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消えたカツオを追え カツオ王国・高知で見えたじり貧の漁業大国

2014年05月27日 16時58分 JST | 更新 2014年07月26日 18時12分 JST

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新緑の美しい季節。初ガツオのシーズン真っ盛りのはずが、過去にないカツオの不漁が列島を襲っている――。帰宅して、テレビをつけるとこんなニュースがやっていた。

ふーん、カツオかぁとぼんやり見ていたが、ふと思い出した。新人の頃、赴任した茨城県は刺し身を頼むとマグロよりカツオが出てくる土地だった。鬼のような上司がいて時に涙(こっちの方が多い)、時に笑顔で、ビールを片手にカツオをほおばった。そういや、慣れない海外出張でバターたっぷりの食事に痛んだ胃腸を抱えながら恋い焦がれたのは、カツオだしの味噌汁だった。帰国した足でスーツケースを引っ張りながら、近所のそばやに直行したっけ。

目立つ存在じゃないけど、いつもそっとそばにいて欲しい。それが私にとってのカツオだ。

 

そんなカツオが歴史的な大不漁という。そしてさらに聞こえてきた、「とりすぎでカツオ激減」説。あるのが当たり前だと思っていたのに、まさか、カツオが食べられなくなる日が来るのか?

カツオ王国・高知へ向かった。

1. 3カ月で釣れたのは計21匹...消えたカツオ

本当にカツオがないのだろうか。

高知龍馬空港からバスで高知市内に入り、まずはカツオのたたきが評判の居酒屋へ。塩をまぶした赤身が鮮やかな分厚いたたきが出てきた。自然に笑顔が出る。店の人に「不漁では?」と聞くと、「難しいが、今日は色んなルートで何とか調達した」。ただ、確保できずに市内でも冷凍や他県のカツオを使う店が出てきているという。

もちろん、カツオは高知観光の金看板だ。ゴールデンウィークはかき入れ時のはず。市内のあちこちで見かける高知県のシュールなマスコットキャラクター、「カツオ人間」も心なしか寂しそうだ。

食卓に届く前にさかのぼると、市場だ。続いて、高知市から車で1時間ほどの中土佐町を目指した。一本釣りで有名な漁港に近く、観光地としても有名な「久礼大正町市場」。正午とあってごった返す鮮魚店前を見ると、あった!台の上にカツオの刺し身やタタキの固まりが並ぶ。「ようやくとれたのよ。夜上がったばかりで新鮮よ」と店員が勧めてくる「久礼上がり」だが、隣の巨大な「鹿児島県産」に圧倒されている。進むと、机一つに刺し身用の固まり3つを並べる店があった。店番をしていた年配の女性は「釣れたのは、今年初めて」と言う。

細々とはあるが、かなり少ないようだ。

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さらにさかのぼって、漁はどうか。

と、こんなデータを見てしまった。

高知県によると、県内の主な6つの漁港で4月に水揚げされたカツオは12㌧弱と去年の7%程度まで落ち込んでいる。今年に入ってからの合計水揚げ量は去年の8%しかない。

信じられない数字だ。

高知県漁協に電話してみると、「全くですね。ここまで釣れないのは今までにない」との電話口にまでため息が聞こえてきそうだった。

そんな中、「ようやく水揚げがあった」との情報を得て、急ぎ土佐市の宇佐漁港へ向かった。旧宇佐町はカツオ節発祥の地と呼ばれ、県内でも最もカツオ船が多いという。

港前の漁協事務所では、漁師の浜口保夫さん(73)が夕方の市場が開くのを待っていた。浜口さんはカツオ一筋50年の大ベテランだ。船から数本の糸を後方に流し、一匹ずつ釣り上げる曳縄漁専門。カツオが土佐湾へのぼってくると、宇佐で先陣を切って漁場に乗り込む役目だ。

 

「ほら、みてみい」。釣れたカツオを見せて欲しいと頼むと、浜口さんが家庭用サイズほどのクーラーボックス1つを抱えてきた。中には、氷水に浮かぶ1㌔ほどの小ぶりなカツオが5匹。今日の市場に並ぶカツオはなんと、この5匹だけなのだ。

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「これじゃあなんぼにもならん。油で2、3万。パチンコですったと思うしかない」と浜口さんのつぶやきに、うなずいた。120キロ沖合まで船を出し、群れを探し回ったが見つからず、1昼夜かけてようやく5匹を釣り上げたが、高騰する燃料代をまかなうのすらほど遠い成果だ。

 

「普段は一番釣れよる時期やけどね。おらんき」

カツオ漁が始まった2月に計12匹、4月はこれで計19匹。宇佐漁協では今年、浜口さん以外に出た船はなく、港であがったカツオは3カ月でたった21匹だ。

「70キロあ釣れたら次に行く人もおるけど、5つ(匹)じゃよう誘わん。去年も初鰹も戻り鰹も少なかった。年々減っていきよる。今年は特に釣れん日が多い。これじゃ戻り(カツオ)も期待できん」。浜口さんは漁協事務所のソファに体を沈めると、コーヒーをすすった。「前まで、今の時期にこんな座っちゅう間なかったですよ」。同席した漁協の井本和年さんも苦笑いをした。

2人によると、カツオが釣れなくなったのは、ずいぶん前からだという。

20年ほど前まで、カツオ漁最盛期のゴールデンウィークは市場が水揚げしたカツオで足の踏み場もないほどだった。日本一早い市場と言われ、朝4時と夕方5時、日に2度の市場は何十人もの仲買人でごった返し、沖合8キロほどでもどんどん釣れたので、漁師は港と漁場を往復して水揚げをした。

それがいまや、漁場は10倍以上離れ、燃料は2倍を超えて今も上がり続ける。

「燃料も消費税も上がるばっかり。でもカツオはおらん」

 

2.「カツオ漁業はもう終わりや」日本一の船団も追い込むチキンレース

カツオ漁師は近年、日本沿岸にカツオがいなくなったことに気付いていた。日本の海に何が起きているのか。

高知市から西へ2時間。いよいよカツオの一本釣りの本場、県西部の土佐佐賀港へ向かった。目指すは、「明神水産」。毎年のように近海一本釣り船の漁獲高で日本一を記録してきた。最強のカツオ一本釣り船団として全国に知れ渡る。

港の一角に構えた社屋の広い応接間で、会長の明神照男さん(78)が迎えてくれた。土佐佐賀港で1、2位を争う船主だった明神家で船の大型化を進め、日本一に導いた男だ。

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「今のところ、例年にない不漁。でも急に出た問題やない。ずっと起きちょったと思うんです」

 明神さんが切り出した。必死にメモをとる。

明神さんが考えるカツオ減少の理由は、主に2つ。

(1) カツオのえさ不足

(2) 乱獲

まず(1)。暖かい海に生息するカツオは黒潮にのって日本近海へ北上してくる。しかし、えさになるイワシなどが少なくなって、回遊しなくなったのではないかというのだ。実際、一本釣りでえさに使うイワシが土佐湾沖で減り、大供給地である千葉や神奈川の沖合までとりにいくが、そこでも漁期が短くなるばかりだという。

海が荒れた、のだという。

「土佐湾も変わってきちょるきね。子どもの頃から昭和40年頃までは、海が青かった。濃紺ゆうかね。今の海は緑色よね」。「日本最後の清流」と呼ばれる四万十川でも、道路建設の土砂や塩素を含んだ水道水、生活排水が流れ込んだ。「山が荒れると、プランクトンがいなくなる。プランクトンを食べるイワシも減る。海がね、魚が生きる海じゃなくなってきよる」

沿岸からカツオが減り、明神水産をはじめ日本の漁船はどんどんと赤道に近い南方へ向かうようになった。20日ほどだった航海が、1カ月を超えるようになり、50日に及ぶこともあるという。

そして、いよいよ出てきたのが、②の<乱獲>だ。思わず身を乗り出す。

データで見ると、日本沿岸にやってくるカツオが生息する中西太平洋で、70年代まで約40万㌧代だった漁獲量(うち日本は約30万㌧)が、海外の巻き網船による漁場の開発競争が激しくなり、2012年は約165万㌧(うち日本は約23万㌧)に急増した。

水産庁も赤道付近の乱獲で、日本近海へ回遊するカツオの量が減りつつあるとみるようになった。

それなら、海外巻き網船を規制すべきではないか。息巻いたが、明神さんはそれだけではないという。

「日本の漁業はね、とったもん勝ちやき。人より余計にとって、人より早く売るためにはよ、スピードが速い船やないといかんわけよ。ほんまに無駄な投資をしてきてよ、日本の漁業がなぜだめになったかというたらね、この制度やと思う」

 

どういうことか。日本では水産庁が登録するカツオ船の数を制限しているが、漁獲量は制限がない。船の許可さえとれば、人より早く漁場にたどり着いた分だけたくさんとれる「早い者勝ち」方式。この自由競争が、船の開発競争へ突き進ませて、じり貧に追い込んだのだという。

しかし、それを最初に仕掛けたのこそ、明神さんだった。

第二次オイルショックに見舞われていた81年、明神水産は燃費がかかると敬遠されていた標準より大きなエンジンをあえて積んだ船を建造した。漁獲量も市場の売り上げも明神水産の一人勝ち状態。すると、各地で明神丸に続けと、エンジンを交換する船が相次いだ。交換すれば6、7千万円かかる高い投資だ。「それでも戦闘力が下がれば、水揚げが減る。船員が集まらんようになる。事業にならん。いかんとわかっていても、新たに船を造る人はうち以上につくらんといかん。採算考えて事業したらだめになる」。明神水産は1、2割高い船を造ってきたが、2,3年で他の船に追いつかれる。その繰り返しだった。

その止まらない競争の果てにあったのが、カツオの減少だった。

「人より余計にとらんといかんきね、例え小さいもんでもよ、とってくるわけよ。資源もどんどん枯渇していきようきね」。沿岸から群れが消えると、カツオを求めて航海は長くなり、少ないカツオを巡って競争は激化する一方だった。戦闘力の違いが航海期間にして1日程度の差だったのが、1週間もの差に広がっていく。期間が延びれば、鮮度も単価も落ちる上、燃料費の高騰が重くのしかかった。船の能力によって格差が広がり続けた。

しかし、漁師を縛る自由競争という呪縛はそう簡単には解けそうもない。

高騰を続ける燃料費に堪えかねて、全国の近海カツオ業者が集合したときのことだ。明神さんがある提案をした。

「船のスピードを10㌩に制限したら、油が三分の一ですむ。自分らでやれることもやろうや」。

すると、他県の船主からこう返された。「油を使こうたらいかん言うんけど、近海船がみんな油使うような船にしたんは誰や」

明神さんはそれでも言う。「戦闘力ある船を造り始めたのはうちやき。でも、恥ずかしい話で、そのときに燃料費が3倍にまでなるとは考えていなかったき。このまま無駄な競争で無駄な経費かけていては、日本の漁業がだめになる」

 

いま、明神さんは船や船団ごとに年間の漁獲量を決める個別割当方式にするよう主張している。

「今みたいな取り方すると、カツオがいなくなる。漁獲量が決められたら、自分らも無駄な漁をしなくてよくなる。売る方に頭使うようになる。単価も上がる。うちの船は去年2千㌧とったが、個別割当なら1千㌧で構わん。既得権益みたいな漁業許可は、国に戻すんでもいい」

重要なのは、明神水産は今の制度でも圧倒的な勝ち組ということだ。今季の不漁でも水揚げ量は減っているが、太平洋を南下して確保し、単価の上昇で水揚げ金額はむしろ増えている。それでも、払う代償のあまりの大きさに、手放したい「自由」なのだ。

5時間を超えて外が暗くなっても、明神さんの話が途切れることがなかった。

「残念やけど、カツオ漁はもう終わりやと思うちゅう」

静かな口調だが、その言葉が何度も口をついて出た。そのたびにメモをとる手が止まった。

3. 和食が絶滅危惧種に!?止まらないカツオ争奪戦の果て

「海の中でとんでもない争奪合戦が起きているんです」

高知大の受田浩之・副学長はヒートアップしていた。高知を本部とした「カ

ツオ学会」があると知り、副会長を務める受田さんの研究室を訪ねた。

県の産業振興を受け持っていた受田さんが、カツオを生かした雇用創出とし

て動き出したが、カツオ自体がとれなくなっていることを知り、2010年に「カツオ学会」を立ち上げた。

カツオを巡る糸は複雑に絡み合う。

日本では70年代以降、カツオの漁獲量が急増した。受田さんはめんつゆのブームと相関しているとみる。原料のカツオ節を確保するため、大量に捕獲できる巻き網船が増加。鹿児島県の枕崎などカツオ節の一大産地では、海外の巻き網船も水揚げに訪れる。また、タイに日本の食品メーカーがカツオ節やめんつゆの加工工場を構えており、水揚げの一大拠点として世界のカツオ相場を決めると言われている。「海外巻き網船」と一口に言っても、日本の消費者向けも多く含まれる。

一方、海外でも消費量が増えている。北米ではペットの空前のヘルシーブームが起き、キャットフードとしてツナ缶の人気が上昇。ここにカツオ?