『マネー・ショート 華麗なる大逆転』―量的金融緩和の弊害が出た日本経済/宿輪純一のシネマ経済学(95)

今年の第88回アカデミー賞脚色賞を受賞した作品。サブプライム・ローンのリスクを察知した4人のマイナー金融トレーダーが、ウォール街を出し抜こうとする奮闘と勝利を描く社会派ドラマ。

(THE BIG SHORT/2015)

今年の第88回アカデミー賞脚色賞を受賞した作品。サブプライム危機からリーマンショックに続く金融危機において、サブプライム・ローンのリスクを察知した4人のマイナー金融トレーダーが、ウォール街を出し抜こうとする奮闘と勝利を描く社会派ドラマ。実際に起こった金融危機だけにドキュメンタリーの様な雰囲気を持つ。さらに、結論を知っているテーマだけに、過程が克明に描かれ金融の勉強にはうってつけである。なんと、映画の中で経済用語の解説もしてくれる。

4人の金融トレーダーが豪華で、ブラッド・ピット、クリスチャン・ベイル、ライアン・ゴズリング、スティーヴ・カレルとなっている。ブラッド・ピットであるが、最近はプロヂューサー業にも注力している。今回の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』、『それでも夜は明ける』、『マネー・ボール』の3本がノミネートされた。そのうち『それでも夜は明ける』で見事オスカーを受賞している。

2005年のアメリカ、へビィメタル好きの金融トレーダー:マイケル(クリスチャン・ベール)は、不動産抵当証券を調査していると、格付は「ほぼトリプルA」であったが、劣悪な金融商品サブプライム・ローンのリスクが高まっていることが分かる。しかし、その主張は、ウォール街や政府からは一笑に付される。その後、マイケルは「CDS(クレジット・デフォルト・スワップ:Credit Default Swap)」という金融商品をみつける。これは、ある企業や国などの対象が倒産等になった場合、補填を受ける"保険"の様な商品である。この金融商品を使って、サブプライム・ローンの破綻が発生する方向に掛けて、大きく投資する。それはウォール街との勝負に出た。

そして、サブプライム危機、そして2008年に発生するリーマンショックへの道を突き進むことになる。本作の中では、犬の名義での申し込みがされていたり、(お約束であるが)アメリカ金融界のモラルの低さも描かれる。結果として(ご存知の様に)この4人は勝利するが、金融機関が破綻し金融危機になり、経済は悪化していき虚無感も漂う。ちなみに、アメリカでは有名なセレブのシェフや歌手等も登場する。

年初からの日本の金融市場は荒れている。これは、量的金融緩和によっておカネが大量発行され、株式や金融商品を水ぶくれさせたことが、ベースの原因と考えている。株価が上昇すると、一息ついて実体経済の改革を怠けてしまう。痛み止めの様なものである。しかも、投資家はリスクが高い金融商品にも手を出すようになる。そして、実体経済の改革の無い金融緩和は"バブル"を形成する。現在はある意味、そのバブルの崩壊ともいうことができる。本作にもある様に、リーマンショックを経験したアメリカの金融当局はその問題を早くから十分認識していて「正常化」と銘打って辛いながらも、量的金融緩和からの脱却をしようとしている。やはり、金融緩和よりも、汗して経済改革を進めないといけないのである。嫌なことを先延ばししていて「日本病」がさらに悪化した様な感すらある。

本作では、サブプライム危機+リーマンショックの金融界が描かれているが、逆にローンを借りていて破綻してく人たちを描いた『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』という作品もあり、上映中である。これはまさに差押えにあう中、しかたなく悪の道に入っていく苦悩する姿が描かれた名作である。

しかし邦題の「マネー・ショート」という和性英語はちょっと辛い。そういう英語は無い。

(2016年3月4日公開)

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