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「合格力ランキング」の「欠陥」とその「欠陥」について

2014年09月08日 23時25分 JST
時事通信社

こんな記事を見かけた。

名物の「大学合格力」高校ランキングに致命的欠陥!

(inter-edu2014年9月5日)

週刊ダイヤモンドの2014年 10/2号臨時増刊「中高一貫校・高校全国ランキング2015年入試版」が示している、中高一貫校・高校の「卒業生一人あたりの国公立大学合格力」によるランキングに対してかみついている。こういうことらしい。

しかし、進学校に詳しい人たちがランキングを見てみると、違和感を覚えると思う。いわゆる有名進学校の影が薄く、地方勢が圧倒的に強いのだ。これについては記事の中で、「国公立大学上位100校に合格した生徒数によって合格力が出るため、地元大学に多くの生徒を送り出す高校が上位に来る傾向にある」と断り書きがある。だが、このランキングのロジックには、その断り書きでは説明しきれていない致命的な欠陥がある。

これはこの記事の著者の方が書いた書籍の内容を抜粋して紹介するものだそうなので、これだけ読んで何かいうのはあまりよくないのだろうが、読んでいて違うなあと思うところがあるので、手短に書いておく。

この記事の主旨は上の引用文に概ねあらわれている。「いわゆる有名進学校の影が薄く、地方勢が圧倒的に強い」という点だが、これはこのランキングの計算方法に由来する、と説明されている。

入試難易度の国公立大学100校について、河合塾が発表する学部別の入試偏差値を平均して大学ごとの偏差値とする。そこに各高校の合格者数を掛け合わせたものの合計を算出し、その値を卒業生数で割っている。

これにより「欠陥」が生じる。つまり、難関大学に少数人数を合格させるより、そこそこの難易度の大学に多数合格させた方がよい点をとれたりするということだ。この方が太字で熱弁をふるっておられるので引用しとく。

たとえば、このロジックに従った場合、100人卒業生がいる学校で、偏差値50の大学に30名合格した場合と、偏差値75の大学に20名合格した場合、どちらも15が「大学合格力」ということになる。しかしこの実績、果たして本当に同じ価値をもつだろうか。

(中略)

卒業生100人のうち、世の中に0.6%しか存在しない超秀才が20名もいることと、世の中に約50%存在している生徒が30名いることが、ダイヤモンドの「大学合格力」では同じ価値に見なされてしまう。

つまりこの方は、比較的少数の超秀才を輩出する学校はふつうの卒業生を多数輩出する学校よりも高く評価されてしかるべきだ!と力説しておられるわけだ。「評価」にはいろいろな基準があるわけで、この主張が唯一の正解というわけでは必ずしもないだろうが、少なくとも受験生の親の視点だということなら、まあいいたいことはわかる。わかるんだが、あまりに自信たっぷりな体で書かれているので、ひょっとして見落としておられるかもしれないなと思った。このランキングが誰によって、何の目的で作られているかをだ。

このランキングを作っているのは当然ダイヤモンド社、もしくは彼らに頼まれた誰かだろうが、彼らは営利企業であり、この商業出版物を販売して(併せていろいろな関連ビジネスもやるだろう)収入を得ている。つまり彼らは、正しいランキングを作ることではなく、より多くの人に金を出す価値があるとみなされるランキングを作ること、いいかえれば出版物をより多く売るためにこれをやっているのだ。

この本を手に取る人たちは、週刊ダイヤモンドの読者層と同じなら、媒体資料とかをみればわかる。もちろんこの本はテーマがビジネスではなく教育だから、週刊ダイヤモンド本体と比べておそらくより若い、より女性が多いなど、少しはずれるだろうが、概ね近いだろう。少し乱暴にまとめれば、彼らの中心は、上掲記事の著者がいう「世の中に0.6%しか存在しない超秀才」の家庭ではない。むしろ「世の中に約50%存在している生徒」に近い方の家庭であって、なおかつ、かなうなら自らの子を「0.6%」のグループに押し込みたいと思っている人たちだ。

当然ながら、彼らの「野望」はたいていの場合かなわない。そしてたいていの場合、彼らの多くはうすうすそのことを理解している。そんな彼らが求めているのは、「0.6%」入りへのチャンスを増やすことと同時に、仮にそれがだめでも次善の策、つまり「5%」「10%」「1/3」への道が用意されていることだ。それは具体的には、「あっこの学校もけっこういいじゃん」という気づきを与えることだろう。「偏差値の高い有名進学校はランキングも高い」みたいな誰もが想像のつくようなことを書いた本にいまさら需要などない。

同じことは学校側にもいえる。こうした書籍には中高一貫校や高校の広告が数多くでていて、それがこの種の出版物の大きな収入源となっている。いうまでもないが、そこに広告を出すのは「0.6%」側の有名進学校ではない。広告を必要とするのは、知られる必要のある学校だ。そうした学校が目立つようなランキングになっていれば、より多くの広告が集まるだろう。自分たちの学校がランキングで高く評価されていれば当然自分たちの宣伝にも使うはずだ。逆に、有名進学校の側はこうしたランキングなどもともと気にしないし、こうした本に広告を出すことも少ないだろうから、デメリットはない。

批判の対象であった「偏差値50の大学に30名合格した場合と、偏差値75の大学に20名合格した場合、どちらも15が「大学合格力」ということになる」ことは、統計の無知でも欠陥でもない。むしろダイヤモンド編集部がそうした事情をすべて考慮にいれ、考えに考えて作り上げたロジックだろう。その中には当然ながら「簡単に説明できる」というポイントも入る。標準偏差の概念ですらきちんと理解している人は少ないのだ。

というわけで、上掲記事の批判は、的外れといわざるを得ない。あと、上掲記事はほかにもいくつか指摘していることがあって、それぞれちょっとずれてるのだが長くなるので省略する。

こうした的外れな批判が出てきた背景を少し考えてみる。まず考えつくのは統計オタクのような人が「これは統計学的におかしい」といきりたっているケースだが、上掲記事を読む限りはそういう方向ではないかもしれない。仮にそうだとしても、そういう批判ならあまり大きな影響はないだろう。そもそもこの批判が何をいっているか理解できる人であれば、そこそこの確率で、その裏にいま私が書いたようなビジネス上のロジックがあるぐらいの見当はつくだろうからだ。

あるいは、なんらかの理由で有名進学校に強い思い入れがあって、そうした学校のランキングがあまり高くないことに不満をもったというケース。みたところこの著者ご自身が子育て中のようだし、ちょっとぐぐったらそうした有名進学校のご出身であるらしいし。

これは、もう少しまじめにいうなら、「こんな金儲け重視のまちがったランキングに騙されるな!われらがめざすべきは真の0.6%、そのためには有力進学校合格をめざせ!」といったアジテーションでもある。よくあるいいかたでいえば偏差値至上主義ということになろうが、「なんだかんだいっても東大行った者が勝ちよ」みたいなある意味現実的な価値観でもある(別に東大でなくても、早稲田でも慶応でもいいけど)。

あとひとつ考えられるのは、いうまでもなく、この著者が書いている書籍の宣伝だ。上掲記事が出ているサイトも、この著者が書いた書籍も、そのターゲットはダイヤモンドの読者層よりやや「上め」をねらう人たちなんだろう。ダイヤモンドというそれなりに知られたブランドをdisることによる自らのブランディングであるとも考えられる。さらにいえば、いまここで私が書いているような批判もすべてわかった上でポジショントークを展開しているのかもしれない。ならば私ごときが口を出す意味もない。もとより上掲記事の著者をくさす目的ではないし、考え方がいろいろありうるのは当然なことだし。

というわけで、あまりこれ以上広がるネタでもないので、このへんでやめとく。まあ、努力するのはいいことだし、皆さんそれぞれいいと思う方向にがんばるといいよ。

(2014年9月9日「H-Yamaguchi.net」より転載)