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小泉元首相「原発ゼロ」発言に感じる昭和政治の残渣

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ハフポストが伝えるところでは、小泉純一郎元首相は11月12日に日本記者クラブで会見し、約300人の記者団の前で初めてマスコミ向けに「原発ゼロ」を訴えたとの事である。記事を読む限り小泉元首相の主張に目新しいものは何もなく、既に手垢の付いた内容で全く興味を惹かれなかった。寧ろ、小泉元首相に沁み込んでいる昭和政治の残渣が感じられた事が興味深かった。安倍政権には日本に取って最早有害なだけの昭和政治とはキッパリと決別し、日本を正しい方向に牽引して貰いたいと今回改めて思った次第である。

■昭和政治とは?

日本が第二次世界大戦で焦土と化し、灰の中から奇跡の復興を成し遂げた事は世界が認め、等しく称賛するところである。しかしながら、日本の戦後復興は幸運に恵まれた事も大きかったのも今一方の事実である。手間とコストのかかる「外交」と「安全保障」は対米追随が基本方針で何とかやり繰り出来た。その結果、政治は国内問題に集中した。手法としては、本来政治の中核をなすべき「政策立案」は役所に丸投げし、政治は手柄の横取りに終始した。役所が作った「政策」を、政治家はマスコミを巧みに操り一般国民にも理解出来る「ワンフレーズ」で伝える。政治は「政策」の立案と実行を役所に丸投げし、「広告塔」に徹して問題がなかった訳である。

日本経済の転換点が1985年のプラザ合意なら、昭和政治の転換点は1989年のベルリンの壁崩壊であろう。日本の昭和政治の手法を許容した「東西冷戦構造」は崩壊し、世界はそれまでに比較してずっと複雑になった。その結果、役所が立案する政策は以前程機能せず、一方政治は指を咥えて傍観する以外何も出来なかった。日本は世界の中で漂流し経済は低迷を続けた。これが、失われた20年の背景ではないのか? かかる観点から、今回の小泉元首相主張について考察してみたい。


■読売新聞社説への反論に観る相変わらずの役所への問題丸投げ体質

小泉元首相の主張とは、要は「原発ゼロという方針を政治が出せば、必ず知恵ある人がいい案を作ってくれる」という、恐ろしく単純で楽観的なものである。小泉元首相のいう「知恵ある人」というのが本当に日本にいるのか? 仮にいるとしてもいい案を作れるのか? 冷徹に考えれば、何の保証もないのは確実である。

日本は1973年の第一次石油ショックの翌年1974年にサンシャイン計画を立案し、NEDOが母体となって毎年巨額の国費を投じ代替エネルギーの開発を推進して来た経緯がる。しかしながら、今日に至るまでこれといった成果を挙げるに至っていないのではないのか?  私事で恐縮であるが、私自身もドイツ留学より帰国した1982年から二年間サンシャイン計画の一つであった、「西豪州褐炭液化プロジェクト」に参加した経験がある。このプロジェクトは、結局西豪州にパイロットプラントを建設し実験データーを収集して終わってしまい、目標とした商業プラント建設までには至らなかった訳である。参画企業は本当に優秀な人材を出していたと思う。NEDOの実績と、私個人の「西豪州褐炭液化プロジェクト」での経験から、代替エネルギー開発の難しい事を実感として体験した。そして、これが小泉元首相の楽観的な主張に共鳴できない背景である。

「10月8日の読売新聞の社説で、私の原発ゼロ発言に対して批判があったので、それに対する意見から始めたいと思います。『原発ゼロにした後の(代替エネルギーの)代案を出さないで、原発ゼロ発言をするのは無責任。あまりにも楽観的すぎる』という批判でした。でも、原発問題は広くて大きくて深い問題ですよ。国会議員だけで代案を出そうたって、なかなか出せるものじゃありません。まして私一人がゼロの代案を出せと言ったって不可能ですよ。

だから、政治で一番大事なことは方針を示すことだと。『原発ゼロ』という方針を政治が出せば、必ず知恵ある人がいい案を作ってくれるというのが私の考えなんですよ。内閣に原発ゼロに賛同する専門家を、経産省、文科省、関係省庁の官僚も含めて識者を集めます。何年かけてゼロにするのか。その間の再生可能エネルギーをどのように奨励し、促進していくのかなどの広範囲の問題を考えていきます。

こんなのが一政党や一議員に浮かぶわけがないじゃないですか。だから専門家の知恵を借りて、その結論を尊重して進めていくべきです」


■「原発ゼロ」と核廃棄物最終処分場問題は全く別の話

小泉元首相は日本国内で最終処分場の場所が決まらないので「原発ゼロ」を主張している訳である。そして、誠に以て奇妙な話であるが、この主張に賛同する日本国民が多いのも事実である。日本には既に全国に原発が点在し、使用済み燃料棒は原子炉内で貯蔵されている。従って、既存原発を再稼働しようが、しまいが、安倍政権は最終処分場を決定し処分に向けて舵を切らねばならない。政治決断が求められている訳である。処分の第一号は現在廃炉作業中の福島第一原発になるはずである。この事が、私が従来から国が前面に立ち福島第一原発の事故処理を行うべきと主張する理由の一つである。


■日本は地球温暖化問題に積極的に取り組む必要がある

核廃棄物最終処分場問題は飽く迄も国内問題に過ぎない。一方、地球温暖化対策は国際問題であり、世界は日本が積極的に対応する事を期待している。地球温暖化対策を協議する国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)が11日、ポーランドの首都ワルシャワで開幕し、日本は2020年の温暖化ガス3.8%減を決定すると共に、温暖化対策に官民で11兆円の投資実行をCOP19で表明した。世界が今後日本に期待するのは、如何にして電力料金上昇を抑制し、一方温室効果ガスの排出を削減するかの一点と思う。

小泉元首相は「再生可能エネルギー」がその特効薬になると信じている様だが、再生可能エネルギーを促進した結果電力料金が上がり、製造業の国際競争力が低下し、或いは、国民負担が膨れ上がり、不満が高まっている欧州の状況に疎過ぎると思う。日本では太陽光発電や風力発電に積極的なドイツが成功例として参照される事が多い。しかしながら、「再生可能エネルギー」に前のめりになった結果、ドイツの電力行政はどうも大失敗をしてしまった様である。ドイツを代表する一流雑誌Der Spiegelは、今回もGermany's Energy Poverty: How Electricity Became a Luxury Goodと、ドイツの電力行政を一刀両断に切り捨てている。こういう前例を参照すれば、日本が電力料金上昇を抑制し、一方温室効果ガスの排出を削減する持続可能な唯一の政策は「原発再稼働」による化石燃料消費の削減という結論になる。


■今日の財政危機の原因を作ったのは昭和の政治

小泉元首相の発言内容を読んで気になるのは、電力料金上昇をどうやって抑制すべきか、或いは、悪化する一方の貿易赤字に対し何の配慮も見受けられない事である。こういう事で政治を担って来たから今日の巨額の政府債務を現役世代に残してしまったのではないのか? 電力料金が上昇すれば国内製造業は悲鳴を上げ、やがて海外に移転してしまう。多数の雇用が喪失し、失業問題が重篤化する。一般国民も電気を使わない訳にはいかないので、国民生活は窮乏化する。こういった痛みを緩和するため、政府が電力会社に補助金を供与し電力料金上昇の抑制を図る様な事をすれば財政を毀損してしまう。昭和の政治はこの様ななし崩し、行き当たりばったりの政策を繰り返しであった様に思う。安倍政権は、勿論かかる負の連鎖を断ち切らねばならない。

一方、財務省が公表した9月分貿易統計によれば貿易赤字は9,321億円にまで膨らんでいる。赤字幅拡大の推移を見る限り放置すれば、単月赤字が1兆円の大台を突破するのもそう遠くない将来と思う。一方、移転収支(海外からの配当)は年間10~15兆円程度で推移しており、これがずっと経常収支の赤字化を防いでくれている訳である。この数字を見比べれば、今期の経常収支黒字は何とか死守出来ても、来期赤字化の可能性は高い事が見て取れる。例え経常収支が赤字でもアメリカの様に海外からの投資が多ければ問題ない。しかしながら、日本の様に役所の意味不明な規制が多過ぎ、恣意的な省令が乱発される国では海外からの投資は難しいと思う。従って、将来起こり得る、「円売り」、「株売り」、「債権売り」回避のためには短期的には原発を再稼働させ3兆円とも4兆円ともいわれる化石燃料の追加輸入を抑制するしかないのではと思う。安倍政権は何も小泉元首相の発言内容に逐一反応する必要はない。しかしながら、電力政策の基本的な部分については国民に説明すべきではないのか?

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