ツール・ド・フランス2014 第13ステージ レースレポート「三味線を弾いて、牽き続けたピノを出し抜いたバルベルデ」

マイヨ・ジョーヌが完璧なる王者の証明を済ませた。アルプス超級シャンルッスの山頂で区間3勝目を奪い去り、総合2位とのタイム差を3分37秒に開いた。パリまで1週間。2014年ツール・ド・フランスの総合優勝は、ほぼ決したと言ってもいいだろう。山でもはやライバルのいないヴィンチェンツォ・ニーバリに、もちろん、クリス・フルームやアルベルト・コンタドールを泣かせたような落車の不運が襲い掛からない限りは、である。

区間優勝を飾り、総合優勝に向けて前進したニーバリ

マイヨ・ジョーヌが完璧なる王者の証明を済ませた。アルプス超級シャンルッスの山頂で区間3勝目を奪い去り、総合2位とのタイム差を3分37秒に開いた。パリまで1週間。2014年ツール・ド・フランスの総合優勝は、ほぼ決したと言ってもいいだろう。山でもはやライバルのいないヴィンチェンツォ・ニーバリに、もちろん、クリス・フルームやアルベルト・コンタドールを泣かせたような落車の不運が襲い掛からない限りは、である。

「この勝利は、まさに解放だった。しかもマイヨ・ジョーヌでの勝利は、ステージ勝利に大きな付加価値を与えてくれるものだよ」(ヴィンチェンツォ・ニーバリ、公式記者会見より)

代わりに、表彰台の2番目と3番目の位置を巡る戦いは、この先、かつてないほど熾烈なものとなりそうだ。いまだ争いはオープンで、しかも、若きフレンチたちがベテランを追い落とそうと大胆不敵に狙っている。

夏の強烈な太陽が、ギラギラとアルプスを照らしつけた。山の上では痛いほどの直射日光が差し込み、路面温度は70度近くまで上がった。頭痛や吐き気を訴える選手が続出し、さらに厳しく長い上りが苦しみを倍増した。先行する道路整備隊が沿道に水を巻き、少しでも涼をもたらそうと努力したけれど……。あいもかわらずレース展開は激烈で、高速で回転するタイヤがアスファルトを熱した。

緩やかな下りから始まったステージは、当然のように、無数のアタックで幕を明けた。我らが新城幸也も飛び出しを試みた。ステージ最初の3級峠(24km地点)を越えても、執拗に突進は続いた。山頂からのダウンヒルを終えて、道が平坦になった42km地点で、ようやく9人の逃げが出来上がる。ツール区間勝利経験者の3人、ブリース・フェイユー、ヤン・バークランツ、ビエル・カドリに、ジロで伝説的な雪のガリビエを制したジョヴァンニ・ヴィスコンティ。さらにはアレッサンドロ・デマルキ、クリスティアン・ドゥーラセック、ダニエル・オス、リュディ・モラール、バルトス・フザルスキー。逃げ切りを祈りながら、メイン集団には5分近いタイム差を奪った。

メインプロトンは、背後でのんびり構えていたわけではない。前々日はキャノンデールが、前日はジャイアントが握ったプロトン制御権を、カチューシャがすばやくがっちりとつかんだからだ。前日アレクサンドル・クリストフにステージ優勝をもたらした紅白チームは、この日は赤玉ホアキン・ロドリゲスのために猛烈な作業に取り掛かった。たしかに「プリト」は、51ポイントで山岳賞レース断然首位を突っ走っている。しかし今ステージ終盤の2峠(1級と超級、超級はポイント2倍)だけで、最大60ポイントが配分されるのだ。

こうして山が近づくに連れて、カチューシャ列車は猛威をふるい、タイム差はぐんぐん縮んでいった。しかも……前日も激しく存在感をアピールしたユーロップカーが、ゴール前75km、またまた全員隊列を組んで前線へと進み出た!

「今日の動きは、アタックを仕掛けるためではなかったんです。とにかく最終峠にピエール・ローランを安全に、先頭集団内で連れて行く、それが目的でした」(新城幸也、ゴール後インタビューより)

ゴール前60kmから上り始める1級パラキ峠へ向かって、新城幸也がメイン集団を牽引した。さらに全長14.1kmの山道に入ってからも、序盤10kmほどを、延々と集団先頭で上り続けた。アスタナのアシスト勢を、大勢背後に引き連れて。新城の刻む淡々としたリズムに、総合11位ミカル・クヴィアトコウスキーさえ苦しみ、一時はプロトンから脱落しかけたほどだ。

「それほど速いスピードで上ったわけじゃないんですよ。でもとにかく、ものすごく脚の調子が良かったんです。1年に1度あるかないか、ってくらい絶好調でした!」(新城幸也、ゴール後インタビューより)

一方でエスケープの9人は、パラキ峠で大きくばらけた。アタック合戦を制して、最後に抜け出したのはデマルキ。この2週間、起伏ステージでペーター・サガンに尽くし続けた忠実なるアシストは、この日は自らの栄光に向かって必死にペダルを回した。しかし所詮は叶わぬ望みだった。全長18.2kmの最終峠、超級シャンルッスに入ると、仕事を終えた新城幸也がメイン集団からゆっくりと離れ、直後に再びクヴィアトコウスキーが滑り落ち、ステージ序盤にアシストたちを働かせてきたロドリゲスも引き離され……。そしてゴール前13km、デマルキも静かに吸収された。先頭集団はすでに25人ほどに小さく絞り込まれていた。

その直後だ。総合2位につけるリッチー・ポートが、ずるずると後退して行った。レース医療班の報告によると、オーストラリア人は「消化不良(吐き気、嘔吐)」に苦しんでいたとのこと。「フルームの代替リーダー」の早すぎる失速に、集団内は色めきたった。そして、ここから、凄まじい加速合戦が、繰り広げられることになる。ゴール前12km、引き金を最初に引いたのは、ポートから1分24秒遅れの総合5位ティボー・ピノだった。

「レースを厳しくしてやろうと思ってね。他の選手たちも、それほどアシストを残していたわけじゃなった。だから、一発食らわしたら、どうなるのか、見てみたかったんだ。脚の調子も良かったし、だから試してみることにした」(ピノ、ゴール後TVインタビューより)

すぐさまメイン集団は大まかに3つに分断することになる。1)総合19位からの上昇を願うレオポルド・ケーニッヒと、純粋にステージ優勝にかけるラファル・マイカ、つまり総合表彰台争いに関係のない2人が先頭へと抜け出した。2)単独で仕掛けたローレンス・テンダムに、ピノと、さらにポートから24秒遅れ総合3位アレハンドロ・バルベルデが合流し、そこにマイヨ・ジョーヌも居座った。3)後方は後方で、やはり熾烈なアタックと分裂、再集合を繰りかえした。特に「暫定」表彰台へと向けて新人賞ジャージ姿のロメン・バルデが幾たびとなく特攻をかけ、2012年大会の新人賞ティージェイ・ヴァンガーデレンも負けじと前へ突っ込んだ。

ここからニーバリが、2段階の攻撃に打って出る。1)ゴール前6.8kmのアタックでピノとバルベルデを振り払い、2)ゴール前2.6kmのアタックでケーニッヒとマイカを置き去りにした。「コントロール」とか、「ステージ優勝を譲る」とか、そんな悠長な行為なんか取っていられなかった。もちろん、プリトから山岳ジャージを奪い取ろう、なんていう意思もなかったそうだ。結果的には、黄色だけでなく赤玉も所有することになったけれど。

「明日も難しいステージになる。最終週もピレネーで、非常に重要なステージが待ち受けている。しかもタイムトライアルがある。タイムトライアルのことを考えて、今日はポートをできる限り突き放しておきたかったんだ。上手く行ったよ」(ニーバリ、公式記者会見より)

置き去りにされたピノとバルベルデは、ゴールまで終始2人仲良く走り続けた。ただし、協力関係はゼロ。ほぼ最初から最後まで、ピノに牽引が押し付けられた。怖いもの知らずの24歳が、ベテラン34歳に「引けよ」と合図すると……、スペイン人が相手を試すような猛烈ダッシュを切る場面も。そもそもフィニッシュ間際でも、同じように猛烈ダッシュを切り、フランス人を3秒引き離してる。ニーバリから50秒遅れでゴールしたバルベルデは、まんまとポートを蹴落とし(何しろ今日だけで8分48秒も落とした)、表彰台の2番目の位置についた。ピノは苦々しく吐き出した。

「ほんと、良く分からないよ。彼は『オレはもういっぱいいっぱいだ』なんて言っておきながら、突然アタックをかけてみたり。それにスプリントでもしてやられた。彼の戦術を、ボクは良く理解していなかったみたいだ」(ピノ、ゴール後TVインタビューより)

バルデとヴァンガーデレンは幾度目からのトライで、ライバルたちを完全に切り離すことに成功。総合3番目の位置にステップアップするため、白いジャージを保守するために夢中で加速し続けたフランスの23歳は、本人も「予想していた以上の」好走を実現させる。区間首位から1分23秒遅れでゴールし、総合では見事に3番目の位置へと進み出た。当然ながら4日連続で新人賞の表彰式に臨んだ。

……マイヨ・ジョーヌの行方もほぼ決してしまったせいか、地元フランスメディアの視線はすでに、「表彰台の3番目」と「新人賞」の行方へと注がれている。なにしろ1997年リシャール・ヴィランク以来となるツール・ド・フランス総合表彰台乗りと、2011年ローランに続くホワイトジャージの誕生が、両方いっぺんに可能になるかもしれないのだ。総合3位バルデと総合4位ピノのタイム差は現在16秒。またポートが16位へ陥落したため、前日の総合3位~9位までは、そろって1つずつ順位を上げている。この2位~8位までは2分50秒の中に7人がひしめいている状況だ。総合9位には体調不良から復調しつつある世界チャンピオンのルイ・コスタが、10位には飛び出しが実ったケーニッヒが滑り込んだ。コスタと共に最終峠を上り切ったローランも、15→13位とトップ10に再び接近している。

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宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

(2014年7月19日「サイクルロードレースレポート」より転載)

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