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菅元総理がアメリカで初めて原発事故を語る「原発輸出恥じている」

2013年06月05日 22時57分 JST | 更新 2013年08月05日 18時12分 JST

民主党の菅直人元首相が、米サンディエゴを訪れた。

地元の環境保護団体などの招きで、グレゴリー・ヤツコ元米国原子力規制委員会(NRC)委員長らとパネルディスカッションに臨むためだ。菅氏のスピーチは6月4日午前9時ごろ(現地時間)始まった。東京電力福島第一原発の事故発生時の対応を振り返るとともに、サンディエゴ近くにあるサンオノフレ原発の安全対策などについて持論を展開した。

一号機、三号機、四号機が次々と水素爆発を起こし、最悪の事態を想定した試算を専門家に依頼した。それによると、東京を含む5000万人の避難が必要になることも想定にいれなければいけなかった。5000万人が避難をすれば、その後も含めて国家の機能が失われると危機を感じたーー。菅氏はそう語ったうえで、トルコやインド、ベトナムなどへの日本の原発輸出について批判し始めた。「私も3.11前は『原発は安全だから』と導入をお願いしてきた。原発の安全利用に賛成だったが、3.11後にはを考え方を180度変えた」。世界は脱原発に舵を切り自然エネルギーへの転換を図るべきだ、とも強調した。

こうした菅氏の言葉に対し、当時NRC委員長として対応­にあたったヤツコ氏は「事故後、自ら福島県の被災地を訪ねた。10万人もの人々が今も故郷を追われている。原発政策は、事故が起きた場合の経済的損失を十分に考慮しなければいけない」と述べ、避難を続ける福島の人々を慮った。

会場にはおよそ100人の市民が集まったほか、地元サンディエゴやロサンゼルスのテレビ・新聞、そしてNHK、朝日新聞、共同通信、TBS、日テレなど日系メディアが多数集まった。報道陣や市民約10人から質問も寄せられた。

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「事故直後、アメリカは原発から80キロ圏内から退避を呼びかけたのに対し、なぜ、菅氏は避難区域を拡大させなかったのか?」という質問に対しては、菅氏は「原子力安全委員会の班目氏などの助言に従い、避難区域を定めた。米国が80キロ圏内からの退避を呼びかけているのは知っていたが、それにはならわなかった」と答えた。「メルトダウンを含む様々な情報が直後に発表されなかったのはなぜか?」との問いには「総理である私も、枝野官房長官も情報を隠蔽するようなことはなく、知っている情報は全て外に出した。ただし、SPEEDIの情報など、現場から上がってこなかったものがあったことは確かだ」と説明した。

菅氏の対応をどのように評価するかについて尋ねられたヤツコ氏は、「アメリカが80キロ圏からの退避を呼びかけた対象は、旅行者や一時的な滞在者など。自国で­起きた事故で、そこで生活する住民たちへの呼びかけであったとすると、さらに慎重な対応を求められたと思う」と、菅氏の判断に一定の理解を示した。

3時間あまりにわたったパネルディスカッション後、参加した米国市民はこう話した。「当時の対応にあたった日本の元総理大臣から直接話を聞く事ができたのは貴重だった。原発から自然エネルギーへの転換を求める姿勢を支持したい」。一方で、「避難区域が限定された背景や、政府の発表が遅れた理由について説明が不十分で詳細­を明らかにして欲しい」という声も上がっていた。

菅氏が海外で、原発事故の対応を市民に直接語ったのは初めて。菅氏は今回、「台湾からも話してほしいという要請を受けている」とも明かした。

【訂正】

当初の原稿では「3月11日午後8時にメルトダウンの一報が官邸に入り、最悪の事態を想定した試算を専門家に依頼した」という記述がありましたが、水素爆発後に試算を依頼したというのが正確な表現なので文言を訂正しました。