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『ロボコップ』(その1)――問題なのは機械ではなく、人間 宿輪純一のシネマ経済学(31)

2014年03月03日 20時40分 JST | 更新 2014年05月03日 18時12分 JST

ポール・ヴァーホーヴェン監督の名作『ロボコップ』(87年)をリメイクというより、リブート(再起動・再スタート)させた近未来SFアクション映画。『ロボコップ』シリーズは『2』が90年、『3』が93年に公開。その後も人気は根強く、アニメやテレビシリースになっていた。(本作品の監督や配役等については次回に書きます)

今回は、爆破によりひん死の重傷を負って脳と心臓と右手になった主人公の警官が最新技術によりロボコップとして生まれ変わって、悪と戦う。その勧善懲悪的な展開がやはりたまらない。設定は2028年というから14年後、前作と変わらずアメリカのデトロイト。

超巨大企業オムニコープ社はロボットテクノロジーのみならず、民営化された警官も牛耳っていた。主人公の警官アレックスは善良な人間で、アメリカによくあるように愛する家族と幸せな日々を過ごしていた。犯罪組織を捜索中、爆発事故に遭い身体の大部分を失って脳と心臓と右手だけになってしまうが、オムニコープ社の最先端のテクノロジーによってロボコップとして生まれ変わる。しかし、オムニコープはロボット配備を推進しようとしており、その道具とされてしまう。そのため、人間の感情を消された。彼は実績を上げていくが、奥さんと子供も分からなくなっていった。切羽詰った奥さんの一言によってロボコップは人間としての気持ちを取り戻し、本当の悪との対決をはじめる・・・。

前作のイメージを大切にしており、メインテーマや決め言葉も一緒である。メカ物だけにこだわりもすごい。デトロイトなので車が重要な役割をするが、警官に必須のパトカーであるが、前作はフォードの初代トーラス(筆者も米国で乗った)であったが、本作では今のトーラスである。ちなみに本作ではロボコップはオートバイに乗る。また、ブラックを基調とする新生ロボコップのデザインやさまざまな装備がかなりクールでメカ好みにもたまらない。しかも、最近の再生医療の先を行くような進歩した医療が描かれている。

特にアメリカ映画では、機械やシステムが人間を襲うという設定の作品は昔から多い。『2001年宇宙の旅』(68年)、『ウエストワールド』(73年)、『ターミネーター』(84年)、『アイ,ロボット』(2004年)もそうである。本作はそれほど単純でない。

本作では、本当の大きな悪は、人間がもたらすのである。確かに今の世の中を見ても機械の誤作動もないことはないが、最も人間に被害ともたらすのは、悪い人間である。

この辺の仕切りがより現代的になっている。金融の世界でも、悪いことをする向きが必ずいる。決して機械やシステムではない。本当に怖いのは人間なのである。

昔の「ラッダイト運動」から人間は機械にその職を奪われるのではないかと、潜在的な恐怖心ももっていた。最近では機械やシステムが社会インフラとなっており、逆になくてはならないものになっている。人のミスを防ぐ自動制御まで付いて来ている。人と機械との関係を再考する時期が来ている。いくら良い機械や制度があっても、それを使う人間が愚かであったり、悪人だったりしたら意味がない。

ちなみに『ロボコップ』を見ていていつも思うのは顔の下半分は皮膚が出ている(今回は本物かどうかわからないが)。犯罪者たちはなぜそこを狙って打たないんだろうか、ということである。こんなことはどうでもいいことであるが。

「宿輪ゼミ」
経済学博士・エコノミスト・慶應義塾大学経済学部非常勤講師・映画評論家の宿輪先生が2006年4月から行っているボランティア公開講義。その始まりは東京大学大学院の学生さんがもっと講義を聞きたいとして始めたもの。どなたにも分かり易い講義は定評。「日本経済新聞」や「アエラ」の記事にも。22日で記念すべき150回を迎え、2014年4月で9年目になります。
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