日本の政治から「信」が消えた日

「民進党は、公認候補は出しません。」この文章を読んでみて、おかしくないですか?
J BOY/PIXTA

昨日、民進党常任委員会から、以下のような文書が配布された「そうです」。

私は、伝聞でしか聞いてないんですが。

The Democratic Party

「民進党は、公認候補は出しません。」

「民進党の立候補予定者は、希望の党に公認申請をしてください。」

「民進党関係者は、希望の党を全力で支援してください。」

だそうです。

素直に、この文章を読んでみて。

おかしくないですか?

もし私が報道を見ておらず、この文書だけが回ってきたら、「は?」としか言いようがないでしょう。

まあ、文書も回ってきてないんですが。

民進党の綱領。

民進党のめざすべき社会像。

民進党の掲げてきた政策。

それらによって、国民の支持を仰いできたのではないのですか?

共産党とは、「理念、政策の一致がなければ協力はできない」と言ってきたじゃないですか。

希望の党はちがうんですか?

民進党の掲げてきたすべてを投げ出すようなことをやっておいて、選挙後、私たちの求める社会が実現されるという保証が、いったいどこにあるというのでしょうか?

これで、信用して協力してくれと言われても、とてもとても無理です。

改めて申し上げます。

私は、小池百合子氏が率いる政党には参加しません。応援もしません。

なお、民進党を離党するつもりもないということも申し上げておきます。

それが「信」というものです。

もう一度書きましょう。

「信用がない」ということは、言ってみれば「かけるゼロ」のようなものです。

どれほど大きな数であっても、ゼロをかけたら、答えはゼロになります。

どれほどすばらしいことを言っていても、信用がなければ、答えはゼロです。

私は、前原誠司氏に対する信用を決定的に失いました。

その言葉を信じ、方針に従えと言われても、無理です。

むしろ、前原誠司氏の民進党代表としての適格性が問われると思います。

本来なら当然、党内からそうした動きが出ると思いますが、総選挙直前という状況の中、それもできなくなってしまいました。

おそらく、民進党所属の多くの政治家が、噛んだ唇から血を流すような想いを持っていると思います。

これまで一緒にやってきた多くの仲間に対しては、心底の共感をし、できるだけ配慮をしたいと思います。

ただ、誰かが言わなければならない。

私は微力ですが、せめて、言うべきを言い、小さな「信」の火を守ります。

民進党代表としての「信」を失った前原誠司氏。

都知事としての「信」がない小池百合子氏。

そして、国会審議を逃げ回り、タイミングだけで解散を打った安倍晋三氏。

選挙がいかなる結果になっても、そこに「信」がないことだけは確かです。

昨日は、「日本の政治から『信』が消えた日」となりました。

この選挙は、もう是非もありません。

選挙後、日本の未来を憂う人々とともに、もう一度仕事を始めたいと思います。

注目記事