手作り番組の魅力と日本の政治家が頼りなく見える理由とは?書評『TVディレクターの演出術』

地上波の民放5つの中で、特異なポジションにいるテレビ東京。時にテレビや新聞は他社と横並びな情報ばかりやるという批判を受けることもある中で、テレ東だけはそういう批判にさらされません。その我が道を行く姿勢は、ネットでもこういう風によくネタにされますね。

地上波の民放5つの中で、特異なポジションにいるテレビ東京。時にテレビや新聞は他社と横並びな情報ばかりやるという批判を受けることもある中で、テレ東だけはそういう批判にさらされません。その我が道を行く姿勢は、ネットでもこういう風によくネタにされますね。

まあこうしたネタはご愛嬌ですが、テレ東にはそれだけ番組編成にも製作姿勢も他の民放とは違います。それはテレ東が他局よりも金がないから、横並びで同じことやったら負けてしまうことがわかっているからですね。

本書「TVディレクターの演出術」の著者、高橋弘樹さんは、テレビ東京のディレクター。TVチャンピオンやジョージ・ポットマンの平成史などのバラエティ番組やドキュメンタリー番組を手がけてきた方です。本書はそんな金のないテレ東で、高橋さんがいかに工夫とアイデア、視点の置き方で他局とは違う魅力を持った番組を作ってきたのかを通じて、副題にもある通り「物事の魅力を引き出す方法」についた論じた本です。

テレビ以外の映像作品、映像以外の様々なコンテンツ、さらには企画書やプレゼン資料の作り方にも応用できそうな示唆に富んだ内容となっています。

■手作り感が物事の魅力を最大限に引き出す

ディレクターの仕事の本質とは「物事の魅力を最大限引き出すこと」と語る高橋さんは、手作り感が物事の魅力を引き出すキーポイントだと言います。テレビにおける手作り感の強い番組は、「自分で台本を書き、カメラも自分で回し、タレントをあまり多様しない」番組だそうです。こうした番組の製作方法に至ったのはひとえにテレ東が貧乏だからと高橋さんは語ります。タレントの魅力に頼れない分、企画力で勝負するスタイルが自然と身に付いたようです。

TVチャンピオンのような、意味不明な選手権を作って素人を集めたり、ジョージ・ポットマンの平成史では偽の外国人を主人公に日本史を振り返ったり、雲の視点から日本の面白い地理を紹介する「空から日本を見てみよう」など一風変わった企画をどう作るのか、具体例を挙げて分かりやすく説明しています。

最も重要だと高橋さんが説明するのが、リサーチ。リサーチが甘いと番組をユニークなものにすることはできません。高橋さんは企画を魅力的にするリサーチの役割を2つに分類しています。

(1)0→1のリサーチ・・・そもそも何を番組のネタとして取り扱うか

(2)1→∞のリサーチ・・・ネタが決まった後、そのネタを膨らませてより良くする(P49)

■1→∞のリサーチは足を使え

この(1)と(2)の役割を実際に高橋さんが製作した番組「空から日本を見てみよう」を例に分かりやすく説明しています。

まず(1)のネタ探し。この番組は空から空撮して、気になるものや変わったものにズームインしてその建物にまつわる話を紹介していくというもの。

空撮なので、ネタ探しにはGoogleアースを使い、上空から見て、変わったものを探す、そしてその周辺地域を特集した雑誌などをくまなく探して、現地で足を使って調査します。

高橋さんは、横浜の本牧にある「海食崖」を見つけます。しかし、ただ崖を特集するだけではつまらないので、ここでこのネタを膨らますための②のリサーチが必要になってきます。

(1)のリサーチは案外ネットでも簡単にできるものですが、(2)のリサーチはネットだけでは完結しません。高橋さんはここで足を使うことの重要性を解きます。海食崖の場合、現地に赴き、崖にへばりつくように建っているマンションを発見します。一階は崖の下にあって、駐車場とエレベーターの入り口だけ、住居は二階より上で崖の上に位置するという不思議な構造のマンションだそうですが、これを発見したことで、ただの崖として紹介するのではなく、人が住む住居として紹介することができるようになりました。ネタが膨らみました。さらに膨らますために、そのマンションに張り込み、どんな人が住んでいるのかを調査。そしてそのマンションの四階に住んでいるおばあさんの感動的なエピソードを聞くことに成功します。お祖母さんがそんな変わったマンションに住んでいる理由は数年前に亡くなった旦那さんが船乗りで、長い航海で家を開けることが多かったそうですが、そのマンションからは港に入る船を一望できるから、つまり一目でも早く帰ってきた旦那さんの姿を見るためだったそうです。

こうしてただの変わった崖(地理マニアにしかささらない)から、人の住む住居(情報がささりそうな層が広がった)、そしてそこに住む人の人生(情報だけでなく、物語性が追加)とネタが膨らんでいきました。(P60)

ネットでいろんな情報が探し出せる世の中ですが、0から1へのリサーチには頼れてもその先のネタを膨らます作業にはやはり地道な活動が絶対に必要ですね。ここをおろそかにしては魅力あるコンテンツを作れないのですね。

■日本の政治家が頼りなく見えるのはカメラアングルのせい?

テレビがより面白く見えるツウな見方の章で、高橋さんはカメラアングルの効果について面白い見解を披露しています。曰く、ヒトラーの指示のもと製作された「意志の勝利」というドキュメンタリーではヒトラーは全て下から見上げるアングルである「あおり」で撮影されています。このアングルがヒトラーの印象を威厳あるものにしています。カメラのアングル1つとっても、そこにはヒトラーのプロパガンダとしての意図が込められています。

あおりの反対は「俯瞰」です。これは上から対象を見下ろすようなアングルのことですが、このアングルが多用されている番組として日本の国会中継を挙げています。

日本の国会でカメラを置ける位置は予め限定されており、それは答弁に臨む議員さんたちを見下ろすようなアングルでしか撮れないような位置です。確かに国会の映像は全て俯瞰で撮られていますね。

このアングルが「政治家たちに頼りない、迫力がない印象を与える一助になっている(P218)」と高橋さんは書いています。

高橋さんはこのカメラの位置がどのようにして決められたのはかわからないが、必要以上に権力者に強い印象を与えないようにしていることが民主主義にとっては良いことだと評価しています。一理あります。しかしデメリットもやはり存在していて、今度は必要以上に存在感がなさ過ぎて、国民の政治家不信を助長している可能性もあるかもしれません。

民主主義にふさわしいカメラアングル、というのは僕も恥ずかしながら今まであまり考えたことがありませんでした。これは非常に面白い視点ですね。

そして国会中継に限らず、あらゆる番組には意図を持って演出されています。どういう意図を持って演出されているのか、そのカメラポジションやアングルにはどんな意味が込められているか、また編集の構成などを考えながら見ると、テレビは一層面白くなるのだ、と高橋は説きます。

こうした映像の文脈を読み解く能力が現代ではかなり重要だと思っています。文章から得る情報と映像のようなイメージから得る情報と現代人はどちらが多いでしょうか。人それぞれでしょうが、イメージは無意識下に働きかける力を持っているものなので、メディアにも街中にもイメージが氾濫している現在、映像などの文脈を読み解く能力の必要性は高まってきているように思います。

映像作品に限らずなにも物作りを志す人にとって、非常にために話が満載な本です。同時に情報の受け手としての見方も分かりやすく教えてくれるのでとてもタメになるので、作り手も良い受けてになりたい人両方にオススメです。

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