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退職のときに元上司が僕に言った慧眼のコメント

2014年10月27日 00時02分 JST

resignation

photo by Thomas Leuthard

 

 僕の会社員時代の大きな失敗のひとつに、本や研修などで学んだと思ったことを、そのまま信じこんで、やり過ぎたことがある。

 退職が決まった後、かつてたいへんお世話になった上司の方が、「もっと早く知っていたら、あるいは、自分の部下でいた時だったら、辞めさせなかったのに」とおっしゃってくださって、わざわざ飲みに連れていってくださった。

 一般の人には入れないような敷居の高い京都の店で、僕のようなものには破格のはなむけの宴を持ってくださった。

 そのときに、退職の理由として、「僕はやっぱり会社には向いてません。大きな組織の中でやっていくアタマの仕組みとか必要なパーソナリティが不足しています」と申し上げたら、「いや、そんなことはないけど・・・」とおっしゃって、ひとつだけ残念に思うことがあった、と言われた。

 僕はもちろん、様々な面で足りない部分があると認識していたので、何を言われても驚かなかったのだが、その方がその時に言われたことは、意外なことだった。

 「Xくんの人事考課で相談したことがあるだろう。あの時、昇格候補者が何人かいて、誰かを落とす必要があった。誰もが、君の部下のXくんが劣ると思っていから、君に相談したんだけど、君の返答は『Xくんは見栄えで損をしています。他の候補者に劣ることはありません』の一本槍だったろ。あの時、君のこと、ちょっとがっかりしたな」

 

 そう言われて、はっきりと思い出した。

 たしかに、僕は「なにがなんでも、Xくんを信用して、昇格してもらえるように全力を尽くそう」と思っていたのだ。

 そして、それがなぜかと言えば、その件の何ヶ月か前に受けた研修で、そんな場面を想定したロールプレイングの研修があって、そこで、「自分の部下が、ほかの人間より劣るか勝るかは関係なく、上司たるもの、部下の昇進に全力をつくせ」というようなことを教えられたからだ。

 その教えはあまりにシンプルで力強かったために、僕は鵜呑みにして、実際にそういう場面に遭遇したとき、そのとおりに行動したのだった。その時の僕は、上司として当然の行動をしただけと、軽く思っていた。

 しかし、皮肉なことに、あくまで「Xくんはよくやっている」と頑張る僕を、Xくんではなく、僕のことを、こりゃダメだと、その上司に強く印象づけてしまったようなのだ。

 僕のダメな話なら、ほかにも掃いて捨てるほどあるはずなのに、よりによって、7年か8年前のその時の話が出てくるとは、夢にも思わなかった。

 じつは、この研修だけでなく、会社でめちゃくちゃに仕事にのめりこんでいったころ、僕の行動指針を決めていたのは、ある一冊の本だった。

 同期の集団のなかにいると何ひとつ飛び抜けたところがなく、軽く見られてしまうと劣等感を持っていた僕は、行動によって、たとえ上司に嫌われようと、やるべきことをやることで、仲間や会社から認められたいと強烈に思っていた。

 そして、ちょうど、ある本に描かれている主人公の生き様が、理想と仲間のために殉じる主人公の生き様こそが、僕の生きる道だと思い込んでいた。

 かくして、僕は、たしかにやる、ときどきとんでもないこともやるが、部下にするにはしんどい男になってしまった。

 上の一件は、その流れの最初のころに起きたことだ。

 その後、とても出世されたその上司は、さすがに慧眼で、後の僕の行き詰まりをその一件で見事に見通されていたのだと思う。

 

 組織の中で生きることは、バランスをとることでもある。

 僕のように、ひとつの主義に頑固に染まったり、「なにがあっても部下のために殉ずる」というようなシンプルな考えを抱いてそれを基準にすべてを考えるようになると、必要なバランスがとれなくなるのである。

 

 なにかの本で学んだことや、シンプル過ぎるものにすべて委ねて信念としてしまうと、時として、ただの「頑固」になってしまう。

 シンプルな価値観は生きていく上では楽なのだが、大きな組織で生き抜いて重きをなしていこうとするのであれば、一冊の本やシンプルなセリフに還元できないものを常に見据えながら難しい判断を重ねていくほかない。

 

 今から思えば、そんな簡単そうに思えることを、なぜ当時の僕が飲み込めなかったのか不思議なほどだ。

 だが、たしかに、その渦中にいるときは、それが見えないものなのである。

2014年10月26日「ICHIROYAのブログ」より転載)