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文化の創作過程を保存する脚本アーカイブズの意義

2014年02月15日 18時39分 JST | 更新 2014年04月16日 18時12分 JST

2/11に日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム事務局の主催する「脚本アーカイブズ・公開記念シンポジウム」に参加してきました。

日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアムは、映画やテレビ、舞台の制作の設計図とも言うべき脚本・台本を後世に継承していくために2003年に発足した団体。当時、日本放送作家協会の会長だった故・市川森一氏の呼びかけで始まり、現在は「岸辺のアルバム」などで知られる脚本家の山田太一氏が会長を務めています。

今回開催されたシンポジウムでは、2014年の4月をめどに公開予定の脚本アーカイブズの開始を記念して開催されたもので、脚本をアーカイブしていくことの課題と現状を議論・整理し、改めてその意義について問い直す内容となりました。

脚本は映画やテレビ、舞台などの作品を制作する上での設計図となるものですが、脚本もまた一個の独立した「作品」でもあり、また初稿から最終稿、さらには出来上がった映像作品と比較して、どのように過程で作品が構築されていったのか、制作過程を知るうえでも非常に参考になるものです。脚本をアーカイブしていくことは、作品の制作過程をアーカイブすることにもつながるというわけですね。そしてただ保存するだけでなく、誰にでも利用しやすいようにデジタルで記録、閲覧できるようにしていくことで、文化の保全、さらなる発展に寄与することに繋がります。

映像作品や書物など、昨今様々な創作物アーカイブの重要性が語られていますが、脚本のアーカイブにはただ作品を保存するだけでなく、当時の演出家や作家がどういう変遷を経て作品を創りあげていったのか、その過程を記録・保存できるという別の意義を持っています。

さらには会長の山田氏も挨拶で語っておられましたが、テレビが誕生してからの約30年間ほど、業界には作品を保存するという発想がなかったそうです。日本の高度経済成長期にあたるその30年には、世相を伝えるであろう、貴重な資料となる映像がたくさんあったはずですが、すでにそれらが失われているのなら、せめて脚本を後世に残すことでその空白を埋めることにも繋がります。

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■アーカイブズ運動の始まった背景

2003年に市川森一氏の提言でから始まった、日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアムは、これまでに約5万冊の脚本・台本を寄贈により収集してきました。集められた5万冊は、国立国会図書館と川崎市市民ミュージアムに寄贈され、国会図書館では現在館内で閲覧可能なようにするべく準備中とのこと。

さらにはデジタルアーカイブとして保存、利用可能にしていくとのこと。脚本アーカイブの提唱者である市川氏のデジタルアーカイブはすでに館内にて利用可能な状態です。

推進コンソーシアムでは、これまでに収集した脚本・台本の書誌データを一覧・検索するシステムも公開しています。

脚本データベース

現在は著作権的制約のため書誌データのみの公開となっていますが、アーカイブされた作品はデジタル化して誰もが利用できるようにしていくのが最終目標だそうです。様々な関係機構で分散保存し、それらをネットワーク化し、横断的に総合検索可能なシステムを構築していくことも目標に掲げており、解決しなければいけない課題は多いですが、実現に向けて一歩一歩進めている状況です。

■脚本アーカイブの意義

脚本・台本のアーカイブの意義について、シンポジウムで議論された意義についてまとめるとおよそ以下のようになります。

1)文化の創作過程の記録・保全

2)失われた時代の映像作品の代わりとして脚本を保存

3)創作教育への活用

1)文化の創作過程の記録・保全

パネルディスカッションにおいて、ニッポン放送代表取締役会長の重村一氏は、脚本アーカイブの意義は、「作られていくプロセスがどうだったか可視化できる」点にあると語っています。放送されたもの、また放送されなかったものに対して当初何を描こうとして、何が変更され、また変更されなかったかを確認できるようなアーカイブの体制を作るべきと提言しています。それは時代を映す鏡であり、また俳優や演出家、脚本家がどのような葛藤を経て作品を世に送り出していたかの可視化にも繋がると言います。

一昔前には使用されていた単語が、ある時代から使われなくななるなど、放送倫理の時代ごとの変化なども脚本のアーカイブによってよくわかるようになるであろうし、初稿から撮影台本、さらには編集後の最終スクリプトまで様々なバージョンを比較することによって、その作品の制作過程までもがわかるようになります。

クリエイターの葛藤も脚本には反映されます。一例として、早稲田大学の演劇博物館長、岡室美奈子氏は、博物館に寄贈された杉村春子さんの台本のデジタルアーカイブの一部を見せてくれました。新劇の大女優で映画・テレビでも活躍した彼女の台本には本人による、多数の書き込みやメモが挿入されており、役作りや台詞の言い回しのどんな点に苦労したかなどが垣間見えます。

2)失われた時代の映像作品の代わりとして脚本を保存

撮影フィルムもテープも高額だった時代には、映像を保存していくという発想自体があまりなく、またかつては放送は一度きりであったこともあり、昔のテレビ番組はかなりの数が消失してしまっています。

NHKエンタープライズのエグゼクティブ・プロデューサーの西村与志木氏は、NHK大河ドラマも3分の1ほどが失われていると言います。また脚本もまた制作に携わる人間でも、それを保存しておく習慣を持った人は少なく、すぐ次の番組製作に取りかかるし、一度完成した作品の本を再び利用することもほとんどないために、脚本に関しても保存していく習慣が業界全体に欠けていると語っています。

東京大学大学院の情報環教授の吉見俊哉氏はテレビが始まった30年は、「日本にとって激動の時代。この時代のアーカイブが欠けていることは重大な問題」だと指摘しています。

3)創作教育への活用

日本大学名誉教授で放送評論家の上滝徹也氏は、教育にとって脚本・台本は宝の山だと語っています。ドラマの脚本・台本を読む、ということはドラマの制作の裏側を学ぶ機会であり、そこには様々な制約や条件による演出の変化や創作における葛藤が透けて見えます。ドラマの脚本にはいわば制作の「ドラマ」があり、それを学ぶことのできる貴重な機会であると上滝氏は主張します。

それらは、学校教育の、とりわけ創作教育にとっての優秀な教材になり得るでしょう。

■デジタルアーカイブ公開に向けての課題

シンポジウムにはデジタルコンテンツの著作権の世界では、お馴染みの弁護士福井健策氏も登場。脚本アーカイブにおける法的課題についでのプレゼンを行いました。

予算、人員不足などお決まりの課題も存在しますが、映像作品に関わる脚本の著作権、所有権には独特の問題があります。古い作品になると、放送日がはっきりしない作品もあり、そうなるとパブリックドメインになるのがいつかわからない作品も数多く存在しますし、そもそも権利者が誰なのか判らない孤児作品も多く存在します。

脚本のアーカイブにはまず脚本の所有者を特定するのがまず困難であり、所有者が確定すれば、保存のため所有権を移動させるための権利処理を開始できますが、それ以外に脚本制作上の参考資料や写真の類は個人情報などの絡みも出て来てさらに複雑になります。

脚本のアーカイブは、創作の過程の保存・可視化にその意義がありますので、隣接する資料も含めて公開可能になることが望ましいですが、そこにはいくつかの壁が存在しています。

またデジタル化に関しては、国会図書館ならばその行為は著作者の許諾なしに行うことが可能ですが、公開は館内に限定されます。また日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアムは、今回国会図書館と川崎市市民ミュージアムとに分散して寄贈しており、国会図書館以外の施設でのデジタル化の難しさもあります。

また推進コンソーシアムで集めた脚本の3104名中、1550名の権利者がまだ見つかっていない状況だと言います。これらの孤児作品をどうするのかについて、福井氏は2012年の「EUの孤児著作物に関する指令」などを引き合いに制度の改革が必要と訴えています。非営利目的で、かつ公的な文化施設では絶版作品、孤児著作物のデジタル化と閲覧を認める提案を行っています。

また岡室氏も演劇博物館運営の経験から、個人からの寄贈に頼るのではなく、制度として劇団やテレビ製作会社が寄贈するような仕組みを作るべきと提案しています。また重村氏もスカパーの立ち上げ時に海外のスタジオやテレビ局との付き合いの中で、アーカイブに対する意識の違いを痛切に感じたと言います。

さらにはシンポジウムでは、膨大な量の脚本をどう優先順位をつけてアーカイブしていくのかの議論の必要性の話も出ました。古典が優先されがちですが、実際には劣化度でいえば、ホチキス止めが登場した時代の本の方が劣化が進んでいるそうです。また何らかの事情で書籍化されにくい作品からアーカイブを手がけるべきという主張もあります。

脚本・台本は映画やテレビを作るうえでの設計図となるもの。そのアーカイブの公開は文化の創作過程の公開に触れる機会を多くしてくれるもので、大変に意義深いものです。困難は数多くありますが、ぜひともデジタルアーカイブの公開を実現してほしいと思います。

(2014年2月15日「Film Goes With Net」より転載)