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白鵬の"奇策"と栃煌山の"無心"

2016年01月19日 22時12分 JST | 更新 2017年01月18日 19時12分 JST

■またやらかした

「白鵬-栃煌山戦」

ある意味、注目のカードとなっている。

そのきっかけとして考えられるのは、2015年名古屋場所で、第69代横綱白鵬が関脇栃煌山に土をつけられたこと(この場所、白鵬は14勝1敗で35回目の優勝)。対戦成績では月とスッポンなのに、なぜか白鵬はなんらかの意識を持つようになる。それが先場所(九州場所)の猫だましに表れている。

今場所(初場所)も『北斗の拳』といった、格闘漫画を参考にしていたかの如く、右手を突き出して栃煌山の頭を押さえつけようとする奇策に出たあと、変化して上手出し投げ。館内はどよめきと苛立ちが交錯し、異様な雰囲気となった。大鵬親方や北の湖前理事長も草葉の陰でさぞお怒りだろう。仮に今場所、第70代横綱日馬富士、大関琴奨菊のいずれかが優勝したら、「相撲の神は先場所に引き続き、白鵬に天罰を与えた」と言えよう。

私は横綱らしからぬ取り口にあきれる一方、栃煌山の"無心"に疑問を持つ。

■栃煌山は白鵬の伏線に気づいていない

新聞、テレビといった報道では、白鵬の右手ばかりをクローズアップしているが、その前の伏線に気づいていない。立ち合いの直前、白鵬は仕切り線よりかなり後ろに下がっているのだ。私は"またなにかやらかすな"と思っていたら、その通りの展開となった。

白鵬の伏線を栃煌山が見抜いていたら、立ち合いの変化や、"先場所のお返し"と言わんばかりの猫だましなど、"「勝ちたい」という名の野心"をあらわにしていたと思う。安美錦のような相撲巧者なら、相手力士の立ち合い前の微妙な動きでもすぐ見抜く"眼力"を持っているが、栃煌山にはない。

以前の記事で述べたとおり、関脇以下の力士が白鵬に勝つには、真っ向勝負ではなく、奇策、奇襲といった"勝ちにいく姿勢"が必要だ