中国:改革の手が及ばなかった警察の拷問問題 警察官が新措置を巧みに避けている実態が明らかに

警察による拷問と冤罪を減らすために2009年から中国政府が導入した措置が、警察による取調べの際の人権侵害という問題の解決に十分役立っていない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。

ここ数年間の改革にもかかわらず、警察は犯罪被疑者から自白を得ようと拷問を続けており、裁判所もそうした自白を根拠に有罪判決を下している。取調べの際の弁護人の同席などの基本的保護措置がとられない限り、そして人権侵害を行った警察官が責任を問われる体制が整わない限り、新たに導入された措置も中国で日常化している拷問の廃絶に繋がることはないだろう。

Illustration of a suspect restrained in what the police call an “interrogation chair,” but commonly known as a “tiger chair.” Former detainees and lawyers interviewed say that police often strap suspects into these metal chairs for hours and even days, often depriving them of sleep and food, and immobilizing them until their legs and buttocks are swollen.

(c) 2015 Russell Christian for Human Rights Watch

(香港)− 警察による拷問と冤罪を減らすために2009年から中国政府が導入した措置が、警察による取調べの際の人権侵害という問題の解決に十分役立っていない、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。中国政府は、被拘禁者に対する人権侵害は減少したと主張するが、この主張は今年11月に国連の拷問禁止委員会で精査される予定だ。

報告書「拷問道具と監房親分:中国の刑事事件被疑者に対する警察の拷問問題」(全147ページ)は、新たに公開された何百にも及ぶ中国全土の裁判判決の分析と、最近まで拘禁されていた人びと、その家族、弁護人および元警察関係者など48人に行った聞き取り調査を基にしたもの。調査の結果、公判前拘禁期間における警察の拷問・虐待が深刻な実態であることが明らかになった。たとえば、被拘禁者が「虎椅子」 とよばれる拷問道具に何日間もつながれたり、手首から吊り下げられたり、いわゆる「監房親分」(被拘禁者でありながら、警察にかわって監房全体を管理する役割を与えられた人物)からひどい扱いを受けたことなどが明らかにされている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国部長ソフィー・リチャードソンは、「ここ数年間の改革にもかかわらず、警察は犯罪被疑者から自白を得ようと拷問を続けており、裁判所もそうした自白を根拠に有罪判決を下している」と指摘する。「取調べの際の弁護人の同席などの基本的保護措置がとられない限り、そして人権侵害を行った警察官が責任を問われる体制が整わない限り、新たに導入された措置も中国で日常化している拷問の廃絶に繋がることはないだろう。」

刑事事件被疑者に対する警察の残忍な行為が2009年と2010年に次々と明らかになり、それを批判する世論が高まったことから、中国政府は冤罪や拷問を減らすため、法改正や制度改革を打ち出した。たとえば、被拘禁者を管理する「監房親分」の禁止や、取調べの一部録画などの実務措置が取られたほか、刑事訴訟手続法も2012年に改正された。直接拷問で得られた証拠を排除する、いわゆる「違法収集排除ルール」の導入などの法改正は、人権保護手続きを強化し、一般的な刑事事件の被疑者に対する扱いの改善の効果をもたらすと期待された。警察を管轄する公安省は、こうした改革の結果、強制自白は2012年から劇的に減少したと主張する。

こうした措置が一定の功を奏し、たとえば被疑者が公判前に拘禁される警察拘禁施設内の拷問などは一部減少したようにもみえる。が、こうした人権保護措置をくぐり抜けるため、被疑者をこれらの拘禁施設から移動させて取調べを行ったり、目に見える傷を残さない拷問方法を用いるなどしている警察官もいるのが実態だ。取調べ録画の操作・改ざんも日常茶飯事だ。たとえば、取調べを最初から終わりまで録画するのではなく、被疑者を拘禁施設外で拷問してから施設に戻し、自白を録画するといった手法をとる警察官もいる。検察官(犯罪捜査・訴追を担当する)や裁判官が、明らかな拷問の証拠を無視したり、拷問の訴えに真剣に耳を貸さないこともあり、「違法収集排除ルール」はわずかな効果しかもたらしていない。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは聞き取り調査に加えて、中国の裁判所の膨大なデータベースを検証。データ検証は、最高人民法院の決定に基づき、2014年1月1日から、全国の裁判所に対して判決文のオンライン上の公開が、原則的に義務づけられたことから可能になった。2014年1月1日〜4月30日にオンライン上で公開された約15万8千件の判決文のうち、被疑者が拷問を訴えていたことが計432件で言及されていたにもかかわらず、裁判所が証拠を排除した事件は23件にすぎなかった。無罪が言い渡された事例はなかった。中国の裁判官が無罪判決を下すのは極めてまれであり、例えば2013年に訴追された推定116万人の被疑者のうち、無罪判決を受けたのはわずか825人で、無罪率は0.07%だった。

警察に擦り寄ることなく独立した立場を貫く弁護人や家族、医師たちは、被疑者に対する面会を妨害されることが多く、その結果、こうした拷問などの人権侵害行為が助長されている面がある。元被拘禁者およびその家族は、裁判の中で、警察による虐待をしっかり主張してくれる弁護人に依頼することが非常に難しいと話す。ある学術機関や複数の政府筋は、中国における刑事事件容疑者の70~90%に弁護人がいないと推計する。加えて、拷問や虐待を通報するべき医療関係者が通報を控えており、かつ、拷問を立証するのに不可欠な情報に、被拘禁者がアクセスすることを拒否しているとの証言が多数あった。中国には拷問被害者に対するリハビリを提供する公共サービスは、事実上存在しないといってよい。

前出のリチャードソン中国部長は、「これまで私たちは被拘禁者からぞっとするような体験談を聞いてきた。手首から吊るされ、何年も足かせをはめられ、監房親分の恐怖に怯える日々の話を。それなのに、こうした苦しみのみなもとに対し、責任を問える措置がない」と指摘する。「中国政府は法の支配を重んじていると習近平国家主席は主張しているが、次々と出てくる人権侵害の証言を前にすれば、その言葉は到底信じられない。」

中国の刑事司法制度は、被疑者に対する人権侵害の頻繁な発生を誘発する内容で、アカウンタビリティをめぐる取組みのすべてを妨げる、司法を超越した巨大な権限を警察に与えるものだ。警察は単独で被疑者の自由剥奪に関する初期決定を下すことになっており、裁判所が逮捕の承認を行う以前に、外界との連絡を断って隔離拘禁した状態で被疑者の取調べを37日間行うことができる。これは香港を含む多くの管轄地域で定められた義務と完全に相反している。これら地域では、被疑者が逮捕後48時間以内に裁判官と面接することが定められているからだ。

公安省は拘禁施設を運営し、被拘禁者に対する無制限かつ監視なしのアクセスを警察に認めている。弁護人は取調べに同席することを許されておらず、被疑者も黙秘権を持たない。これは「何人も自己に不利益な供述を強要されない」とする原則である、自己不在拒否特権を侵害するものだ。検察官および裁判官が警察の取調べ方法に疑問を呈したり、異議を唱えることはほとんどなく、警察機関内の内部監督メカニズムも脆弱なままだ。

警察が自らの人権侵害の責任を問われることはほとんどなく、それは極めて著名な冤罪事件でも同様だ。ヒューマン・ライツ・ウォッチは最高人民法院の判決データベースの中で、3人の警察官が拷問に関与したにもかかわらず、訴追されたのは1人で、結局誰も刑を科されなかった事案を発見。訴追されないということは、言い換えれば拷問の被害者が賠償を得ることは極めて難しいということも意味している。

弁護人、裁判所、および独立した監視機関に権限を与えるような、刑事司法制度のより抜本的な改革なくして、日常的な拷問および虐待の根絶はありえない。関係当局は速やかに、被疑者が裁判官と面接する前に拘禁される時間を減らすべきであり、また警察の取調べ中に弁護人が同席することを保障せねばならない。そして、被疑者の黙秘権を保障する法改正を行い、警察の人権侵害の申立てを受理・捜査する独立委員会を設置すべきだ。

また中国政府には、2009年に導入した措置以上の行動が求められている。警察の権限と相対的に、検察および裁判所のそれを強化する制度上の改革をすべきだ。こうした改革には、拘禁施設の管理責任を刑務所を監督する司法省に移行すること、裁判所を共産党の支配から外すことも含むべきだろう。

中国政府には近い将来、既存の法律をしっかり実施すると約束し、被拘禁者に対する拷問・虐待の根絶に向けた主要改革を行う機会がいくつもある。公安省は拘禁施設規制(1990年)に代わる法案を起草中で、これにより刑事事件被疑者に対する人権侵害を可能にしてきた法の抜け穴問題が、一部解決するかもしれない。11月には国連拷問禁止委員会が、中国の拷問廃絶に向けた措置を審査することになっている。同委員会は、拷問禁止条約の遵守状況をモニターする独立した専門機関だ。

前出のリチャードソン中国部長は、「今後予定されている国連拷問禁止委員会の審査で、中国政府の拷問をめぐる現状が世界の注目を浴びることになる」と指摘する。「2009年から導入された諸措置は改善ではあるが、根深く人権侵害的な制度に対しては十分といえない。もし政府が拷問禁止に向けて更なる対策を講じるのを怠れば、司法制度に対する中国国民の信頼を獲得できるはずの改革の実施をめぐる政府の意欲が、大きく問われることになるだろう。」

報告書からの証言抜粋は、以下をご覧下さい。

(2015年5月13日「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」より転載)

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