各国政府はリプロダクティブヘルスへの権利の擁護を

世界保健機関(WHO)は毎日約830人の女性や少女が、妊娠や出産の際に避けられるはずの問題が原因で死亡していると算出している。

(ブリュッセル) - 各国政府は米国の「グローバル・ギャグ・ルール(世界口封じルール)」に対抗するため、性的および生殖に関する健康(リプロダクティブヘルス)をめぐり、政治的・財政的な支援を約束すべきだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。

オランダ、ベルギー、デンマーク、スウェーデンの共催で2017年3月2日からブリュッセルで始まる会合は、米国の新規制ゆえに資金面で影響を受けた組織を支援する「She Decides(決めるのは彼女自身)」国際ファンド・イニシアチブへの支援強化を目的としている。

Women and girls wait with their children outside a doctor's office in Chitwan, Nepal. Child marriage and adolescent pregnancy is widespread in Nepal, and access to comprehensive reproductive health services and information is crucial. April 12, 2016.

© 2016 Smita Sharma for Human Rights Watch

トランプ米大統領は就任初日に、特に厳しい内容の「グローバル・ギャグ・ルール」(メキシコシティポリシーとも呼ばれる)の大統領令に署名。

これにより、人工妊娠中絶に関する情報および手術の提供や、中絶に関係する法律の緩和提起に、いかなるドナーからであろうと援助資金を使った場合、米国からの資金援助が打ち切られることになる。米国法はすでに、海外家族計画支援の一環である中絶に米国からの援助資金が使われることを禁じている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ女性権利アドボカシー・ディレクターのニーシャ・ヴァリアは、「政府、NGO、民間セクターが共に女性や少女の側に立ち、彼女たちの健康への権利を擁護すべきだ」と述べる。

「トランプ政権の有害な政策は女性の選択を制限し、重要な健康上の選択に関する情報の検閲をうながすものだ。そして、幅広い保健医療サービスをもっとも必要としている国々で、これらサービスが縮小していくことになってしまう。」

On his first full day in office, US President Donald Trump issued an expanded "Global Gag Rule," or "Mexico City Policy," which strips foreign nongovernmental organizations of all US health funding if they use funds from any source to offer information about abortions, provide abortions, or advocate liberalizing abortion laws.

米国は保健関連イニシアチブに対する世界最大のドナー国だ。

グローバル・ギャグ・ルールは、これまでにも共和党の米大統領によって採用されてきたが、その範囲は家族計画に関する米国の資金援助(およそ5億7,500万米ドル)に限られていた。トランプ政権の新ルールでは規制対象が劇的に広がり、米国による世界保健支援プログラムすべてが対象となる。

現在の米国によるこうした支援は、金額にして最大95億米ドル(約9,500億円)にものぼり、家族計画だけでなく母子保健、栄養、HIV /エイズ、感染症、マラリア、結核、熱帯病などの治療・予防なども支援対象となっている。

米国の資金援助を受けている外国の団体は、資金援助を失うか、新ルールの規制に従うかの二者択一を迫られることなる。こうした規制が、医療機関は患者と完全かつ正確な保健上の情報を共有したり、救命医療を提供したりすることを妨げる。

グローバル・ギャグ・ルールが前回採用された際に、影響を受けた援助資金額ははるかに少なかったとはいえ、低所得地域への様々な保健医療サービスを提供していた診療所が、閉鎖やスタッフの削減を余儀なくされた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれまでにも、包括的な保健医療サービスが十分でないために、女性や少女が受けた被害について調査・検証してきた。たとえば、望まない妊娠がネパールタンザニアマラウイで児童婚につながり、結果として少女の教育機会が失われている問題。ケニアでは、身体的成熟を迎える前に出産した少女たちが産科ろう孔(フィスチュラ)を患い、生涯にわたって健康被害や偏見に苦しむ実態も報告している。ブラジル、コロンビアエクアドルハイチなど、人工妊娠中絶が厳しく規制されている国々では、女性が危険な中絶処置のリスクに直面し、法的規制が妊産婦の罹患率や死亡率を高めている現実に、医師たちもなすすべもないと感じている実態を明らかにしてきた。

前出のヴァリア担当ディレクターは、「避妊や安全かつ合法的な中絶などの包括的な保健医療へのアクセスは、望まない妊娠、中絶、妊娠出産で死亡する女性・少女の減少をもたらす」と指摘する。

「米国の援助資金が実際にどの程度削減されるかを判断するのは時期尚早だが、ほかのドナーが支援を強化しない限り、女性の健康と命に取り返しのつかない悪影響が及ぶ可能性もある。」

国際ファンド・イニシアチブ「She Decides」は、包括的なリプロダクティブヘルスケアを提供する団体を支援するために、オランダ政府により設立された。リプロダクティブヘルスケアをめぐる二国間の支援を拡大する政府は、同イニシアチブへの支援としてその旨を表明できる。また民間も、クラウドソーシングを通じて個人、財団、企業などが寄付できる仕組みだ。

ベルギー、カナダ、カーボベルデ、デンマーク、フィンランド、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、スウェーデンが、すでにこの「She Decides」イニシアチブへの支援を表明。ほか数カ国も3月2日のサミットでこれに続くことを示唆している。

2月14日に採択された欧州議会決議は、欧州連合(EU)とその加盟国に対し、「リプロダクティブヘルスおよび権利への資金援助を、各国ならびEUの開発援助プログラムを通じて大幅に増加させることで新ルールの悪影響に対抗する」ことを呼びかける。

なお、女性の健康分野で多額の国際援助をしていることで著名な日本やオーストラリア、フランス、イギリスといった国々は、まだ具体的な計画を発表していない。

世界ではおよそ2億2,500万人の女性と少女が避妊の必要がありながら、それをできないでいる。出産時の妊産婦死亡率は1990年〜2015年に世界で44%低下したが、依然として深刻な問題だ。

世界保健機関(WHO)は毎日約830人の女性や少女が、妊娠や出産の際に避けられるはずの問題が原因で死亡していると算出している。また毎年、発展途上国で700万人近くの女性が安全ではない中絶処置の合併症で治療を受けており、これが原因で死亡する人の数は少なくとも2万2,000人と推定されている。

包括的な性教育や避妊、安全な中絶処置へのアクセスは、とりわけ少女にとって重要だ。世界で15〜19歳の少女の死亡原因トップは、妊娠や出産による合併症である。リプロダクティブヘルスに関する情報やサービス、必需品のための資金援助が縮小すれば、死亡者数が増加する可能性がある。

米議会に提出された「国際保健・エンパワメント・権利(HER)」法案は、グローバル・ギャグ・ルールを恒久的に廃止しうるものだ。

これが現政権下で採択されることを期待する理由はないが、長期的な戦略としての支持は高まっている。

ヴァリア担当ディレクターは、「トランプ米大統領により強化されたグローバル・ギャグ・ルールは反女性、反家族、反保健、反言論の自由であり、世界各地で懸命な努力を経て実現した保健上の前進を台無しにしてしまう脅威でもある」と指摘する。

国際ドナーは、これまでグローバルヘルスの分野で行ってきた投資を守るために、新たな資金援助による穴埋めを誓う必要がある。」

(2017年3月1日「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」より転載)

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