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ネット選挙運動解禁が変えるのは選挙よりネット

2013年07月10日 17時53分 JST | 更新 2013年09月08日 18時12分 JST

参議院通常選挙が7月21日に迫った(参考)。

いよいよネット選挙運動解禁ということで、ネットまわりはいつもの選挙と比べて活気づいているようにみえる(関連)。この件については既に多くの人がいろいろなことを書かれていて、もう論点は概ね出尽くしているのではないかと思うが、遅ればせながら、少しだけ書いてみる。ごく手短に。

ネット選挙運動解禁については、これで若年層の投票率が上がるとか、政治が変わるとか大風呂敷を広げる人もいるようだが、少なくとも当面はそんな大きな変化は起きないのではないかと思う。まだ始まったばかりで何をどこまでしていいのか悪いのかについても手探り状態といったところだろう。

若年層の政治参加が進むという話については、そもそも彼らは関心がないから参加してないわけで、ちょっとネットに情報が出てきたぐらいで選挙期間中だけ急に政治参加意識が高まるなどと期待する方がおかしい。ネット世論を拾い上げやすくなるという話も、ネットアンケートの結果がマスメディアの世論調査とちがうという例はままあるが、ネット世論と一般の世論がちがうというより、調査方法のちがいからくるバイアスなどを反映している場合が少なくないだろう。そもそもネットでは実際よりたくさんの人が集まっているように見えるから、一部の意見を多数の意見と誤解してしまうおそれは常にある。

もちろん、ネットを使うことで、小さな声を発見しやすくする効果、薄く広がっている支持者を集まりやすくする効果、政治家と国民との長期的な関係を築きやすくする効果など、さまざまな効果はあるだろうが、それらは現行の選挙制度とはあまり整合的ではないし、上記の通りまだ始まって間もないから、現状ですぐさま選挙結果に激変が、ということにはなりそうもない。

それでも、ネットでできること、やってもさしつかえないことの範囲がはるかに広がったことの意味は大きい。ネット選挙解禁は、何か効果が期待できるからやるというより、禁止する合理的理由がないからやるというぐらいにとらえておく方がいいのではないかと思う。とにかく、公職選挙法には非合理的なルールが多すぎるのだ。もちろんデマだの怪文書だのといった、解禁による弊害もないではないだろうが、それらはネットと関係なく昔からあったものだし、むしろネットで可視化されやすくなった方が取り締まりもやりやすいのではないだろうか。

つらつら眺めている範囲では、ネット選挙解禁は、今のところ、選挙よりもネットを変えるという方向性の方が強いように思われる。金の流れからみて、ネット業界にとってはまちがいなく「特需」ということもあるが、より大きいのはやはり、情報の流れに関する変化だろう。選挙運動に使えることになって、少なくとも選挙期間中の政治関連のネット情報発信は増えているはずだ。特に政治家のネットでの書き込みなどは最近の定番のニュースネタだから、それが増えるだけでもネットへの注目は高まろう。

ネットが政治の「現場」として認められれば、これまでえてして「うさんくさい」とみられがちだったネットの位置づけが変わるきっかけになるかもしれない。実際、今回のネット選挙運動解禁も、政権に復帰した自民党、中でもその党首である安倍首相自身がネットでの支持を実感したことが大きな原動力になった。ツイッターなどで自ら積極的に発信していく政治家も増えている。これまでネットに距離を置いてきた層の人々の中にも、ネットに参加する人が増えてくるだろう。こうした新たな参加者にネットが身近なものとして理解されることによって、ネットはさらに「みんなの広場」に近づいていくはずだ。このことには大きな意義がある。

参加者層が変われば、当然、コミュニケーションのあり方も変わる。ネットはこれまで、自由なコミュニケーションの場となることで、その存在意義を認められてきた。独特のコミュニケーションスタイルも発達している。しかし、ちがった層の人々が入り込むことによって、少なくともその一部は変化を迫られるだろう。選挙に関する情報発信には、ネット選挙運動解禁後も一定のルールが残っており、また他の法律違反についても、これまでより厳しい目が注がれることになる。それは、これまでネットの自由を楽しんできた人たちにとってはあまり歓迎できない事態かもしれないが、だからといって、それは必ずしも、ネット全体が窮屈なものとなることを意味しない。むしろ、自由なコミュニケーションを楽しむ部分と、責任ある発言を求められる部分との「棲み分け」がこれまでよりはっきりと進んでいくのではないか。

ネットが政治に本格的な影響を与え始めるのは、その後のことになるのではないかと思う。すでに、ネット選挙運動解禁によって、公職選挙法がいかに「変」な法律であるかが、改めて白日のもとにさらされた。ネットが一般の人により大きな意味を持つものになれば、ネットでの評価により重きを置いた活動スタイルの政治家も出てこよう。合理的な考え方への支持が今までより広がりやすくなっていくかもしれない。

そんなふうに、政治の場としてのネット環境が整っていって、同時に政治の方もネット時代への対応が徐々に進んでいって、という具合に、互いに影響を与え合いながら、少しずつ進化していくといい。すぐさま効果が出なければ失敗、みたいな考え方はよろしくない。

その意味で、個人的には、ネット選挙運動解禁におおいに期待している。ただし中長期的に、という話だ。気負わず焦らず、やれることをやって、より政治を楽しむきっかけにしたい。

(※「H-Yamaguchi.net」7月10日付記事の転載です)