『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』はナショナル・ギャラリーの中の人になった気分を味わえる映画

ドキュメンタリー映画の巨匠、フレデリック・ワイズマンの新作の舞台はイギリスのナショナル・ギャラリー。荘厳な西洋絵画がずらりと並ぶ由緒あるギャラリーに観客を誘う。
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ドキュメンタリー映画の巨匠、フレデリック・ワイズマンは、観客に映画の鑑賞以上の体験を与えることに長けている。映画作品を見に来たつもりが、監督の写す場所に迷い込んだような感覚に陥る。そんな傑作を何本も作っているワイズマンの新作の舞台はイギリスのナショナル・ギャラリー。荘厳な西洋絵画がずらりと並ぶ由緒あるギャラリーに観客を誘う。

冒頭、厳粛な宗教画の連続カットが続く。そこに掃除機のノイズが聞こえてくる。歴史ある芸術にいかにも消費空間的な掃除機のノイズのギャップがいい。凡百な監督なら、華麗なクラシック音楽でもつけて気分を高揚させようとするかもしれないが、ワイズマンはむしろ生活音を割り込ませて観客を地に足つけさせる。

ワイズマンのカメラが写すものは、展示の絵画だけに留まらない。カメラは運営スタッフたちの会議に自然と参加する。そこではもっと観客のニーズを汲み取るべきでは、といった議論がかわされている。芸術性やメッセージとコマーシャリズムのバランスについて腐心している様子が伺える。そして一般客と同じ目線でキュレーターや案内人の熱のこもった説明に耳を傾ける。絵画の背景にある物語を理解することでより深く味わうことができるようになるだろう。(それにしても、皆さんよく喋る。アート理解には文脈が重要なのだということが本当によくわかる)

さらには、絵画の修復現場や科学的検証にも立ち会う。文化の保存とはこんなにも大変なことなのか、と驚くとともにそれに従事する裏方の人々に畏敬の念を抱かせる。テレビの取材現場も違った角度から見せてくれる。TVクルーのカメラに正対して絵の魅力を語る案内人を真横から撮るワイズマンのカメラ。物事は多角的に見るとより面白いと暗に示唆する。

観客はカメラを通じて、それらの目撃者となる。まるでそこに居合わせたかのように。この映画を鑑賞を通じて観客はナショナル・ギャラリーに行った気分にもなれるし、ワークショップに参加した気分にもなれる。さらにはそこで働いた気分も味わえるだろう。単なる映画鑑賞以上の体験だ。

ナショナル・ギャラリー 英国の至宝は1/17(土)から公開。

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