図書館が地域ジャーナリズムの担い手になる可能性

コンテンツがすべてデジタル化されれば、紙の書籍の貸し出しを行ってきた各地の図書館はどうなるのだろうか。極論で考えると、国立国会図書館がデジタルデータを直接配信してしまえば、それだけで事足りる世界がやってくるかもしれない。ある種の情報一極集中ともいえる。電子化の流れが避けられない中、図書館という「箱」とスタッフ、そして既存の紙の書籍を生かして、どのような活路が見いだせるのだろうか。情報の発掘や収集という意味では、新たな地域ジャーナリズムの担い手になる可能性もありそうだ。

■国会図書館が全国に配信すれば事足りる?

電子書籍化するのであれば、元のデータがあればいくらでも複製可能だ。ほとんどコストもかからず一カ所から配信することも可能になる。2008年には、国立国会図書館の長尾真館長(当時)が、電子書籍データを国立国会図書館が公開し、利用者が借りたり、購入したりできる「長尾構想」(http://www.asahi.com/special/gekihen/TKY201101140358.html)を発表して、賛否両論が沸き起こった。電子書籍化は、図書館や書店といった既存の流通ルートに大きな変化を及ぼす可能性がある。東京大学の生貝直人・特任講師は、

遠隔地からアクセスできる電子図書館が全面的に普及すれば、究極的には図書館は国立国会図書館だけで足りるという議論も成り立ち得ます。日本ではまだ提供館は少ないですが、米国などでは図書館が電子貸出権を買い、利用者のPC等に貸し出し、一定期間で自動的に消えるというサービスも相当程度普及してきています。そうした中では、各地の物理的な図書館の機能には、何らかの再定義が求められてきます。

法政大学の藤代裕之准教授も、

借りた分だけ従量課金すればいいのではないでしょうか。もし図書館で借りて3日で消えるのが嫌なら電子で買えばいい。そうなるとレンタル店とますます変わらない気もしますが...。重要なことは、図書館はデータ化してしまうとリアルな場所は必要なくなるかもしれません。スタッフも含めて図書館が地域にどのような役割を果たすのか、より問われることになりそうです。

紙の書籍を貸し出すことに最大の存在意義があった各地の図書館のあり方が大きく変わる可能性があるということだ。

■コンテンツのオリジナルは地域にある

そこで、生貝氏は地域の図書館の生き残り策として、地域情報の収集と活用を挙げる。

地域のコンテンツを発掘、電子化して、国会図書館や各地の利用者に送る役割が考えられます。地域情報や有形・無形の文化資源をアーカイヴィングする、つまり収集・保存・蓄積・意味付けをするためには、高度の専門性と一定の施設・設備が必要で、そのためにはやはり地域ごとに物理的な施設が存在する意義があります。また、地元の出版社や新聞社、ジャーナリスト、大学などと連携して発信していくことも考えられるでしょう。デジタル時代の図書館は、地域情報発信の拠点としての役割を果たす可能性があるのです。

国会図書館は全国にダイレクトな情報収集網があるわけではないので、その部分を地方の公立図書館が担うという発想だ。実際に、公立図書館では地域情報の収集を熱心に行っているケースもある。「つながる図書館:コミュニティの核を目指す試み」(https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067562/)の著者であるジャーナリストの猪谷千香氏は、長野県小布施町の図書館「まちとしょテラソ」のケースを挙げる。

町民もコンテンツ化し発信しようとしたところが非常に面白いです。「小布施人百選」というデジタル・アーカイブなのですが、例えば、町で慕われてきたパン屋も町の財産ということで、その方にインタビューして記録保存しています。町の面白さを発掘して映像化やテキスト化するわけです。また、「小布施ちずぶらり」(https://itunes.apple.com/jp/app/id381258051?mt=8)というアプリがありまして、古地図や地域情報を発信して、訪れた観光客にも好評のようです。

こういった図書館の新たな役割について、藤代氏は、

地域のコンテンツを国会図書館に送るというのはとても興味深いです。ジャーナリズムの世界では情報の流れは主に中央から地方ですが、逆は少ない。地方紙も東京に支社や事務所を持っていますが、情報収集が中心で情報発信の機能は持っていません。全国紙やテレビキー局が流す地方は東京目線が少なからず加わります。図書館発で新しい地域ジャーナリズムが生まれる可能性もある。

確かに、図書館が「東京目線」ではない、独自の視点を持つことができるのなら、新たなジャーナリズムになるかもしれない。

■中央集権的な発想から抜け出せるか

ただし、現状では地方の図書館が地域情報の収集や発信の拠点としてどれくらいの役割を果たしているのかは不透明だ。弁護士ドットコムトピックス編集長の亀松太郎氏は、

電子化されると、図書館のウェブサイトの重要性が増すことが考えられますが、今の図書館のサイトにはあまり魅力を感じません。面白くないと見てもらえないでしょう。それこそ地方紙の記者を参加させると面白いのではないでしょうか。

ただ、敬和学園大学の一戸信哉准教授は、

みんなそんなに地域情報に関心があるのかという問題があるでしょう。また、図書館の中には既に業務として、パンフレットなどの収集に力を入れている人たちもいます。

確かに、ニーズがないのであれば、いくら必要性を唱えたところで優先度は低下してしまうだろう。実際、Tカードの導入や蔦屋書店、スターバックスの併設などが話題の武雄市図書館も、施設としては歴史資料館とセットになっているが、歴史資料館が図書館と同程度に注目されているとは言い難い。藤代氏は、

地方紙の記者が地域の情報を発信できるか、簡単ではないかもしれません。前にも述べたように地方紙の役割は中央の情報を地域に伝えることと、地域の情報を地域内に伝えることです。他地域や中央へ伝えた経験は少ない。ただ、新聞が悪いだけではなくて、地方がそれを求めてきたという側面もあるでしょう。武雄の図書館もおしゃれな蔦屋やスタバが出来て良いというのは都市と同じものを求めてきたこれまでの中央集権的な発想から抜け出せてないように見えるのです。地域からコンテンツを集めることが、地域の独自性を生み、育てていくようになれば良いですが、果たしてそれが図書館なのかという問題はあるし、これまでにない役割を行うのは相当大変でしょう。

地域情報の収集と発信という点では、中央集権的な発想と真逆のものが求められるはずだろう。各地方の独自性を発揮できないのであれば、電子化の流れの中で、存在意義を失ってしまう可能性もある。各地でチャレンジングな取り組みが広がっていること自体は歓迎すべきことだが、独自性の発揮にいかにつなげることができるのかが重要になるだろう。(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第11回討議(14年4月開催)を中心に、記事を構成しています。

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