「消える集落」を救う夢のエネルギー 岐路に立つ「ゆずの村」の決断は?

ふるさとの集落が次々と消える――。人口減少と高齢化がいっそう進む日本の山村で、もはや避けられないシナリオだ。歴史と文化が息づく里山をなんとか次の世代につなげられないか? 緑豊かな山々がもたらす「水力」に、地域再生の芽を託す人たちがいた。高知県にある二つの「ゆずの村」を訪ねた。

ふるさとの集落が次々と消える――。人口減少と高齢化がいっそう進む日本の山村で、もはや避けられないシナリオだ。歴史と文化が息づく里山をなんとか次の世代につなげられないか? 緑豊かな山々がもたらす「水力」に、地域再生の芽を託す人たちがいた。高知県にある二つの「ゆずの村」を訪ねた。

鍋料理好きの私にとって、気になる存在だった。高知県馬路村。この村の農協が販売するゆずポン酢は、首都圏のスーパーマーケットでもよく見かける。

特産のユズの様々な加工品を農協が手がけ、全国ブランドの地場産業にまで育て上げた。経済的な自立をめざす地域振興の優等生だ。

そんな「ゆずの村」が今年度着工する、ある事業の記事が目に止まった。3月の高知新聞に載っていたこんな見出しの小さな記事だ。

《小水力発電事業 年310万円の利益》

小水力発電とは、文字通り、小さな水力発電のこと。明確な定義はないが、一般に出力1千キロワット以下のものを指すらしい。発電に利用するのは、河川や農業用水路、砂防ダムなどの水だ。

渓流から取水する馬路村の事業は、出力135キロワット(2013年度末の計画時点)。昼夜を問わず発電し、年間約60万キロワット時を生み出す。約160世帯分の年間使用量だ。これを四国電力に売れば、約2千万円の収入になる。20年間のスパンで見れば、総事業費の約2億3千万円や年間540万円の維持管理費を差し引いても、6200万円、1年当たり310万円のもうけが出る――。

◆「優等生」が小水力発電に賭けるワケ

こんなもくろみが成り立つのも、国が2012年7月に始めた再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)があるからだ。電力会社が20年間、同じ値段で買い取ってくれる。出力200キロワット未満の小水力発電の場合だと、1キロワット時当たり34円(税抜き)。

だが、この追い風があっても、国のカネを頼りがちな過疎の山村が、独自事業で利益をあげられるとすれば、すごい話だ。地域振興の優等生とは言え、1960年代に3千人を超えていた馬路村の人口は減少し、とうとう1千人を切った。2040年に600人まで落ち込むとの将来推計(国立社会保障・人口問題研究所)もある。村が将来にわたって自由に使える財源は、のどから手が出るほどほしいはずだ。

県都・高知市から車で2時間。険しい山々に囲まれた、県道沿いの渓流の対岸に、小水力発電所の建設予定地はあった。

現地を案内してくれたのは、この小水力発電所の設計を手がけるベンチャー企業「地域小水力発電株式会社」(高知県香美市)の取締役、藤島和典さん(49歳)。藤島さんは偶然、日本ジャーナリスト教育センターが主催するジャーナリストキャンプに、私と同じ参加者として名を連ねていた。

写真:馬路村の小水力発電の取水予定地。左は藤島和典さん

取水予定地は山道を歩き、森林に囲まれた岩場の清流。透き通った水が冷たい。ここから約100㍍の高低差を生かし、パイプを通して水を水車に勢いよく落とし、発電機を回すという。

「急峻な山々と全国有数の降水量という地域資源を利用し、ダムは造らず環境に配慮したやり方で発電します。売電による収益は地域に還元され、経済的な自立に役立ちます」

藤島さんの話に、私はわくわくした。

だが、ふと思った。この夢のような話はなぜ広がっていないのだろう?

経済産業省資源エネルギー庁によると、FIT導入から今年2月末までに、全国で新たに運転を開始した発電施設は約815万キロワット分。このうち、開発期間が他より短い太陽光が97%を占める。1千キロワット未満の件数で見ると、太陽光の10万9156件に対し、小水力はわずか38件。

そもそもFITは、事業者がもうかる仕組みにして、再生可能エネルギー市場を活性化させようとする取り組みだ。「バブル気味」に開発が進む太陽光が圧倒的に多いのはともかく、いくら準備に時間がかかるとは言え、小水力は少なすぎやしないか?

◆疑念がくすぶる、もうひとつの「ゆずの村」

「そんなうまい話があるか!」

高知市土佐山(旧土佐山村)で2012年5月、地元住民からこんな疑問の声が飛んだ。藤島さんらが参画する高知小水力利用推進協議会が、小水力発電の事業化を呼びかけた時のことだ。「小水力発電はもうかる」という説明はなかなか信じてもらえなかった。

それでも、候補地の渓流がある高川地区では住民らによる検討委員会を設け、具体的な話し合いを始めた。約100㍍の落差をつけて水車に落とし、150キロワットほどの電気を生み出す構想だ。川に堰を設け、発電量の目安になる流量の測定も続けている。

(地域小水力発電株式会社提供)

そこには住民らの切実な思いがある。高川地区の区長、高橋幹博さん(63歳)は「電気を売って、地域にカネを落とす仕組みを作りたい。維持管理のために若い人を雇えるし、水車のある発電施設は人を呼び込む観光資源にもなる」と期待を込める。

土佐山も、馬路村と同様、山の斜面にユズ畑が広がる「ゆずの村」だ。人口は約1千人。高知市に編入合併した2005年から、10年足らずで2割近くも減った。住民の4割近くは高齢者。今後も人口減は避けられず、このままだとゼロになるとの市の試算もあるという。

人口150人ほどの高川地区でも、一部に消滅の瀬戸際にある小集落がある。行政から道路脇の草刈りなどの仕事を請け負い、その収入を公民館の運営や地域の行事に充てるが、働き手が足りなくなれば、これらの仕事も立ちゆかなくなる。代わりに人を雇えばカネがいる。自治会費を集めようにも、年金暮らしのお年寄りの懐には厳しい。

だが、小水力発電に踏み切ろうにも、採算性への疑念がブレーキをかける。

総事業費は3億円弱。発電が思うようにいかなければ、住民らが設立した運営会社が十分な収入を得られず赤字になり、事業資金の返済が滞る事態になりかねない。「我々の投資が逆に地域の『負の遺産』になってしまっては困る」との思いがぬぐえない。

写真:ユズ畑と棚田が点在する高川地区

地震や台風など自然災害で発電施設が壊れたり、故障したりした時の保険は? 雨が降らず渇水が続いたら?――そんな住民らの不安に藤島さんらは十分応えられていないようだ。「リスクについて説明が不十分なのに、それを素通りして事業化を急いでいる。信頼関係が築けていない」と検討委員会のメンバーの1人は手厳しい。

■「金の卵」に立ちはだかった「事件」

実は藤島さんらのベンチャー企業にとっても、着工間近までこぎつけたのは馬路村が第1号。確立されたノウハウがあるわけではなく、試行錯誤の段階だ。

こうしたさなかの今年3月、両者の溝が浮き彫りになる「事件」も起きた。ベンチャー企業のスタッフが建設候補地で測量したところ、「断りもせずに立ち入った」と地主の怒りを買った。住民への説明資料を作るためだったが、直後の検討委員会の会合は流れた。

会合は2013年8月を最後に開かれないままだ。

小水力発電の普及に取り組む全国小水力利用推進協議会によると、FIT導入後、資本力のある事業者の参入が比較的進んだのに対し、地域住民の取り組みが実現したケースはまれだという。松尾寿裕理事は「合意形成できずにうまくいっていないケースが全国には山ほどある。小水力発電は適地がたくさんあり、地域への投資という点では、長期間リターンが望める『金の卵』なのですが」と話す。

FITでは、電力会社が買い取る資金を負担するのは消費者。高値での買い取りが増えれば増えるほど電気料金がアップする。このため、逆風も強く、いつ買い取り価格が引き下げられ、門戸が閉ざされてしまわないとも限らない。

日本国内でいま人が住んでいる約18万平方キロメートルのうち、6割の地点は2050年に人口が半減し、その3分の1は人が住まなくなる――。国土交通省が3月に公表した新たな「国土のグランドデザイン」が描く未来図だ。それによれば、高知県の中山間地域では無居住化する地点が広がる。戦後の高度成長期以降、東京や大阪などの大都市圏にヒトとカネを奪われた過疎地域のいわば究極の姿だ。

写真:土佐山の取水候補地

生粋の高知県人でもある藤島さんは問いかける。

「人間の体に例えれば、中山間地域は『毛細血管』。切ってしまえ、切ってしまえ、切ってしまえとやっていくうちに、大都市だけの国土になってしまう。そんな『動脈』だけの国なんて、結局は不自由な国なのではないか」

地元生協に20年近く勤め、有機野菜を仕入れに中山間地域に通い、国のカネ頼りの地域振興策では止まらない衰退ぶりを見てきた。そんな時に出会ったのが、小水力発電だった。「夢」にかける思いは強い。

◆やっぱり無理なのか、決断のカギは?

馬路村が決断できたのは、村が事業主体になり、総事業費を村の基金(貯金)でまかなえたのが大きい。それでも、河川の水利用や工作物の設置、発電施設の要件などで、クリアしなければならない行政手続きのハードルは高かったという。結局、村が管理する「普通河川」に設けることにしたが、そうでなければもっと時間がかかったかもしれない。総事業費も村の予想を数倍上回った。

馬路村で中心的に進めた前教育長、岡田元生さん(63)は振り返る。「元々、小水力発電でもうけようという気持ちはなかった。次の世代のために再生可能エネルギーに取り組むことが大事だと考え、心が折れんようにがんばった。他のところじゃ、なかなかできんでしょう」

馬路村では、採算以上に、再生可能エネルギーにかける村の姿勢をアピールする意味合いが強かったのかもしれない。だからこそ、補助金や交付金に頼らない独自事業に踏み切れたのではないか。

では、住民主体の土佐山では無理なのか? 最大の課題である採算性はクリアできないのか?

資源エネルギー庁の村上敬亮・新エネルギー対策課長は言う。

「最終的に小水力発電の採算を大きく左右するのは維持管理費。150キロワット1基だけでは厳しいかもしれないが、1千キロワット分くらいまとめて開発して、それを1人のメンテナンス担当がみるような体制ができれば、採算は十分にとれる。まとめて開発するか、メンテナンスを支援するか、事業を支援する地元のネットワークづくりがカギになる」

事業を進めるにしろ、進めないにしろ、その選択は住民にゆだねられた「自由」だ。だが、ふるさとの存続への思いは同じなのに、議論が深まらない現状が、私にはもどかしい。

同様にもがく地域は、全国のあちこちに埋もれているに違いない。手を携え合って、知恵を出し合って、ともに壁を打ち破っていく道はないものか。「ゆずの村」を歩きながら思った。

【リンク】

国土交通省が発表した新たな「国土のグランドデザイン」

この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:武井宏之(朝日新聞記者)、デスク:西田亮介(社会学者。立命館大学特別招聘准教授)

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