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日本企業は最早社畜を必要とはしない

2014年07月03日 19時31分 JST | 更新 2014年09月01日 18時12分 JST
KAZUHIRO NOGI via Getty Images
Japanese Prime Minister Shinzo Abe speaks during a press conference at his official residence in Tokyo on July 1, 2014. Japan on July 1 loosened the binds on its powerful military, proclaiming the right to go into battle in defence of allies, in a highly controversial shift in the nation's pacifist stance. AFP PHOTO / KAZUHIRO NOGI (Photo credit should read KAZUHIRO NOGI/AFP/Getty Images)

JBPRESSの紹介するThe Economist誌の、ついに始まる日本の改革:第3の矢が実に興味深い。6月24日に政府が公表した「第2次成長戦略」を前向きに評価した内容であるが、率直にいって少し持ち上げ過ぎの様な気がする。

安倍首相は6月24日、今度こそ適切な3本目の矢を放った。今回は的に当てることができると考えられる2つの理由がある。1つ目の理由として、今や国民の大多数が何らかの改革が必要だと自覚している点が挙げられる。2つ目の理由は、安倍首相がようやく、変化を必要とするほぼすべての経済分野に及ぶ、幅広い構想を打ち出した点にある。

そして、現役世代がこの記事を他人事の様に読んでいたとしたら余りに楽観的過ぎるだろう。The Economist誌は、安倍首相が進めようとしている改革を日本に取って好ましい事として肯定し、支持しているからである。歴代自民党内閣がやろうとしても出来なかった集団的自衛権行使容認をあっさりと閣議決定してしまった安倍首相の事である。今回のThe Economist誌記事も含め、海外からの追い風を背に受け改革の本丸にこれから切り込むに違いない。そして、この事が多くの国内現役世代を直撃する事になる。具体的には、The Economist誌は下記の通り指摘している。

外国人は現在、株式市場全体の30%を保有しており、1989年の4%から激増している。株主資本主義の考え方が広がり、多くの大企業が野心的な利益目標を掲げている。

外国人株主はさらに、戦後の日本に根付いた終身雇用制度を抜本的に見直すよう求める可能性が高い。この制度は徐々にぐらつきを見せているものの、現時点で500万人近くの手厚い保護を受けた正規労働者が余剰人員となり、退職金を割り増ししても人員整理ができないでいる。一方、若者や女性を中心とする全体の約5分の2の労働者は、低賃金の非正規雇用に甘んじている。

■ 日本企業の本音は「最早社畜を必要とはしない」

私は、過去に日本の現役世代の働き方に関し下記をハフィントンポスト経由公開した。

毎晩残業していたら人生を棒に振る事になる理由

噛み合わない「残業代ゼロ法案」に関する議論

「紛争解決システム」という名の「金銭解雇」について考える

成長戦略素案にこっそり盛り込まれた「金銭解雇」

上記を実際に読まれた方は理解されていると思うが、これ等の記事の根底にあるのは、日本企業の本音は「最早社畜を必要とはしない」という冷徹な事実である。

■ 日本には4種類のサラリーマンが存在する

労働問題関連、弁護士や社労士によって書かれてものをネットでは目にする事が多い。率直にいって殆ど全てピントがずれており、こういった記事の読者である現役世代を大いにミスリードしていると思う。何故こういう事になるかというと、弁護士や社労士になる人は実業界、要は会社勤務を経験せず、直接こういった職業についてしまうからである。サラリーマンの実際の中身を理解する事なく、唯観念的にサラリーマンとして捉えている。これでは話にならない。

私は、日本には4種類のサラリーマンが存在し、これらは全く別の生き物と理解している。その第一は、将来を嘱望されたエリートサラリーマンである。一流大学を卒業し入社の時点で将来を嘱望され、20代でアメリカの名門大学でMBAを取得。その後、30代で課長に昇進し業績の悪かった課を立て直し、40代で破綻寸前の子会社に出向し、経営を健全化し、数十億円での売却に成功する様な学歴、職歴の人間である。私にも何人かこの手の人間に友人がいるのだが、定期的に部門長(副社長、専務)に会食に呼ばれ、会社の基本方針、本人の大まかな次回のポストなどの説明を受けている様である。帝王学とはこういうものなのだろう。大きな失敗をしない限り、本部長、役員と出世の階段を登って行く事が確実な人種である。

第二は、同じく一流大学を卒業し将来を嘱望され入社したが、能力は充分にあるものの「リスク回避型」で野心に欠ける人材である。イメージし易い様に描写すれば、「そこそこの大学を卒業し、そこそこの企業に入社出来たのでこれで充分満足。後は可愛い嫁さんを貰い幸せな人生を過ごせればハッピー」といった層である。勿論、仕事は要領良く、手早く熟す。しかも、野心がない分人当たりが良く、後輩の面倒見も良い。早い話、社内外で敵をつくらない。こういう人材は「特急」ではないものの「急行」位のスピードで昇進を果たし、50才前後で部長に昇進する。

しかしながら、この層ではここが出世のピークで55才の役職定年で本部長に昇格し、生き残るのは稀であろう。本社に残留を希望するのか?或いは、会社が用意してくれた子会社に役員として転籍するのか?決断を迫られる事になる。本社に残った場合は「平社員」扱いとなり年棒は半分くらいまで減額される様だ。とはいえ、対外的には本部長代行の様な役職を名乗る事を許容され、世間体は維持される。

60才で定年だが、大会社は一般的に諸般の事情から実質的な活動はしていないが、潰したくても潰せない子会社を数多く抱えているケースが多い。こういう人材はそういった子会社の社長にぴったりであり、フリーターの年収に毛の生えた程度の報酬で社長を引き受けている様である。そして、当初は65才までという話で引き受けたが、適当な後任が見つからない、特に替える必要がないといった消極的な理由で気が付いたら70才まで社長をしていた、などという例は特に珍しい話ではない。

第三は、日本では未だそれ程多い訳ではないが、自分の能力を頼りに職を変えるサラリーマンである。仮に、「金銭解雇」が具現化すれば、日本のサラリーマンも好む好まざるとに拘わらず、こちらに移動せざるを得なくなる。私の友人の内何人かはこの手合いである。本人には当たり前、当然の事なのだろうが、傍から見てると彼らのキャリアーはジェットコースターの様で実に面白い。

年収1,500万円で外資系企業の本部長として働いていたら、ライバル会社から年俸2,000万円で日本支社長として引き抜かれた。喜んでいたのも束の間、勤め先企業が突然日本から撤退する事になり、首になってしまった。リーマンショック直後という事もあり、転職先は見つからず、止む無く起業。得意先に日参している内に社長に気に入られ、営業企画室長として高額年俸で入社とか。こういう人達の特徴は、日本の一般的なサラリーマンが「うじうじ」しているのに対し、実に「さっぱり」としている事だ。馘首されても決して項垂れる事無く、只管前のみを見て歩いている。常日頃から、転職市場での自分の市場価値を上げる事に努力を惜しまず、良い話があれば飛びつく。転職市場で受け入れられなければ、自ら起業するという事を当然の対応と自覚しているからであろう。

そして、最後は今回のテーマである「社畜」である。私の「社畜」に対するイメージは、今勤めている企業が特に入社したかった訳ではなく、内定を出してくれた唯一の会社なのでそこに入社し、入社以来何かを勉強する訳でもなく、毎日漠然と始業時間ぎりぎりに出社し、有能であれば午前中に終わってしまう様な仕事に一日をかけ、更に、毎日決まって2時間残業する様なサラリーマンである。こういったサラリーマンは概して転職市場での自分の価値に興味を持たない。何故なら、値段が付かない(転職不可)を朧げながらではあるが理解しているからである。そして、どういう訳か「終身雇用」は継続すると根拠のない自信を持っており、外で(社外で)通用する、能力(スキル)を身に着けようとはしない。

一方、日本企業は今や「最早社畜を必要とはしない」を通り越して、社畜は企業に取って、迷惑もの、厄介者といった認識に変わってしまった。そして、The Economist誌が指摘する様に、外国人投資家が国内株式市場全体の30%を保有するに至り、企業収益の足枷となっている社畜の解雇に舵を切る様に企業経営者への圧力を強める事は必至の情勢である。更に、安倍政権はこの流れを支援すべく「金銭解雇」の制度化に舵を切る予定である。その結果、今後多数の社畜が居場所を失い、日本社会を漂流する事になる。彼らの未来は極めて暗いと言わざるを得ない。