安倍政権が自民党の伝統である「利益誘導」を継続するのか、或いは、「社会保障費」、「地方交付税交付金」のシステムを根本から見直し、必要な構造改革を進めるのか? これから国民は注視する事になる。

予想に違わず昨日の参議院選挙は自民党の歴史的大勝に終わった。これにより、「決められない政治」、「無責任な政治」の温床となっていた衆参の捻れが解消する。そして、今日から少なくとも3年間は自民党の実質独裁が続く事になる。自民党政権は、今世紀も繁栄の道を辿るのか? それとも没落していくのか? の分水嶺に立つ日本を、何としても繁栄の道に導くという責任を背負ったのである。ついては、この機会に「日本の進むべき道」と「やるべき事」を提案してみたい。

求められるのは安全保障体制の強化

日本の隣国中国は領土的野心を隠そうともしない。さらには軍事力による示威、恫喝を日本の尖閣諸島のみならず、南シナ海で中国との間に領海問題を抱えるフィリピン、ベトナム他の海洋国家に対し繰り返している。この状態を指を咥え傍観していては、韓国に実効支配されてしまった竹島の様な悪しき例が一つまた一つと増え、日本固有の領土が侵食されてしまう。自国の領土すら守れない国を世界が評価するとはとても思えない。結果、日本は世界から軽んじられ、外交は空転し、経済も悪化するのでは? と危惧する。更には、南シナ海のシーレーンを中国に押さえられる様な事態となれば、「通商国家」日本は生殺与奪の権を中国に握られてしまう。これだけは絶対に避けねばならない。

とはいえ、問題解決のための「特効薬」もなければ「奇手妙手」もない事をこの機会に理解すべきであろう。出来る事、やるべき事を一つ一つ地道に積み上げていくしかない。日米同盟を日本の安全保障の基軸と位置づけ、自衛隊の増強による防衛力の強化を急ぐ事。アメリカとの、更には中国の脅威に晒されている東南アジア諸国との「集団的自衛権」認可により自衛隊の運用・展開をより効果的にする事は先ず取り組むべきであろう。この問題を議論すると必ず出てくるのが憲法問題である。背景に「決められない政治」があったとはいえ、憲法論議が「憲法改正」と「護憲」の二項対立の陥穽に陥った結果、議論はちっとも深まらず空転を続ける結果になってしまった。そして、喫緊の課題である安全保障体制の強化が宙ぶらりんの状態に放置されている。憲法解釈の結果、現憲法で「集団的自衛権」認可も含め可能なのか? 難しいという事なら、どの様なスケジュールで憲法改正の手続きを進めるのか? どの様にして憲法改正が近隣諸国に不要の「誤解と懸念」を与えない様にするか? 政府は早急に国民に説明、提案すべきと思う。

中東の地政学的リスクの高まりにどう対処すべきか?

今尚日本は輸入原油の8割程度と、かなりの割合の液化天然ガスを中東、湾岸諸国からの輸入に依存している。更に悪い事に3.11以降、運転を再開した大飯以外の全ての国内原発は停止している。日本のエネルギー政策はサウジとサウジに雁行する湾岸産油国依存の一本足打法といっても良いかも知れない。問題は度重なる国際世論の抗議、警告にも拘わらずイランが一向に核開発中止に舵を切ろうとしない事である。これに対し、イスラエルは空爆による放射能汚染は避けたいとしており、核燃料が施設に搬入される直前に空爆を決断するものと予想される。仮に、イスラエルが空爆を実行すれば日本のタンカーの航路であるアラビア湾は「火の海」となり、航行は叶わなくなる。そうなれば、日本は最悪の場合ショック死、そこまでいかなくても日本経済が大打撃を受ける事は必至である。日本に出来る事は、欧米と歩調を合わせイランに対し圧力をかけ続ける事位であろう。万が一に備え、国内で対策を取らねばならないが石油の備蓄量を少々増やしたとしてもどうなるものでもなく、難しい問題である。差し迫った問題であると共に、原発再開の是非とも直接関係するので政府は早急に万が一の場合に備えての対策を講じる必要がある。

近い将来なされるであろう、イスラエルによるイラン空爆以外で中東の産油国を脅かしているのは、シリアを筆頭にジャスミン革命以降の周辺イスラム国の不安定化、液状化である。周辺国の不安定化は、やがて動乱、内乱に悪化する。更には、「シーア派」と「スンニ派」の宗教戦争に発展し、それを各国から駆けつけたイスラム過激派が支援するという形となり、収拾がつかなくなる。国内の宗教対立はサウジや他の湾岸産油国も大なり小なり抱えており、周辺国からの飛び火を避けたいのは当然である。従って、日米欧は協調して火消しに努めねばならない。3月にヨルダンを訪問したアメリカのオバマ大統領がシリア難民支援の名目でヨルダンに対し2億ドルの支援を表明したのはこの一環である。この3か月後、日本の安倍首相は北アフリカ、イスラム諸国でのテロ実行犯であるイスラム過激派のアジト、温床となっているサハラ砂漠南部のサヘル地域に向け、教育・保健制度の整備や、貧困対策などを支援して国内の不安定要因を解消し、テロを抑止する事を目的に1,000億円を拠出する考えを表明した。日米が連携し、分担しての援助の供与と思う。きっと、湾岸の産油国諸国も日米の意図を理解し、感謝している事に違いない。こういった実績をベースに安倍首相は来月中東産油国を訪問する。中東産油国が困難な状況にある現在、日本として出来る限りの支援を行い、首相自ら現地を訪問し彼らの立場を理解し、寄り添う姿勢を示す事は意義深いと思う。後述するこういった地域へのインフラ輸出を側面支援する事は確実であろう。

急がれる原発再稼働

安倍政権は原発再稼働を急ぐべきである。第一の理由は、上記説明した中東の地政学的リスクの高まりである。私は1997年から3年間実際に中東に駐在している。それから、赴任前の3年間も中東諸国への長期出張を繰り返しており、それなりに中東のリスクは理解していると自負している。中東の現状から判断してエネルギーソースは可能な限り分散すべきと思う。技術的に可能であれば、輸送機に使用する石油も動力を内燃機関からEVに転換する事で極力減らし(EV用の電力は原発で賄う)、結果として中東依存を減らすべきと考えている。

第二の理由は、日本が安全保障の基軸とする日米同盟の相手国アメリカが脱石炭火力に舵を切った事実である。アメリカ人の友人と話をすると、「drought=旱魃」という言葉が度々登場する。日本人で旱魃の意味を知らない人間はいないだろうが、実際の会話で使う事があるのだろうか? 一方、アメリカでは旱魃は重篤な社会問題であり、国民は嫌でも意識せざるを得ない。石炭火力が排出する二酸化炭素が地球温暖化をもたらし、結果、旱魃のA級戦犯とされている。今後アメリカで石炭火力発電の新設は許可されないだろうし、老朽化した石炭火力発電所も早めの閉鎖を余儀なくされる。これに取って代るのは二酸化炭素を発生しない原発である。東芝・米ウエスチングハウス連合と日立・米GE連合がこれに大きく協力する筈である。こういう状況下で日本が脱原発に舵を切るというのはあり得ない選択だし、強行すれば安全保障体制まで毀損してしまう。日本が取るべき策でない事は明らかである。

第三の理由は、中東の地政学的リスクの高まりを嫌気して原油先物価格が一直線に上昇している事である。将来北米からのシェールガス輸入が本格化すれば事情は変わるかも知れないが、今の所液化天然ガスの価格も現実的には原油価格にリンクしている。従って、日本の電力会社の輸入する燃料は値上がりしている。アベノミクスの目玉政策である「異次元の金融緩和」の成果である「円安」がこれに拍車をかける事となる。燃料代高騰は電力料金値上げで吸収するしかないが、これを嫌気して国内製造業は海外移転を加速する事になる。当然、国内での雇用は消失する。国内の雇用の確保と脱原発は二律背反という冷徹な事実に気付くタイミングに来ている。

最後は、国内経常収支のトレンドである。現状は貿易収支の赤字を移転収支(国外からの配当金)で埋め合わせ、経常収支は何とか黒字を維持している。製造業の海外サプライチェーンの経営が順調である事、ドルまたは現地通貨ベースの送金がこの所の円安で円転後膨らみ、手取りの増加が幸いしている。しかしながら、原発を稼働させれば本来不要な一日当たり300億円とも言われる巨額の石油やガスといった化石燃料代金を無駄に払い続ける事が賢い選択とはとても思えない。経常収支が黒字の内に正常化に向け舵を切るべきではないのか?

質の高い雇用の創出

先々週総務省統計局から平成24年就業構造基本調査が発表された。成程、日本の失業率は4%台と先進国の中では異例の低さを維持しており、これは誇れる事実である。問題は雇用における「正社員」の割合が減少し、「正社員」に比べ著しく条件の劣る「非正規雇用」の割合が増えている事実であり、これが「ワーキングプア」や「ブラック企業」の背景となっている。日本の場合は雇用の質を犠牲にする事で、低い失業率を維持しているといっても良いだろう。それでは、どうやって質の高い雇用を創出するか? である。

「ブラック企業」問題を解決に導く処方箋とは?で以前説明した通り、日本を含む先進国労働者は「要素価格均等化圧力」に不断に晒されている。縫製工であれば、最低賃金が月38ドルしかないバングラディシュの縫製工の月収にどうしても鞘寄せされてしまう。従って、質の高い雇用を創出するためにはこの「要素価格均等化圧力」を無力化しなければならないという結論に至る。具体的には、高度に専門的な技術に裏打ちされ、過去の実績から「信頼性」、「安全性」が立証され、新興産業国では今の所取り組むことが出来ない製品を製造し輸出するという事になる。アメリカなど先進国向けの原発や高速鉄道、大気汚染(PM2.5)に苦しむ中国向け脱硫、脱硝設備、今後需要の急増が見込まれる新興産業国向けのインフラ輸出全般という事になる。新興産業国向けであれば、「発電プラント」には円借款を供与し、プラント機材輸入に必要となる港湾設備の改修や必要となる技術者の教育には無償援助を提供するなど相手国の需要に合わせODAを使う事で政府の民間支援は可能と思う。

新興産業国では真似の出来ない高度な業務を熟すためには、技術開発を担当する研究者であれ、工場で実際の物つくりに責任を負うエンジニアであれ、世界を飛び回り営業活動を行う営業マンであれ、職種は異なれどもそれぞれ高い能力が要求される。従って、大学の改革を中核とする何がしかの教育改革は必要だと思う。大学生は大学の勉強で苦労せずに就職活動で苦労するのではなく、矢張り大学の4年間でしっかり勉強すべきであろう。また、大学は学生が学んだ内容が社会人、企業人としての頼もしい武器となる様な実践的な教育に意を尽くすべきと考える。入学金と授業料を4年間支払えば自動的に卒業証書を貰え、「大卒」の身分を手に入れる事が出来るという従来のシステムはもう止めるべきであろう。

教育の質の向上と共に企業の「知財戦略」も重要になる。新日鉄住金鋼板製造の最先端技術が韓国の鉄鋼大手ポスコに盗用された事件はその悪しき典型例である。製造業に取って虎の子ともいえる「コア技術」がライバル企業に盗まれていては話にならない。既に説明した様に、「要素価格均等化圧力」を無力化する事は日本企業と新興産業国企業の保有する「知財」の質に圧倒的な差異があってこそ可能となる。「知財」の漏洩阻止こそが製造業の生命線との自覚が今後益々必要になる。

再チャレンジの難しい日本

若者を筆頭に日本の現役世代は多かれ少なかれ閉塞感、息苦しさを感じていると思う。閉塞感の背景にあるのは再チャレンジの難しい日本の社会システムではないだろうか? 大学生の就職活動がうまくいかず「正社員」の身分を手に入れる事に失敗したら、負け組のレッテルを貼られ、ワーキングプアとなり、社会の底辺に埋没してしまう。一流企業の正社員として人生を再チャレンジ出来る可能性など、ほぼゼロに等しいのではないか? 仮に就職戦線では勝ち組となり意中の企業に「正社員」としての職を得たとしても、数年後勤め先が新興産業国との競合に敗れ破綻してしまう事もあるだろう。破綻まで行かずとも、工場を人件費の廉価な海外に移転する事となり、リストラされてしまうかも知れない。この場合も余程際立ったスキルがなければ、今の日本では「正社員」としての再就職は難しいのではないか? 何の事はない、就職活動で失敗した大学生の歩んだ道を、数年遅れで辿っているだけの話である。

こういう状況であるから、仮に間違って「ブラック企業」に就職してしまっても、中々退職の決断が出来ない。会社の理不尽な要求に従う毎日を繰り返していると、何が正しくて何が間違っているのか? の判断も徐々に出来なくなり、最後には精神に異常を来してしまう。そこまで行かなくても、普通の企業に勤めていても、残念だが余り上司に評価されず良い仕事を与えられないというケースも多い。当然、当人はやる気をなくし腐ってしまう。そうすると、評価と年収は更に下がり、仕事もどうでも良いような雑用ばかりとなる。サラリーマンの「デフレスパイラル」の典型であろう。それでも、日本では再チャレンジが難しいので嫌々だけれど会社に居座り続ける。毎日が楽しくないし、未来に何の展望も開けて来ない。本人に取っても、勤め先の企業に取っても好ましい状況でない事は確かである。ついては、日本政府はシンガポールが注力している「Inclusive Growth」の中身を精査し、日本でも採用出来ないか、検討してはどうだろうか? 特に検討すべきは下記ポイントと思う。

Inclusive growthの具体的な政策対応の主な項目としては、以下のものが挙げられる。教育や職業訓練などを通した個々人の能力の開拓、雇用の創出と柔軟な雇用制度の確立、中小企業支援、貧困対策、女性・子供・高齢者のエンパワーメント、機会の平等を高めるようなインフラと法の整備ならびにガバナンス、経済危機に対応できるような社会的セーフティーネットの確立、などである。Inclusive growthは経済の自由化に即した概念であるため、これらの施策は市場メカニズムに基づいたものでなければならない。単に社会的弱者への再配分を求めるのではなく、平等な立場での競争の機会を与え、個人のインセンティブがうまく働くような政策対応を練る必要がある。

2013年を財政再建元年とすべき

最後に強調したいのは、「決められない政治」が終わった今こそ、痛みを伴う財政再建を強力に推し進めねばならないという事である。決して平坦な道ではない。細くて棘の道に違いない。しかしながら、この道のみが日本の未来を確約してくれるのである。日本政府も日本国民も血塗れになっても財政再建というゴールに向かって歩いて行くしかないという覚悟を決めるべきである。このためには、歳入を増やし歳出を減らすしか方法がない。歳入増といっても具体的には消費増税以外の手段はない。来年10月予定の10%への増税を可及的速やかに確定し、更には出来るだけ早い時期での20%への増税の検討に移行すべきと考える。日本のアキレス腱は国債残高膨張に象徴される財政問題であり、この機会に債務問題解決に舵を切ったとのメッセージを国際金融市場に発信する事は国債価格暴落などのリスク対策として極めて有力と考える。

一方、歳出構造に大鉈を振るう事は更に重要である。一般会計予算を見れば明らかな様に、歳出では「社会保障費」と「地方交付税交付金」が突出している。高齢者への社会保障費を聖域化する事で財政規律意識が麻痺してしまい、その財源として国債を発行するというのは高齢者のための借金を次世代に付け回すという話に過ぎない。有能な若者であれば、債務負担を忌避して海外に出てしまい、二度と帰って来ない。そして、国内に残るのは無能で納税能力のない低額所得者ばかりとなる。話はやや脱線するが、最近財政破綻に至った米国、デトロイト市はこのケースである。高齢者に偏重した社会保障費の使い方は急ぎ正常化すべきと思う。

一方、「地方交付税交付金」の使途についても疑問が付きまとう。税金で県職員に「上海旅行」をさせる鹿児島県庁は多分氷山の一角に過ぎず、地方行政は完全に感覚が麻痺しているのだと思う。人間往々にして楽に手に入れた金は無駄に浪費するものである。この親方日の丸の地方自治が抜本的に見直さねばならないのも当然である。安倍政権が自民党の伝統である「利益誘導」を継続するのか、或いは、「社会保障費」、「地方交付税交付金」のシステムを根本から見直し、必要な構造改革を進めるのか? これから国民は注視する事になる。

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