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「紛争解決システム」という名の「金銭解雇」について考える

2014年06月17日 01時02分 JST | 更新 2014年08月15日 18時12分 JST

前回は、噛み合わない「残業代ゼロ法案」に関する議論で日本の残業問題を取り上げてみた。言いたかった事は、何時まで経っても仕事の段取りを覚えようとせず、ちんたら残業の繰り返しで小銭を稼いでいる様では、転職市場での商品価値はゼロになってしまうという事であった。結局、年収1千万円超のサラリーマンに限って適用するという事で一旦決着した。しかしながら、今後1千万円のバーは800万円、600万円といった具合に少ずつ引き下げられるのは確実だ。残業代がカットされた分は基本給に回るから、要領良く仕事をしているサラリーマンに取っては定時に退社出来、しかも給料が増えるのでこれは福音と満足するに違いない。

この残業関連の話はサラリーマンの毎月の手取りに直結するからかネットでの関心が高い。一方、不思議な事に産業競争力会議で併行して検討している「紛争解決システム」について書かれたものを目にする機会は少ない。「残業代ゼロ法案」に比べ「紛争解決システム」という名の「金銭解雇」の導入の方が日本社会や国民生活に与えるインパクトは遥かに大きい。従って、今回は「金銭解雇」導入を安倍政権が急ぐ背景や経緯についての論考を試みたい。

「金銭解雇」とは?

欧米先進国で一般的に採用されている制度は、「勤続年数5年の標準金額」「職位ごとの標準金額」を予め決めておき、企業が解雇する従業員に対し手切れ金を支払う事でスピーディーに労働紛争を解決する仕組みだ。ウィキペディアの正規社員の解雇規制緩和論は下記の通り説明している。

米国、英国、ドイツ、イタリア、スペイン、デンマーク、シンガポール、香港、オーストラリアでは、金銭解決が用いられており、解雇の金銭補償の金額は

• アメリカ:雇用契約上の損害、差別・ハラスメント禁止法令に違反する解雇には最大約3000万円

• フランス:6~24ヶ月の給料

• ドイツ: 原則12ヶ月、最大18ヶ月(多くのばあい上限の範囲内で勤続年数×月収、年齢に応じて)

• 英国:1~1.5週分(41歳以上)×勤続年数、差別的な解雇は最大約7億6000万円

• イタリア:12~24ヶ月の給料

• スペイン:33日分の給料×勤続年数(2012年2月の規制緩和後、以前は45日分の給料×勤続年数)

• デンマーク:最大6ヶ月分の給料、差別的な解雇には最大6ヶ月

• シンガポール:雇用契約で定めた金額

• オーストラリア:雇用契約上の損害、不当解雇は最大26週間分の給料、違法解雇に上限はなし

としている。

「金銭解雇」システムが導入されたら一体どういう事が起こるのだろうか?

今までであれば、余程の不祥事でも起こさぬ限り20代での解雇など想像すら出来なかった。しかしながら、「金銭解雇」システムが導入されたら入社4年目の若手社員であっても、入社以来の3年間の仕事振りをみて余り将来に期待が持てないと判断され、「金銭解雇」に拘わる手切れ金が高くなる前にさっさとお払い箱にしてしまおうと企業は判断するかも知れない。一方、50才前後のバブル期採用組となれば話は分かり易い。極一部の将来の役員候補を除き大部屋に集められ、人事部の担当から退職に至る手続きと金銭補償の金額の説明を聞く事になるのであろう。

何故今「金銭解雇」システムを導入しなければならないのか?

日本が国際社会で一定のポジションを引き続き確保するためには「積極的平和主義」を展開し世界の平和と安定に貢献する必要がある。地球温暖化ガス排出削減に代表される地球環境問題に対しても積極的な貢献が必要である。一方、国内問題としては少子高齢化に伴う社会保障費の増大があり、これらに対応するためには財源が必要で、一定の経済成長は石にかじり付いても達成せねばならない。

一方、経済の主役は飽く迄民間企業であり、政治に出来る事は極めて限定的である。解雇規制の緩和による労働市場の流動化は政府に達成可能な有力施策の一つである。従って、安倍政権の「成長戦略」とは畢竟民間企業の活性化であり、そうであれば「金銭解雇」システム導入については是非もないという事である。こう整理してみると、現役世代は「金銭解雇」の議論に時間とエネルギーを使うのではなく、どう対応するか?を真剣に考えた方が遥かに実りある結果になるという結論になる。

現役世代の生産性向上は安倍政権最重要課題

背景にあるのは少子高齢化である。この状況に対し指を咥え傍観しておれば日本のGDPは低下し、日本は只管衰退の道を歩む事になってしまう。一方、中国が軍拡を止め様とせず、日本固有の領土への野心を隠そうともしない現状下、防衛費の増額はやむを得ない。又、少子高齢化に伴う社会保障費の膨張も避けては通れない。少子高齢化の環境下、現役世代一人当たりの生産性向上で日本のGDPを押し上げるしか現実的、実効性のある手段はないだろう。

マスコミやレベルの低い経済学者が日本企業の経営手法が前近代的であり、これがGDP低迷のボトルネックであると説明する事が多い。実に分り易い説明であるが、真実ではない。少し古い資料で恐縮だが、2012年に行われた日銀白川前総裁のロンドンでの講演内容を参照する。大切な指摘は日本(2000-2010年)の就業者当たりの成長率は先進国で一番高く、総合と一人当たりが逆に一番低いという点である。高校を卒業し、職に就いたばかりの若者から、定年を迎えようとするお父さん迄、「日本の、現役世代は先進国で一番頑張っているのである」。総合と一人当たりが逆に一番低いのは、高齢者の比率が他国に比べ高過ぎるからである。従って、現在の雇用システムで生産性を上げようとしても、乾いたタオルを絞る様な話であり、効果は期待出来ない。「金銭解雇」システム導入の様に日本の雇用システムを根本から変える必要がある。痛みは伴うが、企業が既に必要としておらず、結果、飼い殺し状態になっている社員(生産性ゼロ)の金銭解雇を認め、この社員の能力、スキルを必要としている別の企業への転職の道を開く事である。

若者に必要なのは「結果の平等」ではなく「機会の平等」

分り易い例えとして、終身雇用の結果年収1,200万円で殆ど仕事をしていない中高年を解雇する事で年収300万円の若手4人の雇用が新たに可能となるというのがある。更には、「金銭解雇」システムが導入されておらねば、きらりと光るものがある若者が応募しても、平均点が基準に達していないという理由で企業は採用に二の足を踏んでしまう。しかしながら、使ってみて駄目なら「解雇可能」という事であれば、先ず採用し、試してみようという積極策に傾くはずである。私は出来れば若者は社会人としてのスタートを組織がしっかりした上場企業で始めるべきと考えている。そういった意味で、日本は採用ミスも含めて22才で「正社員」の身分を手に入れたものを全員定年まで保護するのではなく、出来るだけ多くの22才の若者に正社員としてのチャンスを与えるべきと考える。

TPPは日本に取って経済成長の中核エンジン

日米関係に精通した吉崎達彦氏はTPP 交渉の現状を、水面下で大詰めを迎えたTPP交渉 と簡潔、明瞭に説明している。私の状況認識もほぼ同様である。という事は、安倍政権はTPPが日本に取って経済成長の中核エンジンと理解した上で、外交、安全保障を組み立てねばならない。政府開発援助(ODA)予算がアジア・太平洋地域に傾斜配分されるべきは当然である。日本企業、日本人は年内TPP妥結を想定し、対応せねばならないのも同様である。企業はTPP妥結後のスタートダッシュに備え、体質を内臓脂肪が多過ぎる水膨れから筋肉質な体型に変えねばならない。高年俸で働きの悪い中高年を抱え込んでいる場合ではないのである。

法人税の減税と「金銭解雇」システムの導入は車の両輪

法人税減税については今朝も安倍首相がその実現に言及している。何故法人税を下げるか? というと、今の税率を維持していたら、日本企業の多くは日本に愛想を尽かして日本よりずっと税率の低い海外に移転してしまうからである。税率を半分にすれば税収も半分になってしまうがゼロよりはましという判断である。財務省は反対するかも知れないが、日本の状況はそこまで切羽詰まっている。

「金銭解雇」システムの導入も基本的には同じ様な話である。企業環境に対応しての柔軟な雇用政策が取れないのであれば、人件費が日本に比べ格段に安く、しかも解雇し易い海外に企業が移転をするのは当然である。企業が海外に移転すれば、国は法人税収入を、地方は法人市民税と固定資産税を国民は雇用を失う。

入社4年目の若手社員が何時もの様に出社すると、課長から会議室に来る様にいわれ、その場で解雇を通達され、手切れ金の金額が明記された退職の手引きを渡されるシーンは、日本人に取って余り見たくないというのは理解出来る。しかしながら、サラリーマンもまた「常在戦場」と心得、絶えず転職市場での自分の市場価値に注意を払う時代が来たという事であろう。私は40代で二度の転職を経験しているが、そんなに悪いものではないと思っている。