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『おしん』-宿輪純一のシネマ経済学(12)

2013年10月15日 00時30分 JST | 更新 2013年12月14日 19時12分 JST

『おしん』2013年(日)

『おしん』の原作は、1983年(昭和58年)4月から1984年3月まで放送されたNHK連続テレビ小説。最高視聴率が62.9%というから、「半沢直樹」もびっくりである。1年通しのNHKドラマも珍しい。しかも、68の国と地域で見られて、最も人気のある日本ドラマということになっている。

筆者が87年大学卒業であるから、大学1年生の時にやっていた。パラパラしか見なかった(総集編はみた)が、かなり悲惨で辛いドラマであったのを覚えている。おしんの"しん"は辛抱の"辛"とかいわれていた。印象に残っているのが「大根飯」でご飯に大根をまぜたもので、貧乏の象徴的な食べものということであろうか。しかし、現在だと、ダイエット食としては最適ということになるのであろうが。

あらすじとしては、明治40年の山形の貧しい雪深い農村が最初の舞台。おしんが大変な苦労を経験しながらも、立派に成長していく。いじめられても、くじけない強い心を持ったところが、みんなに共感を呼び大ヒット。家の貧しさと口減らしのため7歳で奉公に出され、今でいうブラック企業から脱出し、手に職をつけ、また、いろいろな商売を経験して、最後はスーパーマーケットの経営者にまでなっていく。この流れから、このスーパーは「ヤオハンか」ともいわれたが、どうも『ハリーポッター』のように様々な人の話をベースとしたようである。

この作品は、おしんの幼年期における血の滲む苦労、その後も次から次からと降りかかるトラブルや災難を単に描くだけではなく、他人を押し退けてまで、金儲けをしても最後は幸せか、本当に大切な物は何なのか、という生き方が随所に述べられている。ドラマのリメイクというか、映画化するときはいつもそうなのだが、全297話もあり、2時間にまとめるのはさぞ大変だったことであろう。

本作品をなぜ今作ったのかということが、経済学的には重要なヒントになると考える。もちろん、リメイクだからそれなりには当たるだろう。また、あれだけ「山形」を強調しているのだから、ブームとなり観光客も多数訪問し効果があることは間違いない。

しかし、本作ではあれだけ日本全体が貧しく、モノがなく、辛い世の中がベースとなっているが、あのような状況が、いまの現代に生きる人たち、特に若い人たちに分かるのだろうか。筆者のようにドラマを覚えている年代には分かるし、見に行こうという気持ちもなる。きっと泣く方も多いであろう。(ちなみに筆者の多数の試写会の経験からいって、最近、泣くのは女子よりも男子が多いように感じる)

つまり、これは、モノが溢れ、なんとなく貧しくなくなった日本ではなく、発展途上国や新興国向けの映画ではないかと考える。要は輸出目的なのではないか。ドラマが68の国と地域に輸出され、日本以上に大ヒットしたことも重要な事実だ。

モノがなく、これから発展していくときに必要な辛抱というか、環境がそれらの国々にまさに当てはまるのではないか。最近では『巨人の星』がインドでリメイクされている。野球はやっていないのでクリケットであるが。養成ギブスも登場する。

実は、発展途上国や新興国の高度成長期は"一回"しかないと筆者は考える。要は、社会的に発展し、家庭に、テレビ、冷蔵庫、洗濯機や車などなど、モノが揃っていく時期こそ、高度成長期なのではないか。そろったところで"高度"の成長は止まるのではないか。だから、世界の発展途上国や先進国のその時期を商売としては逃してはならないのであり、早目に進出することが必要不可欠となる。

以前、筆者が北京の清華大学大学院に招聘され、非常勤講師ではあるが東京から飛行機で通って講義をおこなっていた。そのときに、大学を出るのが遅くなって(午後10時ぐらい)、同僚の中国人の教授と食事に行くときに、大学の校舎のライトがほぼ全て付いていた。筆者が「皆さん、大変遅くまで頑張るのですね」といったところ、「日本もそのような時期がありましたでしょう、いまは頑張る時期なのです」といわれた。

またその教授は経済成長について「生き残るのは、大きい魚ではなくて、動きが早い魚です」ともいっていたのが印象に残っている。政治の世界は良く分からないが、経済運営もあのチームがやっているならば、基本的には大丈夫ではないかと個人的には思っている。

第26回東京国際映画祭が2013年10月17日(木)~10月25日(金)の9日間、六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホール開催されます。一般の方も参加できます。