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和田毅の悲願を支え続けた妻と家族の愛、そしてスタッフの心意気

2014年08月02日 01時41分 JST | 更新 2014年08月02日 01時41分 JST
Jamie Squire via Getty Images
TEMPE, AZ - FEBRUARY 24: Pitcher Tsuyoshi Wada #67 poses during Chicago Cubs photo day on February 24, 2014 in Tempe, Arizona. (Photo by Jamie Squire/Getty Images)

7月28日(以下現地時間)の夜、シカゴ・カブスの和田毅投手がロッキーズ戦で7回5安打1失点と好投し、“メジャーリーグ挑戦”3年目にして、メジャーでの初勝利を挙げた。

試合後の会見で、彼はこう言った。

「(メジャー挑戦)3年目ということで、今までのいろんなことを思い出しますし、ここまで自分に携わってくれたすべての人に感謝して、今日という日があるので感慨深いものがある」

彼はこの夜、「感謝」という言葉を何度となく繰り返した。それはまず誰よりも、彼の家族に対して向けられた言葉だったし、アメリカでの苦しい時間を共にしてきた土橋恵秀トレーナーにも向けられていた。だが、それと同時に和田の“感謝”の気持ちは、シカゴ・カブスという球団にも向けられていた。

米国の記者にも囲まれた記者会見で開口一番、彼はこう言った。

「まずは前回(7月23日のパドレス戦)、悪い中で自分を使ってくれたカブスの監督に感謝したい」

文字通りの“背水の陣”だった。

「誰が見ても、前回(4回5安打5失点で敗戦投手)みたいなピッチングだと明日はない。最悪クビになるだろうなという気持ちだった。最後の登板になるかもしれないし、今までやってきたことを出すだけだった」

意地もありましたね、と和田は言う。

「一番最初に投げたシンシナティ(7月8日のレッズ戦。5回5安打1失点で好投も勝敗付かず)ではコントロールはあまり良くなかったけど、低めに行けばいい当たりされてもある程度メジャーでも抑えられることができると思った。(今日は)それで駄目だったら自分の実力だ、と腹を決めて登板した」

メジャーでの3戦すべて、和田はそういう思いで投げ続けた。その理由は和田が「メジャーでの実績がない34歳の新人選手」だからである。

ただし、そんな選手がメジャーにたどり着いた経緯の中に、和田や彼の代理人の強い意思が込められている。

6月22日、当時アイオワ・カブスに所属していた和田は40人枠に入った。つまり、マイナー契約からメジャー契約に変更されたのだが、その理由は彼の契約に「6月15日を期限にOPT OUT(自由契約になれる)出来る」という項目があったからだ。諸々の事情で40人枠入りは、期限から約一週間遅れとなったが、和田にはOPT OUTを行使して他球団と契約し直すこともできた。

なぜ、そうしなかったのか?

「一番(の理由)はずっとマイナーで(AAA級の)アイオワで投げてて自分の特徴というか、こういう投球だって知っててくれてるのはカブスだった。カブスが他のチームに行って欲しくないと言ってくれた期限で40人枠に入れてくれて、勝負できる立場になった。違うチームに行って、また最初から自分を知ってもらうよりは、自分が結果を出せば、自分の実力次第でチャンスは巡ってくるだろうなと思っていた」

和田(と彼の代理人)の判断は正しかった。そもそも「メジャーでの実績がない」投手と再契約する球団が現れるかどうかさえ、定かではないのだ。自由契約になったところで未来が開けるとは限らない。厳しい言い方になるが、それが当時の和田を取り巻く現実だった。

それでも可能性は“ゼロ”ではない。マイナーで結果を出し続けること。諦めずに戦い続けることで未来が開ける。ましてや和田にはOPT OUTという“武器”もあった。40人枠に入ってしまえば、後は和田が言うように「自分の実力次第でチャンスは巡ってくる」。

「(レッズ戦は)一発勝負でしたね。オリンピックの予選とか、WBCとか経験してますけど、もしもあそこで打たれてたら終わりだったし、今回の昇格もなかったんじゃないかなって思う」

マイナーでの活躍(和田は4月に3勝1敗、防御率0.68という圧倒的な数字を残している)が実って、OPT OUTの際にはチームから残留を熱望された。40人枠に入ってからも結果を残し続けたからこそ、メジャー初登板が実現した。そこで実力を示したからこそ、7月23日のメジャー再昇格もあった。すべてはカブスとのマイナー契約があったからこそ、である。

和田がカブスに感じる恩義を「日本的だ」と思うし、カブスにとってはビジネス上の決断に過ぎないとも思う。だが、左肘の手術からの復活も含め“メジャー挑戦”から3年目で掴んだ初勝利なのだ。和田の言う「感謝」をメジャーでよく言うRespect(敬意と言ってもいいが、本当に適した訳はない)に置き換えれば、その心情もよく分かる。

「去年、(メジャーで)まったく結果が出てないのに(カブスが)マイナー契約で取ってくれたってのは大きいですから」

一発勝負のメジャー挑戦。“感謝”の気持ちを込めた和田の闘いは、まだまだ続く―。

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ナガオ勝司

1965年京都生まれ。東京、長野を経て、1997年アメリカ合衆国アイオワ州に転居。1998年からマイナーリーグ、2001年からメジャーリーグ取材を本格化。2004年、東海岸ロードアイランド州在住時にレッドソックス86年ぶりの優勝を経験。翌年からはシカゴ郊外に転居して、ホワイトソックス88年ぶりの優勝を目撃。現在カブスの100+?年ぶりの優勝を体験するべく、地元を中心に米野球取材継続中。 訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員。

(2014年7月30日「Do ya love Baseball?」より転載)