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PRとは「PUBLIC RELATIONS」ってことを忘れていないか?

2015年08月08日 01時10分 JST | 更新 2016年08月06日 18時12分 JST

日米間のビジネス、マーケティング、コミュニケーションの違いは、さまざまな機会で実感することが多いが、同じ日に日米の「PR(Public Relations)」業界の人間とミーティングを持ち、そのプラクティスと姿勢の違いに非常に驚いた。

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その日は、まず最初に地元サンフランシスコでテクノロジーに特化したIndependentのPR Agencyと、ポテンシャルのプロジェクトに関してミーティングを持った。CEOとはもう15年以上の付き合いがあり、社員やオフィスも増えてどんどん大きくなっている。彼女の会社にはとにかく優秀な女性たちが多く、弊社JaMとのChemistryは非常に良く、一緒に仕事をしていて、とにかく気持ちがいい。彼らと一緒に実施したPRプロジェクトで、印象的だったのは「Thought Leadership」というアプローチによるPR活動である。日本ではあまり耳にしない言葉だが、米国では、マーケティング、コミュニケーション、PRなどの業務をたずさっていれば、必ず耳にするアプローチである。

「Thought Leadership」とは、単なる自社商品やサービスに関する情報ではなく、発信者が属する特定の分野において、将来を見据えたテーマや課題の解決策などを提案して、議論を巻き起こすというコミュニケーション活動をいう。発信者は、そうしたConstructiveなコンテンツを発信することによって、そうした情報に関心を持つメディアおよびそのオーディエンスとエンゲージが図れて、その分野においてReputationを獲得することが可能となる。その1つの例としてContributed Articleといった寄稿記事の形態がある。そのSFのPR Agencyは、彼らが日ごろから密にコミュニケートして関係論を築いているパブリケーションに働きかけ、彼らのオーディエンスにとって有益な情報となりえる、意味のある記事を寄稿することによって、発信者(この場合は弊社のクライアント)の価値を高めるという活動を行った。各々のパブリケーションは、冷静にその寄稿記事の質を判断して、掲載してくれた。もちろん、記事の質も大きく影響するが、そのPR Agencyの持つメディアとの良好な関係論が大きく影響しているのはいうまでもない。

新製品情報をリリースで流すあるいは何かイベントを実施するといった単発的&散発的なPR活動では、鮮度が落ちれば、メディアおよびそのオーディエンスからの関心度も低下する。PRすなわち「Public Relations」という名称が示すように、本来はパブリック(メディアも含む一般消費者全体)と関係論を構築する継続的な企業のコミュニケーション活動そのものがPR活動である。米国のPRSA定義は、"Public relations is a strategic communication process that builds mutually beneficial relationships between organizations and their publics."と非常にシンプルである。日本では、なぜか「PRする」という言葉が「広告宣伝する」という風に捉えられて、そのような意味を持って一般に使用されている。米国は「Advertising」や「Promotion」と「PR」を明解に分けており、こうした用語使用と認識の違いが、日米のPR Agencyの動き方にも相違点を生み出していると思う。

確かに「Thought Leadership」というアプローチは時間と手間がかかり、すぐに目に見える効果が出にくいが、「深度のある質の高いエンゲージメント」へつながる可能性は大で、コミュニティの中で影響力のある人へのリーチアウトが可能となる。また鮮度に左右されないコンテンツは、何年たっても納得させるだけのStrengthを持ち、発信者の信頼性は揺るがない。ポイントは、ターゲティング・オーディエンスが、その発信するコンテンツを「Social Currency」としての意味を認めて、コミュニティにシェアしたいと思うかどうかである。

その日はそのミーティングの後に、日本のテクノロジー関連のPRのベテランに、日本のPRの実情を聞いたが、そのリアリティに、唖然としてしまった。そのベテランに言わせると、昨今の日本の「Traditional あるいはConventional なメディア」は、従来型の広告出稿が減少する現状の中で、PRエージェンシーやクライアントに、最初から「枠」扱いで値段をつけて、自社のイベントやコンテンツを「広告媒体」のように販売し、従来型の広告の埋め合わせをしているという。もちろん、私もそんなにナイーブではないが、彼からその詳細なやり方を聞くと、そこまでするのかと思うほどだった。

コミュニケーションビジネスの環境は激変している。「悪魔に魂を売り渡す」ではないけれども、一度深い底まで落ちてしまうと、這い上がるのには、物凄い体力がいる。綺麗ごとだけではすまされないが、「正攻法」の底力は必ず結果を生むと思う。