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若者は何故就活に失敗するのか?

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晴天に恵まれた今年のゴールデンウイークももう直ぐ終了する。就活開始から半年弱、慣れない、気苦労の多い日々を過ごさざるを得なかった就活生に取っては束の間の骨休めになった事であろう。とはいえゴールデンウイークが終われば以前の生活に戻らねばならない。

近い内に内定が取れれば良いが、そうでなければ周りの友人は次々に内定が決まっているのにと一人落ち込む事となる。先ずは、自分だけが取り残された気分となり、次に焦り、最後には自分は社会から必要とされていないと思い込み、酷い場合は鬱病になったりする事もあると聞いている。

こういう巣立ちに苦しむ若者に対し日本社会は結構冷淡だと思う。怪しげな就職コンサルタントの様な所は数多く存在するが、困っている若者に付け込み、「就職ガイダンス」、「内定必勝法」といった、中身の割に高額な教材を売り付けているとの事である。一方、マスコミは問題の背景を正しく伝えるべきなのだが、実際は正義の仮面を被り若者に寄り添う振りをして、就活に苦労する若者を取り上げ「季節の風物詩」として閑散期の紙面の埋め草に活用しているに過ぎない。

どうも情報化時代というのに、就活中の若者に関してはどうしたら良いかが分らず戸惑っているにも拘わらず一人で放置され途方に暮れている様に見受けられる。私は内定を簡単に貰える学生とは、分り易くいってしまえば企業で活躍している現役世代が「こいつと一緒に働きたい」と惚れ込む様な人材だと思っている。従って、付け焼刃でエントリーシートの作成や或いは面談時の質疑応答を工夫したところで何の意味もない。

仮に上場企業の内定を得る事に成功したとしても「兵隊要員」としての採用であれば、入社後こんなはずではなかったと後悔する事になる。私は、「若者は何故就活に失敗するのか?」を煎じ詰めれば原因は下記二点と考えている。

■ 大卒数に比較して大卒に相応しい雇用が少な過ぎる

露骨にいってしまえば、毎年55万人程度が大学を卒業しその大半が上場企業の正社員の身分を望んでもそれを満足させる雇用はないという事である。厚生労働省が公表している新規学卒者の離職状況に関する資料一覧、取分け、新規大学卒業者の事業所規模別卒業3年後※の離職率の推移が明快に説明してくれている。

大卒の35%が3年以内に離職すると聞いているが従業員が5人未満の企業であれば60%を超えている。勤め先に不満を持つ人間が全員離職する訳ではないだろうから、従業員が5人未満の企業の場合であれば、就職したほぼ全員が離職したいと思い、その内の6割が実際にそうしたと推測される。企業側にも言い分はあるだろうが、大卒に相応しい雇用を提供するに至っていないと判断せざるを得ない。就活生が意中企業の内定が取れず、妥協した結果就職したものの矢張り我慢が出来ず離職に至ったという所であろう。

一方、従業員が1,000人以上の大企業となると3年離職率は20%強と流石に低くなる。とはいえ、20%強の離職があるのも今一方の厳然たる事実である。この数字から想像すると、入社した人間の半分程度が退職したいと思い、その内の4割程度が実際に離職に至ったと推測される。退職までは考えていないが、仕事に不満がある、仕事がつまらない、仕事をやる事に意義を感じられないという人間が殆どではないかと思われる。

大企業が新卒として100人を採用したとしても、幹部候補生はその内の3人程度。準幹部候補生が10名程度とすると、90名弱は兵隊としての採用という事になる。入社後の配属や研修の中身でその事を思い知らされるのに違いない。

こう考えて見ると、大卒に相応しい職種の有効求人倍率から考えて、そもそも大卒だからそれに相応しい仕事が与えられてしかるべきという発想が間違いである事が分る。もっと厳しくいえば、この発想に固執する限り多くの就活生はボタンのかけ違いを延々と繰り返す事になり、結局は意中の企業から内定が貰えず、仕方なく妥協して就職し、3年以内に離職する事になってしまう。

■ 大学は皆同じという欺瞞

日本では不思議な事に「大学」は「大学」でありどんな「大学」も同じである。同様に「大学生」は同じ様に「大学生」であり、就活の場において平等に扱われ、且つ、入社後も学閥などあってはならず、実力主義が透徹されねばならないといった実態にそぐわない「建前」が就活の現場を不必要に混乱させていると思われる。

下位の私立大学文系では、これは無論比喩であろうが答案用紙に名前が書ければ入学試験を通過出来る。その後、入学金と授業料を納入すれば4年後には卒業証書を発行してくれる(大卒の学歴を供与してくれる)という話を耳にする。従って、大学生活といえばお決まりのお気楽なサークルとそこから派生する恋愛。遊ぶための金を稼ぐための居酒屋でのアルバイトといった具合なのだろう。

一方、中々そう簡単には卒業させてくれない大学もある。私は自宅から一番近いのと、入試で数学、物理・化学といった理系の配点が大きいという理由で大阪大学の工学部に入学した。地元の高校が進学校ではなく情報がなかったので入学後初めて知ったのだが、このブログ、大阪大学は厳しい大学です、要注意!の内容は私の時代では本当だった。教養部の先生方は医学部、理学部、工学部といった理系学生には特に厳しく、当時は秀才揃いの医学部ですら教養で二割程度が留年していたと記憶している。

工学部に至っては4割程度が留年していた事をぼんやりだが覚えている。留年4割がどんな数字かというと、今の時期に二年生になった同級生が3人集まると一人は秋に学部(工学部)に上がれる事がほぼ確実。一人は必須科目を複数落とし留年が既に決定。最後の一人は二年生の前期に必須科目を落とさなければ何とか仮進級(当然留年の可能性もある)といった具合である。私は、入学金、授業料を免除して貰い、一方日本育英会の奨学金の供与を受けて大学生活を送っていたので、留年したら多分こういう特権を剥奪され退学を余儀なくされると思い、何時も強いプレッシャーを感じていた。

特に私を苦しめた必須科目は、ドイツ語、応用解析学、物理化学(特に熱力学)だった。ドイツ語は籤に負けて一番厳しい先生のクラスになってしまった。定員60人のクラスで例年3人程度しか合格しない。仕方ないので家庭教師のアルバイトで授業料を作り、夏休みの特別ドイツ語補修を受講し何とか合格出来た。

大学に来て応用解析学を受講して初めて高校までの数学は問題の解き方を覚え、実践しているだけの作業に過ぎず、数学でなかった事を思い知らされた。授業を聞いても殆ど理解出来ず、何度も何度も教授の部屋を尋ね質問を繰り返した。本当に辛く苦しかったけれど、課題に対し逃げずに対峙し、考え続ける事でしか問題は解決出来ない事を実感として体験した。

物理化学、取分け熱力学は私に取って走り高跳びで棒高跳びの高さを要求された様なものだった。この科目も質問のため何度も教授の部屋を訪問した。決して恰好は良くないが泥臭く、こつこつと努力を続けて何とか4年で卒業出来た訳である。私は大学生活で自分に理系の才能がない事を思い知らされ、日商岩井(現双日)という総合商社に職を得、海外留学、海外長期出張、海外駐在などを経験した。一方、大部分の級友(40名の学科で卒業時は20名強)は大学院修士課程を経て大手の製造業に職を得、部長、事業部長くらいにはなっている様である。大学に残った二名は割と早い時期に理学部と工学部の教授になっている。

「鉄は熱い内に打て」という言葉が示す様に二十歳前後の4年間に徹底的に鍛えられた人間と、そもそも大学以前の高校時代から大して勉強せず、偏差値の低い大学に入学し、さらに何の苦労もなく卒業可能な人間を同じ基準で扱う事は余り適当とは思えない。学歴(出身大学)で差別する事は好ましい事ではない。しかしながら、大学時代にきちんとした教育を受け、鍛えられた人間とそうでない人間は面接すれば直ぐ分る。

さて、今回のテーマ「若者は何故就活に失敗するのか?」の結論については既に説明したので、その対策を示さねば就活生に対し不親切であろう。第一は、労働市場での「商品価値」をしっかりつける事である。中途半端な大学に行くくらいなら、職に直結する職業訓練学校の方が遥かに良い。

今一つは、自分の市場価値に合った企業を選び、その中で将来性のあるところを選別するという現実的なアプローチを推奨する。大学を卒業予定の就活生にとってはこれが最重要であろう。従って、このテーマで次回は詳細な説明を試みたい。