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がん医療からみる日本の科学行政の弱点

2016年01月01日 23時49分 JST | 更新 2017年01月01日 19時12分 JST
megaflopp via Getty Images
Friendly female doctor's hands holding patient's hand lying in bed for encouragement, empathy, cheering and support while medical examination. Trust and ethics concept. Bad news lessening and support

■日本におけるがん医療

がん医療は、医療以外の他分野の仕組み同様、非常に複雑なプロセスが絡み合い、そして最終目的である患者の治療へと結びついています。

本来は治療という大きな円(ゴール)のなかにすべてのプロセスが入ることが理想です。

しかし、現在の日本におけるがん医療は、この大きな円の中にすべて収まりきっていないのが現実ではないでしょうか。

また、最近では文科省より「がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン」というものがでました。

がん対策基本法をもとに、がん医療に関わるプロフェッショナルを育成する大学を支援する政策です。もちろん、これらはなくてはならない政策です。

しかし、これらの政策から、日本の科学行政の弱点を垣間みる事が出来ます。

■がん医療に関わる事項を大きく分けると以下のようになります。

 ・行政(政策の施行、予算の配分など)

 ・研究(大学を含む研究所•企業等が、病体解明や新規治療薬の開発などを行う)

 ・企業(新規治療薬の開発、治療薬の販売、検査関連機器の販売や開発等)、

 ・病院(実際に治療をする医療従事者)

 ・患者(治療を受ける側、治療法を選択できる側)

 などです。

ここでは予防などの概念、もしくはその他の事項(輸送など)は割愛します。

さて、これらが大きな一つの円の中に入るか、すべてが同じゴールを目指しているかをしっかりと注視しなければなりません。

上記の事項は、スタートからゴールまで、つまり、行政から患者までを一つの線でつなげる事が出来ます。

行政が予算を出して、研究所で治療法を開発し、企業が商品(製薬)化して、病院で使えるようになり、患者が治療を受けるという流れです(もちろんそれ以外もありますが、ひとまずそれは置いておきます)。

このように、当然ながらすべては患者の治療に向かっているはずです。

しかし、実際の連携についてはどうでしょう?

日本特有の各論主義と現場主義が強烈に表に出ているため、本質が抜け落ちている部分が多々あります。

例をあげますと、行政は患者とつながっているとは思えません。

病院と企業が関係すると何故だかわかりませんが(マスコミの影響が大きいのでしょうか)、社会ではよく思われません。

研究所と病院にもなぜか壁があるような気がします。

そして、医療現場と患者の関係も、近年訴訟などのトラブルが増える一方です。

そして、これらすべてを包む形で、いろんな法律(薬機法など)がさらに風通しを悪くしています。

■狭義のチーム医療から広義のチーム医療へ

医療の現場では「チーム医療」という言葉を耳にすることがあります。

チーム医療とは、各病態の専門家である専門医や、放射線科、薬剤師、化学療法科、看護師などの医療従事者が協力して一人一人の患者さんのチームで治療にあたるということなのですが、あえてこれを狭義のチーム医療と呼ぶなら、広義の、言い換えれば本当のチーム医療とは、上記の行政から病院までの部署が、治療の過程で有機的に連携することではないでしょうか。

行政、研究、病院、企業、患者が関わり合う機会がいったいどれだけあるのか疑問です。

このように、なんとなく壁があるような日本独特の縦割り(行政)だけでも大きな弊害となっているうえに、さらに弱点を付け加えるとすれば、それは規制です。

そして患者教育の面からするとマスコミも多大な影響を与えています。

■弱点の一つは規制

規制というと真っ先に思い浮かぶのが、「海外では使える薬が日本では使えない」「保険が適応ではないので、高額な金額を請求された」ということです。

つまり開発された新薬は、海外では数年単位承認されますが、日本では10年単位もかかります。

安全面からという意見もありますが、致命的な病気における新薬の承認だけでも早くできないのでしょうか。

それ以外にも深刻なものがたくさんあります。

たとえば、研究においては、取得した研究費で自分の給料を出せません。

日本における研究職のほとんどは、雇用側からの固定給か、もしくは何かの予算によって支払われています。

しかし欧米諸国では、研究費を取得したら、そこから自分の給料を支払います。研究費を取得できなければクビになります。

このような競争社会で、常に新しいモノが生まれ続けているのです。

つまりビジネスでいうと歩合制に近い形です。

そして、そこに続く規制に、各部署で職種を兼任ができないということがあります。

日本では大学教授が他の職と兼任すると悪いイメージが先行しますが、実際は兼任するほうが医療においてはスムーズに、そして大きな功績をあげるかもしれません。

たとえば、すばらしい新薬を開発した研究所のディレクターが、企業の要職、治療現場の要職と兼任する、これだけで研究所から病院まで一気に流れが開通します。

さらにこのディレクターが、自分で取得した研究費で給料を出していれば、所属する3社は給料を出す必要もなく、何も悪い感じはしません(もちろんこれは例えであり、こればかりではありません)。

こういった規制を撤廃するだけで、一気に風通しがよくなる可能性があります。

ここで、一連の不正(論文問題や、治験問題)をあげる人がいるかもしれませんが、不正とこの流れは別問題であり、都度改善策を打ち出せばいいのであって、規制を撤廃して恩恵を受ける患者のほうが圧倒的に多いことを考えれば、問題はないと考えます。

そして、この日本の規制に嫌気をさして、海外に出て行く優秀な研究者が後をたたない事も見逃せません。

これでは30年後に科学技術立国と言える事ができるでしょうか。

■日本のがん研究、医療は個別にみれば世界最高峰

がん医療に話を戻しますと、いわゆる「がん対策基本法」は三つの基本理念からなります。

 1:がんの総合的な研究の推進

 2:がん患者が適切ながん医療を受けることができる

 3:がん患者の意向の尊重

 です。

サプライチェーンという言葉があるように、「価値提供活動の初めから終わりまで」というプロセスです。

同じように、がん対策基本法も行政が投入した予算によって開発された治療法を、病院で適切に受ける事が出来るという流れのための政策です。

世の中におけるすべてのモノは、誰かの発明であるのは言うまでもありません。

誰かが発案し、製品化、宣伝が続き、 需要側も製品について学び、そして使用する。

行政に置き換えると、政治家、官僚が政策を考え、政府、地方公共団体が政策を施行し、規制・施策が行われた環境下で住民が生活し、結果をフィードバック、再び政策の改訂に入る。

このようなサイクルで世の中は回っています。

そして、このサイクルの中には、自己の学びも入っており、間違った宣伝や、間違った学びの手法で人々が理解してしまえば、どんな素晴らしい政策も、駄作となってしまいかねません。

つまり、学校の教育と同じであり、先生、生徒、教科書のどれかが間違っていれば、結果として生徒への教育効果は小さくなってしまいます。

がん対策基本法は、まさにそのように、誰かが治療法を発明して、それを皆が均等に使えて、そして受ける方が自分の知識をもって意見を言えて、選択ができるという一貫したすばらしい政策なのです。

がん対策基本法に基づいて執り行われている「日本のがん研究、医療」は世界最高峰であることは間違いありません。

そんな日本でなぜ、がん難民という言葉が生まれるのでしょう。

それ以外にも問題点をあげればきりがありませんが、例えば、行政側としては予算の削減、社会保障費の増加、研究開発においては低予算、連携不足、不正問題、研究者の安定化志向等、企業においては、国内企業の競争力、規制、予算削減等、治療現場では、薬の規制、医師不足や過酷労働、そして患者側から海外で使える薬が使えないという保険適応問題、情報の錯綜などでしょう。

■まずは正しい情報から

では、欧米諸国と比べて何が違うのでしょう。

もちろん、欧米諸国がすべて正しいというわけではありません。

しかし、「がん」は世界共通の病気です。国によっての違い(人種差や社会環境の違いは抜きにして)は極力少なくあるべきだと考えます。

科学行政、医療政策、そして受け手側の知識においてもです。

 -アメリカではこういうCMがありました。

  出演者は若い女性の末期がん患者で、おそらくもう長くはないでしょう。

  そして喉頭がんで声もほとんど出せない女性はこう言います。

  「自分は未成年から喫煙をしていたから若いうちにがんになった。

   もう命は長くない。

   こうなりたくなければ未成年のうちからの喫煙はやめましょう」

 -他にこんな製薬会社の宣伝もありました。

  「余命1年の私が、新しく開発された抗がん剤のおかげで余命が伸び、

   その間にやりたいことができた」

このような広告やマスコミの発信から読み取れることは、安易に治るという言葉を使わないということです。

それは「がん」が非常に複雑な病気であり、予防も重要であり、病態解明に時間がかかり、研究にもお金がかかるということを皆がわかっており、共に病と戦うという姿勢を示しているからです。

そしてこれらは単に宣伝だけではなく、患者教育にも役立っています。一方、日本におけるがんのイメージはどうでしょうか。

薬や民間療法でガンが治るという本や記事が週刊誌を賑わしています。

劇的に効果のあった患者のみを大きく取り上げており、実際にがんで苦しんでおられる方にとっては『魔法の薬』のように感じられるかもしれません。

しかしながら、そこには効果が得られなかった方の情報や副作用等、商品に不都合な情報は一切記載されてないなど、専門家からの批判の枚挙に暇がありません。

また日本人特有のオブラートに包んだ言い方も逆に勘違いを増長させる原因かもしれません。

これらを統合して考えると、日本におけるがん医療、科学行政問題の上流には「規制」と「情報」という言葉が浮き彫りになってくるのではないでしょうか。

科学行政において、思い切った規制緩和とエビデンスのある情報教育は、意思疎通をスムーズにし、縦割りの撤廃、誤解の散漫を防ぎ、Bench to Bedside(研究から臨床までを一貫して表す言葉)という言い方ではなく、本当の意味でのチーム医療(行政、研究、医療、患者、情報を一つの円にする)を誕生させ、日本のがん医療、そして科学行政の将来を明るくすると信じています。

編者:北原 秀治(きたはら しゅうじ)

日本政策学校 第2期生

ハーバード大学博士研究員、UJAW(全世界日本人研究者ネットワーク)世話人、BJRF(ボストン日本人研究者交流会)幹事。東京女子医科大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。癌研究をする傍ら、日本政策学校、ハーバード松下村塾(ボーゲル塾)で政治を学ぶ。専門は解剖組織学。「政治と科学こそ融合すべき」を信念に活動中。

編者協力者:坂本 直也(さかもと なおや)

ミシガン大学博士研究員、UJAW(全世界日本人研究者ネットワーク)世話人、ミシガン金曜会幹事。広島大学大学院修了、博士(医学)。専門は病理学。病理医としての診断業務と並行し、消化管癌の有用な診断マーカー・治療標的の同定、発癌のメカニズムに関する研究を進めている。