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福岡ソフトバンクホークスの戦力外選手2人をピックアップ

2014年11月02日 22時31分 JST | 更新 2015年01月01日 19時12分 JST
時事通信社

■岡島秀樹投手の戦力外通告に疑問

福岡ソフトバンクホークスが日本一の栄冠を手にした翌日(2014年10月31日)、10人の選手を来季の戦力外とした。プロ野球は、"「やめる」より「やめさせられる」選手が多い"という厳しい世界で、他球団で現役を続行できるのは、"ほんのひと握り"である。

私が注目したのは、2人。1人目は岡島秀樹投手で、球団の日本一に貢献する成績を残したにもかかわらず、「年齢」を理由に戦力外とした(岡島投手は、12月25日で39歳になる)。実力主義の世界において、年齢は関係ない。"ただそれだけの理由"で「戦力外」とする姿勢に納得がいかないのは、本人だけではないはずだ。

例えば、ソフトバンクの新監督に就任した工藤公康氏は、48歳まで現役だったし、中日ドラゴンズでも40歳以上の選手を5人抱えている(注、5人のうち、岩瀬仁紀投手は11月10日で40歳になる)。

プロ野球以外のスポーツに目を向けると、プロテニスでは、クルム伊達公子選手が30代後半に現役復帰し、44歳になった今でも活躍しており、十数年のブランクを感じさせない。大相撲でも旭天鵬関が40歳の幕内力士として、秋場所はひときわ注目を集める存在となった。スポーツの世界では、定年制のあるボクシングを除き、"年齢ウンヌン"という時代は終わった。

岡島投手のプレーを見る限り、1軍で通用する力を持っているので、来季も新天地で活躍する姿を見たい。

■山陰のジャイアン

2人目は、白根尚貴選手だ。まだ21歳の若さで、球団は育成選手として再契約する模様だ。

白根選手は高校時代、甲子園の出場経験があり、186センチ98キロという体格のよさから、「山陰のジャイアン」と呼ばれていた。『ドラえもん』の主要人物の1人、"ジャイアン"こと剛田武は、上背があり、体重も2番目に重い(1番重いのはドラえもんで、130キロ近くある)。加えて野球もできる。

私は高校野球のテレビ中継で、彼のプレーを見た。この日、投手と内野を守り奮闘していたが、試合は敗退した。松井秀喜選手や松坂大輔投手などのような"スゴさが際立つ選手"ではないが、ピッチングやバッティングを見る限り、どこかの球団がドラフト会議で指名しそうな雰囲気があった。

2011年秋のドラフト会議で、ソフトバンクの4位指名を受け、入団。しかし、1年目は故障に泣き、2年目以降も花が開かず、3軍暮らしが多かった(3軍は、四国アイランドリーグのチームや、アマチュアチームなどと対戦)。この2年間、ファームでも通算9試合の出場にとどまり、8打数ノーヒット。体重も高校在学中の96キロから85キロまで落ちていた。

■アマチュア時代の愛称は、プロでは通用しない?

「山陰のジャイアン」で思い出すのは、ソフトバンクの前身、福岡ダイエーホークスに在籍していた山之内健一選手だ。高校時代、阪神タイガースに在籍していたランディ・バース選手と同じ、左投げ左打ちのホームランバッター、ポジションも同じ1塁なので、「九州のバース」と呼ばれていた。甲子園にも出場し、1988年夏の大会では準優勝に輝いた。

同年のドラフト会議で、ダイエーの5位指名を受け入団。背番号も南海ホークスの主砲だった門田博光選手の「60」を与えられた。しかし、「九州のバース」は、「ダイエーのバース」とはいかず、1軍の壁は厚かった。

さて、高校、大学など、アマチュアの世界では、一個人を上記などの愛称を用いられることがある。ただ、プロの世界で、その愛称が通用した選手は少ない。プロ野球の場合は、江川卓投手と松坂投手の「怪物」、松井選手の「ゴジラ」、田中将大投手の「マー君」しか思い浮かばない。

相撲でもアマチュア横綱の一部が「怪物」と呼ばれ、プロの世界(大相撲)に進んだが、上位(横綱、大関)の壁が厚く、跳ね返される力士も多い。