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見事に大会を成功させたブラジル ワールドカップで得たもの、失ったもの

2014年07月18日 14時57分 JST | 更新 2014年09月16日 18時12分 JST
Alexandre Loureiro via Getty Images
RIO DE JANEIRO, BRAZIL - DECEMBER 03: A general view of Brazuca and the FIFA World Cup Trophy at the Maracana before the adidas Brazuca launch at Parque Lage on December 3, 2013 in Rio de Janeiro, Brazil. Brazuca is the Official Match Ball for the FIFA World Cup 2014 Brazil. Tonight adidas revealed brazuca to the world in the stunning setting of Parque Lage in Rio de Janeiro. The reveal was part of a spectacular light projection supported by global footballers Seedorf, Hernane and FIFA World Cup Winner Cafu. Hundreds of guests and celebrities were treated to this one off experience, which launched the Official FIFA World Cup Ball for Brazil 2014. For more information visit: news.adidas.com/worldcupOMB (Photo by Alexandre Loureiro/Getty Images for adidas)

35泊に及ぶブラジル滞在も終わり、今、帰国途中のニューヨークの空港でブラジル生活を振り返っている。35泊の間に長距離移動が17回(飛行機が10回、長距離バスが7回)。つまり、ほぼ1日置きに移動を繰り返していたので、ほとんど観光はできなかった。出発前は予定通り移動できるのか、かなり疑問に思っていた。なにしろブラジルは普段から国内線の飛行機は時間通りには飛ばない国だったし、大会前には交通機関のストライキが行われると報じられていたからだ。

今大会、僕は18試合を観戦する予定だったが、まあ、2,3試合は会場に行けなくなって見られないかもしれないな......と思っていた。「こんなきつい日程にしなければよかったのに......」と、最初の数日は思っていた。だが、結局、移動はまったく予定通り。18試合観戦も実現できた。今は、「もう少し頑張って後2,3試合見ればよかったな」と反省しているところである。

聞くところによると、国際的な信用にも関わるのでワールドカップ成功が必須だったブラジル政府は、各航空会社に対して運行が遅れた場合は高額の罰金を課す事にしたそうだ。それで、各航空会社が頑張って飛行機を飛ばしたのだ。こうして飛行機もバスも、ほぼ定刻での運行が実現した。因にメディア向けのシャトルバス(市内のホテルとスタジアムを結ぶ)も、ほとんど時間通りに運行された。これほど長距離移動が続いたのに、今回のワールドカップはこれまでに比べて移動のストレスを感じないで済んだ大会になった。懸念されたような大きな事件や事故もなく(泥棒の被害に遭った例などはかなり聞くが)、又、昨年のコンフェデレーションズカップの時のような大規模デモにも一度も遭遇しなかった。

大会開幕以降は、ブラジル国民も「なんとかこの国際イベントを成功させなければ」という意識に変わったのだろう。そして、「本当に、我々にワールドカップが開催できるのだろうか?」と固唾を飲んで見守っていた。こうした緊張感や、巨額の資金が投入されたワールドカップに対する疑問。ヨーロッパ並みの(ブラジルの感覚から見たら)超豪華なスタジアムを数多く建設させたFIFAに対する憤り。そんな諸々の感情が入り混じって、人々はお祭り騒ぎをする事は無かった。

これまで、僕はラテン・アメリカで開かれたワールドカップを2回(1978年のアルゼンチンと86年のメキシコ)経験しているが、とにかく街中がお祭り騒ぎだった印象が強い。ヨーロッパ諸国での大会とは全く違った。だから、今回もそうした盛り上がりを期待していたのだが、市内にはほとんどワールドカップ関連の飾りつけもなく、「本当にこの国でワールドカップをやっているのか?」という疑問すら感じた。それは、前にも書いたかもしれないが、1994年のアメリカ・ワールドカップの時に近い経験だった。スタジアムは確かに盛り上がっているが、街の中にはワールドカップがない。そんな状況である。

アメリカ合衆国の一般の人々は、サッカーというスポーツに興味がないのだから仕方ないが、世界で一番サッカーが好きなはずのブラジルで、なんでこういう状況になってしまったのか。FIFAは反省して欲しい。もちろん、「お祭り」ではなく、サッカーの大会としてはブラジル国民は楽しんでいた。ブラジル代表の試合の時には、街角のバールで人々はビールを飲み、歓声を上げてテレビ観戦。そして、ゴールが入る度に爆竹の音が街中に響き渡る。結局1ヵ月間の大会が成功により、ブラジル国民は大きな自信を持ったことだろう。「俺達にも、こんな大会が開けるんだ」と。そして、長い目で見れば、それは将来のブラジルの社会的な発展、政治的な安定に繋がるかもしれない。外部の人間としても、「成功して良かったな」と思う。こうして、ブラジル人は自分たちの能力に自信を深めたはずだ。

だが、ブラジル人はサッカーに関する自信を打ち砕かれた。大会前は思っていた事だろう。「そう、社会の安定や経済発展ではヨーロッパや北アメリカには敵わない。だが、ことサッカーにかけては俺達が世界一さ」と。ワールドカップ史上最多優勝記録を持っているブラジルは、自国開催の大会で6回優勝という記録を目指していた。ところが、ブラジル代表はグループリーグから安定した戦いができず、毎試合失点を続けた。そして、なんとか南米勢を退けて辿り着いた準決勝でドイツに敗れてしまう。それも、1対7という、近代サッカーとしては信じられないようなスコアでの完敗だった。

運営能力で自信をつけた大会だったが、一方で誇りを打ち砕かれた2014年ワールドカップ。今後、そこで身に付けた自信をどのように社会発展に活かしていくのか。そして、サッカーの誇りを取り戻すために何をすべきなのか......。ブラジルが何処に向かうのか注目したい。ドイツは1990年代にどん底状態に陥り(96年のEUROだけは優勝したが)、その反省から育成を見直して、20年間かかって素晴らしいテクニックを持った選手を輩出するようになって、ワールドチャンピオンの座に返り咲いた。ブラジルも、そのような抜本的な改革ができるのか......。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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(2014年7月17日J SPORTS「後藤健生コラム」より転載)

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