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【書評】児童養護施設での美しい想い出を綴った「きみとうたった愛のうた」

2014年04月07日 19時09分 JST | 更新 2014年06月05日 18時12分 JST

本書は一歳から九歳までの間を児童養護施設で過ごした漫画家、りさりさんの自伝的要素を含む漫画。前作「いつか見た青い空」に続き、児童養護施設で暮らす女の子さりを主人公に施設で暮らす子どもたちの日常、学校の友達、施設の職員やシスターたちの絆を瑞々しいタッチで描いています。

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児童養護施設といえば、日本テレビの連続ドラマ「明日、ママがいない(以下、明日ママ)」で大きくクローズアップされ、ドラマでの描写を巡って大きな議論となったことは記憶に新しいところです。

本作の著者りさりさんもドラマに関して、児童養護施設で過ごした経験者として様々な視点からTwitterやブログなどで発言されており、僕もあのドラマのレビューを書くにあたり参考にさせていただいていました。

明日ママを貫くテーマを端的に表現したポストの台詞「かわいそうと思う方が、かわいそう」という逆説は、本作にも見て取れます。本作で描かれるものは、施設の子どもたちの笑い、葛藤、逡巡、そして絆。特別な暗さはここにはなく、あるのは等身大の子どもたち。ときにユーモラスに、ときに優しいまなざしで自身を形成した施設時代の想い出を振り返っています。ここには「かわいそう」な子どもの姿は見当たらず、子どもとして、また人間として当たり前に葛藤する子ども達の姿。確かに偏見の目も存在しますが、決して悪者として描くことも著者はしません。

描かれるのは子どもたちのパラダイス

「明日ママ」で描かれた逆説と同じテーマを持ったエピソードが本作にもあります。「かわいそバトル」では、さりの学校での遊び仲間で同級生の男の子竹之内君がある日突然、施設で暮らし親と一緒に住んでいないさりに向かって「かわいそうだね(P58)」と言います。それに対してさりは、施設がいかに楽しいところであるかを力説し、ニ人はその後、しばらく言い争いになる。(著者曰く子どもの低次元な意地の張り合い)

さりは「たった五文字の簡単な言葉にさりを押し込めないでほしかった(P62)」だけ。こうした「かわいそう」というまなざしは、施設出身の方々は、社会のいたるところで体験するのだろう。

しかし、竹之内君はその偏見の壁をあっさりと乗り越えます。それはもう(大人から見れば)拍子抜けするほど簡単に。ある日施設に遊びに行った竹之内君は、施設が「広くてきれいなところだった(P79)」ことを認めてまたいつものようにさりと駆け回って遊ぶようになります。広くてきれいな子どもたちのパラダイスに竹之内君は魅了され、どこかで植え付けられた偏見を取り払うことに成功します。

このエピソードは見て僕は是枝裕和監督の映画「誰も知らない」を思い出しました。男を選んで子ども4人を団地に置き去りにした母親をよそに、子どもたちは狭いアパートでたくましく生活を始めます。つらいこともあるが、子どもたちだけの楽しい生活。悲劇的な結末を迎えるまでのつかの間の「子どもたちのパラダイス」。その悲惨な境遇ゆえにそのパラダイスは「誰も知らない」のです。是枝監督は子どもたちをのびのびと演技させ、決して哀れみの視点で描かなかったし、母親を断罪するようなこともしませんでした。そうした子どもを見つめる視線に本作に共通するものを感じます。

血のつながりの複雑さ

一方で本作は、血のつながった関係性だからこその難しさについても描いています。姉妹で施設にやって来たゆりちゃんとみきちゃん。妹のみきちゃんは姉のゆりちゃんがいないと何もできない子ですが、実際には姉のゆりちゃんが妹から必要とされることで、自分の存在意義を確認するという支配の構図が描かれます。ここには血のつながりが全て正しいわけではないことが示唆されています。

児童養護施設の子どもたちを描いた本作ですが、誰もが子ども時代の感情を思い出せるような素晴らしい作品です。断片的な情報で、貧しい偏見(かわいそう)を抱いてしまった人が、もし本作を読めばたくさんの発見があるでしょう。

またCCV(Children's Views and Voices)の長瀬正子さんの児童養護施設についてのコラムも掲載されており、様々な視点から施設について学べます。

(2014年4月6日「Film Goes With Net」より転載)