「ホームレスが3人しかいない」県、高知県

「厚労省のデータでは、『高知県内にはホームレスは3人しかいない』のです」今回、貧困問題を取材するにあたって話をきかせてくれた、「高知の貧困問題のキーパーソン」、高知県立大学(社会福祉学部)の田中きよむ教授は語った。

「厚労省のデータでは、『高知県内にはホームレスは3人しかいない』のです」

今回、貧困問題を取材するにあたって話をきかせてくれた、「高知の貧困問題のキーパーソン」、高知県立大学(社会福祉学部)の田中きよむ教授は語った。

私には、にわかには信じられなかった。

この「3人」という数字は、厚労省が実施している「ホームレスの実態に関する全国調査」(平成26年1月実施分)によるものなのだ。

東京在住の私は、普段、新宿駅や渋谷駅などを頻繁に利用するが、駅周辺だけでも多くのホームレスが段ボールを敷き寝転がっている。

たしかに私が昼間に高知市街地を歩き回ってみたところ、ホームレスの姿は見受けられなかった。いくら都会と比較して人口が少ないと言っても、高知の「ホームレスの少なさ」は何を物語るのだろうか。

実態を調査すべく、田中教授の行う、ホームレスの見回り活動に同行させてもらうことにした。

■ホームレスを探しに夜の街へ

夜10時。

しとしとと雨の降る中、市中心部の「中央公園」から出発した。

なかなか見つけられない。

こんな雨の日の「定番スポット」、屋根付きベンチにもその姿はない。

駅の地下街に入る。

いた。

段ボールを敷いて寝転がっている男性が2名。

熟睡中のため、この日は残念ながら話を聞くことは出来なかった。

しかし私はすでに3人のうちの2人を見たことになる。

後日、場所を変え、改めて昼間に取材をすることにした。

■公園で出会った『解放された』人々

田中教授と、ともに生活困窮者支援活動を行う「こうちネットホップ」の下元さんに、市内の公園を案内してもらった。

足を踏み入れると、段ボールではなく、テントが目に入る。

ここで3人のホームレスに出会った。

上田さん(仮名)、60歳。

青の長袖シャツにベージュのチノパン、サンダルに腕時計と、風貌はごく一般的な中年男性だ。

福岡県出身で、以前は会社員として働いていたが、45歳で会社を辞め、以降テントで生活、収入源は托鉢だという。

「なぜこの生活に至ったか」を尋ねた。

「35歳で女房が男作って出て行ったんだ。人生の中で最も苦痛だった。命を絶ちそうになった。それで家を出た」

上田さんは、「今の生活は一生続ける」ときっぱり言う。

「男は、離婚したら最悪だよ。女はいいんだよ、金がなくたって、すぐ次の男が出来るから。男はスケベだもの。男は金がないと駄目、相手にされない。そもそも、世の中男にとって不平等なんだよ、母子年金はあるけど、父子年金はないし」

勢いよくまくしたてるその口調には、怒りが満ちていた。

離婚がホームレスとなるきっかけだったらしい。

「母子年金」というのは、家族の生計を支えてきた夫が死亡した時に妻か子に支給される遺族基礎年金のことか、それとも母子家庭に支給される児童扶養手当のことか。どちらも、母子家庭だけを対象にしていたが、少し前から父子家庭も対象になっているのだが知らないらしい。

妻に逃げられてから地獄だったというのは、経済的にも妻に依存していた人なのかもしれない。

澤村さん(仮名)、62歳。

横浜市出身で、コンビナートや旅館などの仕事で全国を転々とした。

10年ほど前にリストラに遭い、「なんとなく」高知に来て、この公園での暮らしは4年になるという。

上田さんと同じく托鉢で生計を立てているというが、「特に信仰心はない」という。

5人兄弟の末っ子として育ったが、兄弟とは一切連絡を取っておらず、「生きているか死んでいるかも分からない」という。結婚はしておらず、両親は他界している。

「仕事をしていたときはしがらみが多かったよ。意に反した仕事もあったし、酒の付き合いも辛かった。家では兄弟とも色々あったしさ」

托鉢でも「多ければ1日2000円くらいにはなるし、食べていくには十分」だという。

テントには鍋もコンロも常備されていた。

「料理もするさ。マカロニ茹でてミートソースかけたり。夜はお米炊くし、カレーにしたり。野菜炒めも作るよ」

趣味をきいてみた。

「趣味?猫を飼うことかな。2匹いる。名前はつけるのが面倒だから、チビとチビ太って呼んでいるんだ。チビが今腹でかいだろ?もうすぐ子どもが生まれるんだ」

にゃあ、と鳴きながらチビがテントから出てきて澤村さんにまとわりつく。

「ここの暮らしは快適だね。人生の中で今が一番幸せだね。誰にも束縛されないから」

そう語る澤村さんの顔は、穏やかだった。

3人目は60代の男性だったが、きちんと話を聞くことはできなかった。

だがこれで私が話を聞いたり姿を目撃したホームレスはこれで5人になる。

たった1、2日の見回りで国のデータよりも実際のホームレスの数はずっと多いことが分かった。

しかも話を聞いてみる限り、私がホームレスに抱いていた、「仕事がなく、金銭的に困窮した結果の路上生活」「社会から排除された」「孤独の中で苦しんでいる」などの雰囲気は、彼らからは感じ取れなかった。もちろん事情は人それぞれであり、十把一絡げにはできはしないが、今回の取材で出会ったホームレスは、それぞれが今の生活を以前よりも心地よく感じているように見受けられた。

■高知という土地柄

「高知の土地柄で言うと、おおらかな人が多いんだよ。」

「ギャンブル好きで後先考えないうえ、本当にせっぱつまらないと相談に来ないんだよなあ」

今回の一連の取材で話を聞いた、借金問題の相談員、社会福祉協議会の事務局員、弁護士の方々などが口ぐちに言うセリフだ。

ヤシの木が生い茂り、名産のカツオやフルーツなど、魅力ある食文化を誇る高知県。

そんな南国の雰囲気に加え、板垣退助が「立志社」を設立した「自由民権運動」の発祥の地であることや、私塾や若衆宿が発達してきたことなども、現代の高知の人々の「自由闊達な」精神性に影響している、という声もきかれる。

また、高知は大酒飲みが多いということで有名だ。

食堂や土産物屋が多く入る、「ひろめ市場」で食事をしながらあたりを見回すと、若い女性が中年の男性数名をはべらせ、足を投げ出し手を叩いて大笑いをしながら豪快にお酒を飲んでいた。高知の女性は「男勝りで気がよく負けん気が強い」、「はちきん」と呼ばれている。

そんな「酒好き」「おおらかでさばさばしている」人が多いと言われる県ではあるが、都道府県別に見ると、高知県は「県民一人あたりの所得」46位、「最低賃金」47位...などと金銭事情は全国最低レベルだ。

「仕事が少ない」というのは地方に共通の課題ではあるが、高知県は特にその立地から深刻なものを抱えていた。

北側が四国山脈でさえぎられた高知は、四国の中でも本州への物流が制限されている。

海のイメージが強いが、中山間地が実に90%近くを占め、平地はわずかだ。

まとまった平地が少ないため、大きな工場は誘致されず、雇用は創出されにくい。

目立った観光資源は四万十川など限られており、特に観光資源に乏しい東部では仕事不足が深刻だ。若者を中心に人口流出が激しく、高齢化も進行する。

しかしこのように経済状態は深刻であるにも関わらず、悲壮感があまり漂ってこないように感じられるのは、土佐人の気質ゆえであろうか。

■「ホームレスは3人」の裏に...

取材を続けると、ホームレスは高知市内だけでもあちこちにいることが分かってきた。

それにしても「ホームレスは3人」というあの厚労省の数字はいったい何なのだろう。

案内してくれた田中教授も呆れたように話す。

「もちろん、ありえませんよね。私たちは普段ホームレスの見回り活動をしていますが、1晩の見回りでももっといらっしゃるのを確認できます。」

厚労省の概数調査の方法は「巡回での目視調査」である。

「調査時にその場でホームレスと確認できた人」だけがカウントされており、実数を正確に反映したものではないのだ。

そうだとしてもこの数字はあまりにも少なすぎるではないか。高知特有の問題もあるのだろうか。

田中教授によると、「高知のホームレスは見た目では分からない人が多いので、実際に話しかけてみないと分からない」という。

端的に言えば、ホームレスが「ホームレスらしくない」のだ。

「商店街で絵や詩を販売している、こぎれいな格好をした青年」

「バス停横の長いすで長時間座り込んでいる人々」「お遍路さんの格好をしている中年男性」

「周囲と交流を持ち、草刈りのボランティア活動までしている高齢男性」「冬の寒さをしのぐために夜中はスポーツウエアでただひたすらに歩き回っている高齢男性」「大好きな犬と一緒に歩き回り寝食をともにしている中年女性」「他のホームレスの状況を確認して教えてくれる青年」「パチンコの休憩所で客に紛れて夜11時まで過ごす高齢者」「夜遅くに特定のスポットに現れる女性」...。

教授らの調査によると、この人たちも皆ホームレスだというが、厚労省のデータには反映されていない。

今回、厚労省の調査が「見た目」でホームレスかどうかを判断して数えるという、限界があるものであることがよく分かった。

ふだん夜回りなどでホームレスの人たちと接することが多い田中教授の実感では、少なく見積もっても高知市内だけで10人以上のホームレスが存在することは確実だという。

ただ、温暖でおおらかな南国の高知では、ホームレスがホームレスらしく見えないことも確かだ。

「疲弊する地方都市」「深刻な経済事情」を体現する高知で、ホームレスは、どこか自由きままに見えた。

果たしてそれがいいのかどうかは、私にはまだ分からない。

しかしともかく、その姿を目の当たりにして、私の中の「ホームレス像」は一様ではなくなった。

(この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:北野由希、デスク:水島宏明)

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