになる。厚生労働省では専用のサイトを作り、そこからストレスチェックのプログラムをダウンロードできるので是非ご覧いただきたい。

出典:厚生労働省

検査を実施した産業医は、ストレスチェックの結果を労働者本人に直接通知し、相談窓口等の情報提供を行うとともに、セルフケアによる気づきを促す。健康診断の場合は産業医がストレスチェックの結果について会社側に通知すべきと判断した場合、労働者の同意を得られたときのみ、会社側に通知することができる。つまり、労働者が会社への通知を拒否した場合には、産業医は会社側に通知することができず、職場における具体的な対策も後手になる可能性が出てくる。

さらに、高ストレス状態と判断された労働者については、産業医から「面接指導の申出」勧奨が行われることになるが、労働者が職場での不利益な取り扱いを懸念して会社に面接指導を申し出ないというケースも考えられる。当然、法律上不利益な取り扱いは禁止されているが、労働者が会社に申し出がなければ、会社側は医師への面接指導の実施を依頼することもできず、具体的な就業上の措置を講じることが難しくなる。

この制度の最終的なねらいは、冒頭指摘したような精神疾患を抱える労働者を減らし、労働者の命・健康を守るということに尽きる。労働者の同意の必要性や申し出を伴う制度である以上、国や企業などがこうした制度について周知・啓発を徹底し、労働者の理解を得られるようにしていくことが必要になる。高ストレスを抱える労働者が不利益な取り扱いを受けないことは当然だが、労働者が会社に対して面接指導の申し出がしやすい職場づくりを構築することが求められるだろう。

嘱託産業医として多くの企業と契約している株式会社プライムの木田哲二代表の話

ストレスチェックは上手に利用すれば良い手法かも知れないが、すべての事業者が上手に利用できるほど簡単な手法ではない。現行の「人の気分や感情」に対する質問では、偽陽性がたくさん出て、無駄な面接が増えることが想定される。50人以上の労働者を雇用する事業者への義務としては不適切のように個人的には思う。費用を負担した事業者がその結果を知ることができないという点や、実施者である産業医が高ストレス者を認知しているにもかかわらず、本人の申し出がないと面接指導ができないという点。また、自殺が発生した場合に、実施者がどのような責任を負うのかという制度面に大きな問題がある。

「ストレスチェック制度に関するマニュアル作成委員会」(厚生労働省委託事業)の委員を務めた近畿大学・三柴丈典教授(労働法)の話

今回施行されたストレスチェック制度を労働者はどう活かすべきか。ポイントは以下となる。

  1. まずは質問に正直に回答し、何らかの対処が必要な状態かを自ら確認する(今後、複数回チェックを受ければ、経年変化も自覚できる)。ここで偽りの回答をすると、様々な面でつじつまが合わなくなり、結局損をする。
  2. 高い点数が出た場合、個人的な要因が明らかならば、信頼できる人物や、会社内外のカウンセラー(「心の耳」の専門相談機関の紹介サイトも参照されたい)、先人が書いた著書に相談するなどして、状況の改善を図る。職場の要因が疑われる場合や、要因が不明な場合、個人的な要因が明らかでも対応に会社の協力を必要とする場合、ストレスチェックの実施者(産業保健スタッフが望ましい)に任意に相談し、互いに必要性を認めたら、医師による面接指導を申し出る。
  3. 最終的には、心身共に健康で、職場や仕事が好きと思えるような労働者を増やすために作られた制度なので、労使ともに悪用しようとせず、互いのコミュニケーションのツールとして活用する姿勢が重要。チェックが一巡したら、衛生委員会などで職場改善に活かすための提案型の建設的な話し合いを行う必要もある。

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