混迷する名護市長選

名護市長選挙情勢を左右すると思われる重要なポイントを挙げておきたい。

沖縄では今年は選挙の年である。天王山は今年11月に予定される県知事選。2月4日の名護市長選は、その知事選の行方を左右すると見られる。移設工事に強く反対する現職の稲嶺進市長と、渡具知武豊氏との一騎打ちになりそうだ。昨年秋までは稲嶺氏の優勢は動かないとする見立てが多かったが、渡具知候補が追い上げており、情勢判断が難しくなってきた

緊迫する北東アジア情勢に直面する日本にとって、日米同盟を固めることは至上命題と、安倍政権は考える。トランプ大統領は「アメリカ第一」を掲げ、複雑な地域事情など眼中にない。衝動的に政策を打ち出すトランプ氏に対して、日本政府は自らの義務をしっかり果たしていることを具体的に示す必要がある。辺野古移設に手間取ること自体、トランプ氏が抱く日本のイメージを悪化させ、日米同盟を危うくしかねない。安倍政権も必死なのである

一方、辺野古移設に反対する「オール沖縄」陣営も、何としても名護市長の席を自民党系に明け渡すわけにはいかない。もし、この選挙を落とすようなことがあれば、「移設反対の地元の民意」という錦の御旗を失うことになり、知事選挙の外堀が埋められてしまう。

昨年の年末には、菅官房長官が名護市を訪れ、新たな振興策を提示した。政権の大番頭である菅氏が直々に振興策を約束したことは、安倍政権の本気度を感じさせた。土木建築系などの地元企業が渡具知候補応援に力を入れ始めたのも肯ける。

菅氏の沖縄訪問の前日に、公明党が渡具知候補と政策協定を結び、同氏支援を打ち出している。政策協定は「在沖縄海兵隊の県外・国外移転」を謳い、公明党に配慮した内容になっている。しかし、その協定は具体性に乏しく、辺野古阻止にも触れてはいない。いわば、玉虫色の協定であり、公明党の選挙協力を得るための妥協であったことは明らかである。

前回(2014年)の選挙で稲嶺氏は対抗馬に4000票余りの差をつけて勝利した。公明党の基礎票は少なくとも2000票と言われるが、前回はそのかなりの部分が稲嶺氏に流れたと推測されている。もし、公明党がフル回転し、その票が完全に自民党系渡具知候補に入れば、差は一気に縮まる。ただし、政策協定に不満を持つ創価学会員もいると言われ、公明党がまとまって活動できるか不明とする人もいる。

1月21日に投開票された沖縄本島南部・南城市の市長選挙で、自公の推す古謝景春現職市長が敗北した。これまで3回連続当選し、全国市長会の副会長を務め、保守陣営のリーダー格として「オール沖縄」や翁長知事批判の急先鋒で、自信満々だった古謝氏が落選したのだ。関係者の中には候補者自身の慢心を指摘する声もある。

稲嶺陣営の中には、この選挙結果を、沖縄県民の安倍政権に対する反発の根深さ、「オール沖縄」の強さを改めて浮き彫りにしたと解釈する向きがある。だが、古謝氏の個人的な資質の問題とする見方もある。一方の渡具知陣営では、保守系有力者の敗北によって、かえって緊張感が増したと証言する人もいる。総合すると、南城市長選における保守系現職の敗北は、必ずしも「オール沖縄」への追い風にはなっていないとの受け止めが多い。

ここで、2月4日に予定される名護市長選挙情勢を左右すると思われる重要なポイントを挙げておきたい。

第一のポイントは、共産党の動き方である。稲嶺陣営の中で、共産党は組織力と資金力で他の追随を許さず、圧倒的な存在感を見せる。皮肉なことに、陣営内にはその強さの故に同党に反発する雰囲気がある。とりわけ保守系や財界人は元来自民党系だっただけに、共産党とは水と油である。さらに、社民党やローカル政党・社会大衆党関係者の中にも、「オール沖縄」の中心を自負する共産党関係者の態度に閉口する人は多い。

しかし、共産党だけで稲嶺氏が勝てるわけではない。多くの陣営関係者は、同党にはできれば目立たない形で「縁の下の力持ち」に徹してほしいと願う。だが、共産党は自己主張が強い組織であり、そのように行動できるとは限らない。また、共産党を強くたしなめるだけの陣営の司令塔も存在しない。翁長知事や候補者本人である稲嶺氏ですら、同党に依存する面が多い分、遠慮がちだ。それは「オール沖縄」の矛盾でもある。

第二のポイントとして、在沖縄米軍による事故や事件が挙げられる。この間、海兵隊ヘリの事件や事故が異常な頻度で発生している。「危険性除去」の掛け声が空しく響く。

これまで、選挙直前に発生した米軍関連の事故や事件は、自民党など保守系に不利に働く傾向があった。しかし、今回は必ずしもそうはならないとの指摘が多い。米軍ヘリなどが危険であるとすれば、住宅地のど真ん中に位置する普天間飛行場ではなく、海を埋め立てて建設される辺野古施設の方が相対的に安全という考えが説得力を持ち始めたからだ。海兵隊基地の全面撤去が実現できないとすれば、普天間をそのまま放置するわけにはいくまい、辺野古移設を容認する他ないというのである。

この問題を突き詰めると、翁長知事や「オール沖縄」が普天間基地返還と辺野古移設阻止を唱えつつ、辺野古以外の代替案を追求してこなかったことに帰着する。「イデオロギーよりアイデンティティ」を掲げた翁長知事であるが、より現実的な政策を打ち出せなかったツケが回ってきたとも言える。

第三のポイントは、辺野古工事が着々と進んでいることである。地元の反対派住民の中にも諦めムードが漂う。前回選挙は、仲井眞知事(当時)の埋め立て承認の直後であっただけに、「沖縄を売った男」仲井眞氏に対する県民の反感に押され、稲嶺現市長が勝利した。だが、今回はそのような盛り上がりはない。辺野古移設に頑強に反対する稲嶺市長が再選されたとしても、工事阻止は実現しそうにないからである。前回、稲嶺氏に投票した市民が、渡具知候補に投票しなくとも、棄権する可能性がある。

一方で、安倍政権への市民の視線は冷ややかだ。政権の強引さは沖縄が経験してきた日本本土の姿勢を思い起こさせる。忍従を強いられてきた歴史は、沖縄県民の共通の記憶として何重にも積み上がっている。「沖縄だけが苦労したわけではない」あるいは「基地容認と振興予算はリンクする」などといった政権幹部の無神経な発言を聞くたびに、あらためて地元民意に反して米軍基地が存在し続ける非条理を再認識することになる。その構造に変わりはない。

諦めと悔しさとの狭間に揺れる名護市民が、どのような投票行動を見せるか、推測することは容易ではない。現段階では、依然稲嶺現職市長が優勢と見る関係者が多い。ただし、勢いは渡具知候補の方にあるとも言われるので、稲嶺陣営が慢心したり、共産党が自己主張し過ぎたりすれば、渡具知氏が逆転勝利することもありうる。少なくとも、前回選挙より接戦になることだけは確かである。

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