フセイン政権崩壊から10年、イラクは今どこに向かうのか?

現在のイラク問題が、飽く迄イラク限定の局地的問題なのか? 或いは、飛び火して中東全土、更には北アフリカに波及して、この地域のイスラム国家を液状化してしまうのか? を考える意味で、このテーマを一度は真剣に考えてみるべきであろう。

最近、連日の様にBBC Newsがイラク問題を報じている。勿論、それだけイラク状況が重篤だという事である。マスコミは最近までウクライナ問題を熱心に伝えて来たが、ウクライナの紛争などは所詮地域問題、いってみればロシアとウクライナの兄弟喧嘩に過ぎず、拡散の可能性はない。しかしながら、イラクにおけるISISの台頭はウクライナとは全く事情が異なる。近隣諸国や西側諸国が対応を誤れば中東全土、更には北アフリカに飛び火し、その結果、この地域のイスラム諸国は液状化してしまう可能性が高い。

とはいえ、イラク問題関連国内報道は余りに表層的であり、問題の本質が一体何処にあるのか? 全くといって良いほど伝わって来ない。想像するに、報道に拘わる人達がほぼ全員イラクに行った事がなく、働いた事もない。中東にも行った事すらないのであろう。こういう言い方は失礼かも知れないが、これではイラク問題も他人事になってしまう。

私は、以前のエントリー、毎晩残業していたら人生を棒に振る事になる理由で紹介した様に、入社2年目の1月にドイツに留学し、当時のサンシャインプロジェクト(国家プロジェクト)の西豪州褐炭液化プロジェクトを経てイラクを含む中東市場を担当した。当然イラクへは何度も出張している。更には、貧しい非産油国に駐在し、国作りに協力したいという思いが強くなりODAの仕組みを一から勉強し、31才の時に中東最貧国のイエメンに3年半駐在した。無償援助、円借款事業等を担当し、相手国の所轄官庁の大臣、副大臣といった要人とも直接面談する機会に恵まれた。同時に、当然の事ながら中東諸国に共通する問題を身を以て体験したのも今一方の事実である。こういった経緯を踏まえ、今回は「フセイン政権崩壊から10年、イラクは今どこに向かうのか?」について論考を試みたいと考えた次第である。

余りにも残虐なISISの蛮行

百聞は一見に如かずという。BBCが公開した写真及び、現地メディアが同じく公開済みの写真を参照する。全く以て酷い写真だが、ISISの赤裸々な実態を伝える最良の材料と判断し、敢えて参照する事にした。この写真を実際に見ればが、ISISが最も野蛮で冷酷なテロ組織と確信せざるを得ない。第二次世界大戦時のナチスドイツによるユダヤ人処刑を彷彿させる。このISISが、現在イラクの首都バグダッドの目と鼻の先まで侵攻して来ているのである。

それでは、一体何が化け物ともいえるISISの台頭を許したのか?

現在のイラク問題が、飽く迄イラク限定の局地的問題なのか? 或いは、飛び火して中東全土、更には北アフリカに波及して、この地域のイスラム国家を液状化してしまうのか? を考える意味で、このテーマを一度は真剣に考えてみるべきであろう。私は、下記3点がISISの台頭を許したと考えている。

矢張り第一は、仏ル・モンド紙も指摘する様に、化学兵器を国民に対し使用したシリア、アサド大統領に対するオバマ大統領の対応であったと思う。

シリアの化学兵器使用の際にオバマが見せた臆病さは、マイナスの連鎖を引き起こした。ロシアのウクライナでの冒険主義がそうである。

マイナスの連鎖は権力基盤が不安定なイラクにも波及し、それがISISの台頭を許したという事である。

第二は、趨勢として世界の警察官であったアメリカ不在のGzero時代に向かっているという事実である。

ニューヨークタイムズはアメリカ政府が進める軍縮について詳しく説明している。現在の様な軍事支出を続けていてはアメリカの財政は持続不可能なので、第二次世界大戦前の規模に縮小するというのである。兵士の数をベトナム戦争の時の四分の一、44万人にまで減らす。アメリカは第二次世界大戦後「世界の警察」として世界の平和維持のために尽力して来た。これからは世界の警察官の数が減るという事である。

その結果、当然地域紛争は増加するだろう。隣国の領地を侵略する、或いは、軍事的冒険主義に走る国も出て来るだろう。日本はこのGゼロ時代に果たして生き残れるのか? 生き残りのため何をなすべきか? 国も日本国民もこの課題を本当に真剣に考えねばならない。

■Top Risks2014が提示する世界のリスク

Top Risks2014を参照する。件数が圧倒的に多いのは矢張り中東である。この地域から「リバランス」と称してアジア・太平洋地域にアメリカは軍を移動さす予定である。抑止力の低下により今後紛争が多発するはずである。日本に取って最悪の事態は戦闘状態が拡大し、ホルムズ海峡が封鎖され、石油・ガスの輸入が途絶える事である。

そして、最後は中東諸国の国の成り立ちの根本的な欠陥である。こういっても、殆どの読者は何の事か理解出来ないだろう。日本で生まれ、日本で育った一般的な日本人は「国」という言葉に対し、日本の様な統治機構をイメージする。この行為は至って当然の事であるが、これでは中東の問題は何時まで経っても理解出来ない。国内マスコミが良い実例である。

先ず、理解されねばならないのは中東において最も優先されるのは「部族」という事実である。国家への帰属意識は極めて弱い。従って、物事の判断基準や揉め事の解決には「部族」単位のローカルルールが用いられる。「部族」間で紛争が生じた際には、この「部族」単位のローカルルールは機能不全となる。従って、ローカルルールに代ってイスラムに共通した「コーラン」の教えが用いられる事になる。

この制度の欠陥は、「シーア派」、「スンニ派」といった同じ宗派内では機能するが、、「シーア派」vs「スンニ派」の様な宗派間の対立となれば最早会話の糸口は無く、武力行使で勝ち負けの決着を付けるしかない事である。これが、シリアの内乱、イラクでのISIS台頭の背景である。 日本国民が理解すべきは、こういった、シリアの内乱、イラクでのISIS台頭の背景は何もシリア、イラクに限った話ではないという冷徹な事実である。

ペルシャ湾が火の海となれば日本経済はショック死する

このままイラク状況が悪化すれば、最も可能性の高い展開は、イラクがシーア派主導の現政権、ISIS主導のスンニ政権及びクルド族主導の政権の三つのミニステートに事実上分解し、それが隣国シリアに波及し、さらにクルド族を多数抱えるトルコ、イランにも飛び火し、この地域がカオスの連鎖に陥る事である。少し前なら想像も出来なかった事だが、今後ISISがイラクの首都バグダッドに達する展開となれば、アメリカとイランの共闘もあり得る。仮に、こういう展開となれば昔からのアメリカの同盟国であるサウジとイスラエルは衝撃を受け、動揺する事は必至だ。アメリカの抑えが利かなくなりサウジとイスラエルの軍事衝突も充分あり得る話となる。アラビア半島全域が紛争地域になるという事である。

日本は石油の殆ど全てを、天然ガスの多くをこの地域に依存している。更に悪い事に3.11以降国内全ての原発を停止させており、電力の化石燃料への依存率は88%に達している。従って、上記展開が現実のものとなれば、日本国内では停電が常態化する。一方、内燃機関が必要とするガソリン、軽油も不足し、国内の流通は機能しない。日本経済はこれによりショック死に至り、国内では食料の輸送が出来ず飢餓が蔓延するといった悪夢が悪夢で終わらない可能性がある。

サウジとイスラエルの対応

アメリカはイラクに拘わった過去の経緯よりISISのバグダッド侵攻を指を咥え傍観する事は許されない。そんな事をすれば、国の内外から2003年イラク戦争以降のアメリカ政府の中東での「行き当たりばったり」の政策が批判の嵐に晒される。一方、シーア派の盟主、中東の大国イランもイラクのシーア派政権を見捨てる事は出来ない。ここに、上述したアメリカ、イラン共闘の可能性がある訳だ。アメリカ、イラン両国に取って選択の余地がないと言っても良いかも知れない。

一方、スンニ派の盟主を自認するサウジの立場は微妙である。問題を複雑にしているのはイランとサウジアラビアの関係である。成程、サウジアラビアもイラン同様イスラム国家である。しかしながら、サウジアラビアはスンニ派の盟主であり、一方、イランはシーア派を束ねている。従って、この両国はイスラムの覇権を賭けて争っている訳である。現在一番分かり易い例は内戦状態の続くシリアであろう。アサド大統領はシーア派に属すアラウィー派の出身で、政権中枢もアラウィー派が握っている。従って、シリアは歴史的にイランと関係が良く、内戦後のシリア政府を支援しているのはイランである。一方、それに対しスンニ派により形成された反政府勢力はサウジアラビアの手厚い支援を受けている。シリアの内戦とは、イランとサウジアラビアの代理戦争の側面がある。流石に残虐なISISをシリア反政府勢力同様サウジが支援する展開になるとは予想しないが、アメリカとすんなり共闘するか? については疑問符が付く。

今一方の主役イスラエルはイラク問題をどう見ているのだろうか。イスラエルの本音は分らないが、表面的には取敢えず冷静を装っている。イスラエルに取っての最大関心は何といっても、イラクでアメリカとイランが共闘するかどうかであろう。イスラエルは本質的にイランを信用していない。それに加え、イスラエルは湾岸戦争時イラクより42日間に18回39発のミサイル攻撃を受け多数の死傷者を出した苦い経験がある。1981年に国際社会の非難を浴びながらもバビロン作戦でイラクの核施設を壊滅させており、その結果湾岸戦争時にイスラエルに向け発射されたミサイルには核弾頭が塔載されておらず、イスラエルが壊滅を免れたという気持ちは今尚強い様に思う。従って、イスラエルとしてはイランを世界から分離した上で核施設を空爆し、核兵器保有の可能性をゼロにしたいのだと思う。勿論、イラクでイランがアメリカと共闘する事はこのイスラエルの意図に逆行する。

日本国民はこういった現実を直視し、「平和ボケ」から脱する必要がある。

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