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私は"いっつみぃ信者"

2017年も「12月25日」を迎えた。

2017年12月25日 10時47分 JST | 更新 2017年12月25日 10時47分 JST

2017年も「12月25日」を迎えた。

1993年12月25日(土曜日)12時47分、人気司会者の逸見政孝さんはどこかへ行ってしまった。あれから24年たっても、当時のことを鮮明によみがえる。くやしい思い、悲しい思い、信じられない思い、いろんな思いが頭の中を駆け巡る。

1994年1月下旬、ふと本屋に寄ると、逸見さんが前年に書き下ろした『新版魔法のまじめがね-ブラウン管は思いやり発信局-』(ネスコ刊)が増刷で陳列され、迷わず買った。以来、20代中盤まで、この本を何度も読み返した。おかげでブックカバーがボロボロになってしまった。

20代に入ると、高校時代よりもつらい日々を過ごした。実は20代前半と30代後半に自殺を考えたことがある。そんな私を救ったのは、逸見さんの『新版魔法のまじめがね-ブラウン管は思いやり発信局-』だ。これで己を奮い立たせた。

逸見さんは『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』で初めて知った。それまで、フジテレビでアナウンサーをしていたとは知らなかった。以来、逸見さんの世界にどっぷりつかり、気がついたら、"いっつみぃ信者"になっていた。

逸見さんというのは、私にとって目標であり、あこがれの1人である。しかし、私の性格は、逸見さんのようにはいかないだろう。周囲を和ませる力量はないし、誰かに慕われているわけでもない。

逸見さんと親交のあった、ジャイアント馬場さんは1999年1月、山城新伍さんは2009年8月、野際陽子さんは2017年6月、逸見さんの最期をみとった晴恵夫人は2010年10月、天に召された。私は"あの日が風化されてしまうのではないか?"という不安が年々増す。

私は、逸見さんとは面識がない。これからも"「逸見政孝」という名の偉人"を22世紀に語り継がれるよう、努めていきたい。