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噛み合わない「残業代ゼロ法案」に関する議論

2014年06月06日 15時55分 JST | 更新 2014年08月05日 18時12分 JST

残業代ゼロ法案は、やはり「サービス残業奨励法案」だった。(榊裕葵 社会保険労務士)を先程拝読。榊氏の主張は私が常日頃考えている、毎晩残業していたら人生を棒に振る事になる理由とは全く真逆なものであり興味深い。同時に、「残業代ゼロ法案」に関する議論は何故何時まで経っても噛み合わないのか? 不思議に思うのも、今一方の事実である。今回はこの点に絞って考察を試みたい。

■対立の構図とは?

安倍政権の主張は要約すれば、「働いた時間ではなく、成果で評価される仕組みを構築すべき」つまり、従業員に取って労働時間は無視され、アウトプット(会社への貢献)のみが評価対象となる。一方、残業代支給の守護神ともいえる監督官庁である厚生労働省は年収7千万円の為替ディーラーなどに限定すべきと主張して譲らない。年収7千万円のサラリーマンなんて日本には殆んどいないから、実質厚生労働省は安倍政権の主張に真っ向から反対している事になる。

そして、問題を複雑にしているのが日本に蔓延する国民感情である。何事においても自分自身に対して自信が持てず、その結果自分の将来に対し漠然とした不安を抱いているというのが、日本の現役世代に共通する特徴ではないのか? そうであれば、「残業代」という彼らに取ってのささやかな既得権益に手を突っ込み、奪い取ろうとする安倍政権に反発し、彼らの代わりに徹底抗戦を貫く厚生労働省を支持する事になる。政治は所詮人気商売であり、安倍政権としてもかかる国民の深層心理は無視出来ない。

■厚生労働省のダブルスタンダード

それでは残業代支給の守護神ともいえる厚生労働省の省内労務管理は一体どうなっているのであろうか? 実に興味が湧く所である。国家公務員の残業実態精通者の話を要約すると、労基法は適用除外、各省・各部局の裁量で超勤予算が実態に応じて配分されているらしい。これでは、制度面からみれば厚生労働省は経済産業競争力会議が提案するホワイトカラー・エグゼンプションの仕組みを民間に先んじて採用し、運用している事になる。

厚生労働省のダブルスタンダードを何故マスコミが指摘し、批判しないのか? 私には全く理解出来ない。しかしながら、これからも安倍政権への反対を続け従業員への残業代の給付を主張するのであれば、先ず自分自身が労基法の順守に努め、職員に対する、彼らが批判してやまない「サービス残業」の強要を止めるべきである。

■経営者の本音

或る意味一種の脅迫観念かも知れないが、企業経営者が何時も考えている事はどうやったら会社を潰さずに済むか? という事であろう。そのためには、昔から言い尽くされた感はあるが「流動性を高め」黒字倒産の様な不測の事態に備えるという結論となる。更には、従業員の「労働生産性」を高め、時間当たりの賃金を上げ、優秀な従業員の獲得を可能にするといった人事施策に帰結するはずである。これは、自社の従業員が、時間ではなくホワイトカラーとして実態の伴う成果に注力する事を期待し、厳しく求めて行くという事である。こう考えれば、企業経営者が「残業代ゼロ法案」を支持するのは、自社従業員に本当の意味でのホワイトカラーになって欲しいと願っているからであり、一方反対する厚生労働省は何時までも労働者扱いしている事になる。

■残業代の請求は年俸の先食い

従業員の中には優秀な人間もいれば勿論そうでない人間もいる。企業から見ればこの程度の難易度でこの分量であれば就業時間内で達成が楽に可能で、その対価として例えば年収として@400万円を支払うと算段しているはずである。しかしながら、「勉強不足」、「要領が悪い」、「残業代を稼ぎたい」などの理由で、どうしても例えば月50時間の残業を行い、その結果、残業代として@2,000円×50時間×12ヵ月=120万円を企業が想定した@400万円の追加として稼ぐ輩が出てきてしまう。

企業から見ればこれは決して好ましい事ではない。従って、昇進、昇給を遅らして先食いした年俸の取り返しにかかる事になる。同期であっても、自ら進んで学び、要領よく仕事を熟していた社員はエリートコースであるニューヨーク駐在の辞令を受け取り、一方、ちっとも勉強せず、要領の悪さは改善せず、そんな事を気にかける事もなく残業代を稼ぐ事のみに熱心であった社員は、例えば郵便物を社内に配布する業務を請け負っている子会社に出向させられ、1年後には転籍を求められる事になる。勿論年収は3割以上減る。嫌なら辞めろという企業側の分り易いメッセージである。

■それでは何が年棒を決めるのか?

本来、個人の労働市場での市場価値と勤め先企業への貢献度で決められるべきなのだが、国内の制度改革、規制改革が遅れており中途半端な状況にある。勿論、そのA級戦犯は厚生労働省であり、その皺寄せは各企業に来ている。現状を放置すれば企業は益々海外移転を加速するだろう。

私は20代、30代は当時の総合商社日商岩井(現双日)に勤務し31才で中東に駐在し、その時初めて年収が1千万円を超えた。赴任後2年間無我夢中で働き、幸運にも恵まれ主要、重要案件は全て受注する事が出来た。当然、顔と名前が売れ私に興味を持つ人間も出て来る。ある日勤め先が代理店に起用している現地最大の財閥御曹司から夕食に招待され、王族に連なるという一人のサウジ人を紹介された。ドバイに商社を起業するので責任者を探しているという話であった。余り興味がなかったので細かな話はしなかったが、提示された年俸は当時の私の年俸額の二倍以上あった。これが私の経験した最初の誘いである。

40台前半はBBC Worldを取り扱う子会社に出向した(現BBC World,Japanで取締役営業本部長)。この頃は丁度スカパーも無事立ち上がり、衛星放送が揺籃期から成長期への移行期に差し掛かっていた。アメリカ系のチャンネルも多数日本上陸を企画しており、英語が出来て業界事情に明るい人間の争奪戦が水面下で行われていた。この時は中東駐在時とは異なり、専門のヘッドハンティグ業者からコンタクトがあった。余り興味はなく細かな話までしなかったが、各社とも年俸は現状の130%で交際費はスライドみたいな条件からスタートして詳細は一つずつ詰めましょう、みたいな話だったと記憶している。

■サラリーマンが今求められているもの

時間と対価の関係の如き過去の亡霊とは先ず決別せねばならない。その上で、プロのサラリーマンとしての自分自身の市場価値と真摯に向き合う事である。そもそも、転職が出来ないという事であれば、これは取りも直さず市場価値ゼロという事で話にならない。矢張り、実績をあげ、ヘッドハンターに狙われる人材にならねばならない。また、そういう人材であれば勤め先企業も将来の幹部候補生として大事に扱ってくれるはずである。

ここまで考えて来ると、朧げにではあるが、「残業代ゼロ法案」に関する議論が噛み合わない理由が見えて来る。サラリーマンと雖も自分の人生は自分で切り開くべき(自己責任)と考えるのか? 或いは、国(厚生労働省)が面倒見るべきなのか? という違いが両者の考えの根底に深く横たわっているという事実である。