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政治の「現場」を知った者の役割 ~市長でありながら国会議員でもあるコロン氏との再会

2013年07月31日 22時28分 JST | 更新 2013年09月30日 18時12分 JST

去る、7月16日の夜8時から、南麻布のフランス大使館で、リヨン市長であるジェラール・コロン氏の歓迎レセプションが催され、私も出席しました。

くしくも当日は参院選の真っ最中。連日、私はポロシャツ姿で全国を遊説して真っ黒に日焼けしていましたが、久しぶりにスーツ姿になりました。思えば、参院選期間中、唯一の公務がそのレセプションでした。

横浜市長時代、私はジェラール・コロン市長ととても親しく交誼を結ばせていただいていました。久しぶりに再会して握手をするやいなや、コロン市長は当時に戻ったかのように話し始めました。横浜に来た時の話、共に運営したアジア太平洋都市間会議について、私がボジョレーワインの騎士号を受賞したことなど、コロン市長は次々と述懐し、私も懐かしくそれらについて記憶を思い起こして歓談しました。

実は、コロン氏は、現在もリヨン市長でありながら国会議員でもあります。日本では政治職の兼職は認められていませんが、フランスでは認められており、コロン氏もその一人なのです。

私は、我々日本維新の会が先の国会で、地方自治体の首長と参院議員の兼職を解禁する地方自治法と国会法の両改正案を衆院に提出したことを話しました。

地方分権改革については、これまでも長く協議が行われてきましたが、国と地方の役割分担の見直しも税財源配分の見直しも進んでいないのが実態です。基礎自治体への権限移譲も十分なものとは言えませんし、国の出先機関改革も進んでいません。結局のところ、地方自治に影響を及ぼす国の政策立案過程において、多様な地方の意見が国政に反映されるような仕組みになっていないからです。

そのような状況下、地方自治体の首長が自ら国会議員として議決権等を持つことには大きな意義があります。さらに「ねじれ」とか「カーボンコピー」などと評され、二院制の下で本来期待される独自性が発揮できていない参議院改革の一環としても有効であるとの見地から、我々は「兼職解禁法案」を提案したのです。あるメディアは、橋下共同代表が国政に乗り出すための下地づくりだという見方しかしていませんが、そのような些末な次元の話ではありません。

コロン市長は、「それはいいことだ。現場を知っている人が国会議員をやることは必要なこと」と即座に反応してくれましたが、なかなか日本では理解されないようです。

政治に限らず、あらゆる分野について言えることですが、「現場」を体験することはきわめて大切なことです。

では、政治における「現場」とは何でしょうか。

それは、自らの経営責任が問われる役職にあるかどうか、ではないでしょうか。

地方分権にせよ、地方制度改革にせよ、地方自治体の首長を一期でも務めれば、政治において何が困難で何が矛盾しているのかがわかりますが、ずっと国会議員だった人や霞が関の役人は何もわかっていないといって言い過ぎではありません。

私が国会議員として初当選したのは、平成5年でした。野田前首相や安倍現首相らと同じです。しかし、その後の歩みは異なっています。

もし、私がこの20年間、国会議員でい続けたとしたら、果たして政治の現場のことがわかったかどうか。とても、心もとありません。わかったような顔をして、上辺だけの議論をしていた可能性が大です。

その意味で、私の役割は、首長として地方自治体経営に責任をもった経験を地方の制度改変につなげることや、「兼職解禁」のように地方の声が反映する国政をつくることです。

貴重な経験を国政に活かしていくことが自らの存在価値だということを、コロン市長と旧交を温める中で、あらためて認識しました。

(※2013年7月31日の「中田宏のオピニオン」より転載しました)