山東省のワクチン事件からみた中国のワクチン管理事情

ワクチンそのものは正規の製造企業が生産したものの、冷蔵・冷凍のルールに従わない粗雑な取り扱いにより、流通過程中に期限超過や失効・変質などを引き起こしたという。

2016年3月に判明した中国山東省ワクチン事件は、人民元で総額5.7億元(日本円で約95億円)にも及ぶ大事件だった。山東省菏沢市のある医者が、ワクチン卸売企業関係者及びその他不法業者から不正に25種類の第二品種ワクチンを購入し、低温流通体系(コールドチェーン)の保管・輸送条件を満たさないまま、中国の18ヶ所の省や市に販売した。

ワクチンそのものは正規の製造企業が生産したものの、冷蔵・冷凍のルールに従わない粗雑な取り扱いにより、流通過程中に期限超過や失効・変質などを引き起こしたという。この事件は、山東省政府の食品薬品監視局によって取り締まりを受けた。

中国で現在使用されているワクチンは、支払側別で2種類に分かれる。一つは幼児向けの公費無料接種に使われる11種のワクチンで、12種の疫病をカバーしている。その内訳はB型肝炎、結核(BCG)、ポリオ(経口のOPV)、ジフテリア-百日咳-破傷風(DPT)、ジフテリア-破傷風(DT)、麻疹-風疹(MR)、麻疹-おたふく-風疹(MMR)、日本脳炎、流行性髄膜炎A型、流行性髄膜炎A+C型、A型肝炎である。

もう一つは自費で希望者が任意で接種するワクチンで、第二類ワクチンとも呼ばれる。通常は10種類前後あり、B型インフルエンザ菌、肺炎レンサ球菌、インフルエンザ、ロタウイルス、水痘などの児童に好発する疾病向けのワクチンは、現在すべて第二種に分類されている。これらは自費の上、接種を受ける子供達の保護者の判断に需要が左右されるため、地域が違えば接種率は大きく異なっている。

現在、中国でのワクチン接種の日常管理業務は、各レベルの疾病管理センターが行っており、ワクチンの接種サービスは各レベルで承認された接種サービス地点で提供されている。

第一種ワクチンの「ワクチン生産企業–省レベル疾病管理センターが統一調達–市レベルの疾病管理センターに分配–県レベルの疾病管理センターへ(注:中国の行政区分では「直轄市」の下が「県」)–接種サービス地点へ–接種対象者」という流れに対し、第二種ワクチンが市場に依存する程度はより高いため、大きな地域差が生まれてくるわけである。

一部の地区では調達と配送こそ第一種ワクチンの管理方法に準じるものの、同じワクチンの異なるブランドに関しては最前線の疾病管理センター、又はサービス地点に自由選択権を与えている。また、一部の地区では、中間部分のプロセスに柔軟性が大きく、サービス地点自らによる第二種ワクチンの購入やサプライヤーの直送などが許される。

今回の「中国山東省問題ワクチン事件」の発端は、まさに第二種ワクチンのサプライチェーンにあると考えられる。コスト節約のためにサプライヤーはコールドチェーンを使わず、出荷した時点の正規ワクチンが常温で保管・輸送されたため、ワクチンの失効などに至った。

今回の事件に係わった地域は、山東省を含め24ヶ所の省と市へと広範囲に及んでおり、ワクチンの種類も25種の小児用・成人用の第二種ワクチンにまで及ぶため、追跡することが極めて困難と思われ、詳細な使用数データがいまだに公表されていない。

なお、市場原理が働く取引過程においても、有効な管理体制が整備されていないため、様々な問題点が浮かび上がって来ている。すなわち、第一種と第二種の基準はあくまでも費用の負担側で区分されているのに過ぎない。

輸送、監視監督など品質保証面に係わる重要プロセスについて、関係管理機関、ワクチン提供側及びサービス地点は全て第一種ワクチンの管理基準を取り入れ、ワクチン管理の一貫性を担保することが非常に重要であると我々は考えている。

今回のワクチン事件の範囲には、上海市は含まれていなかった。上海市では毎年10万人を超える新生児が産まれる中、計254ヶ所の地域共同体に接種サービス地点が設置されている。業務量が重いが、サービス全体の品質について保護者から高く評価されている。上海市政府のワクチン管理は大変な成功を治めていると言えるが、その特徴としては、以下の何点かが挙げられる。

1.厳格な管理体制:地域社会の接種サービス地点は、直接第二種ワクチンを購入してはならない。また、購入、輸送のプロセス管理の全てが第一種ワクチンに準じるため、第二種ワクチンの使用が全て厳しく監視・管理されている。

2.コールドチェーンの完備:出荷、輸送過程中のコールドチェーン以外にも、物流ネットワークリンク技術で、接種サービス地点での冷蔵庫に警報監視装置が設置されており、全過程におけるコールドチェーンが漏れなくチェックされている。

3.万全な機能を有する接種環境:接種サービス地点に万全な事前診断、待合、接種、観察などの機能エリアが用意される。保護者や子供達に優しい環境を作り上げ、保護者の信頼性が高い。

4.高度な情報化技術:上海市免疫企画情報システムを活用したショートメッセージ予約機能、接種を受けた子供一人一人のワクチン情報など、何れも追跡可能である。

5.法令保障の完備:ワクチン接種の副反応の調査や補償規定などを法令化することで、接種後に副反応が起こった場合、適正な処置と合理的な補償を受けることができるため、免疫接種業務が円滑に展開できる利点がある。

ワクチン市場の代替可能性は極めて低く、地域を越えてサービスを提供するハードルも高いため、今回の事件は上海にはそれほど深刻な影響は及ばなかった。

しかし、今回の事件を深く反省して、今後は中国のワクチン接種プロセスの適正化、及びインターネットと物流ネットワーク技術といった手段を活用し、全てのワクチンが製造日から接種までの間の全過程で、高い透明性かつ安全に追跡可能となることを我々は強く望んでいる。

これによって、ワクチンという「健康の守護神」が真に子供達を守ってくれることが期待されるだろう。

(2016年5月10日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

注目記事