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独立気運高まるナイジェリアの油田地帯ビアフラ

2014年07月01日 21時13分 JST | 更新 2014年08月31日 18時12分 JST
AFP via Getty Images
LAGOS, NIGERIA - AUGUEST 16: Biafran National army soldiers prepare to resist a Federal troop attack in the Biafra region in south-eastern Nigeria, where a civil war opposing Biafra tribes fighting for independance and the federal troops killed between one and two milllion people from 1967 and 1970.

ナイジェリアでは宗主国イギリスが後を託した北部のイスラム民族が南東部の油田地帯を抑圧する構図が続いてきましたが、油田地帯がビアフラとして独立する気運が高まっています。

石油利権は油田地帯から離れた北部のイスラム民族がコントロールし、抑圧された地元の人々は生きるために国内各地や外国へ出て行っています。日本にいるナイジェリア人もほとんどが油田地帯のイボ民族です。

私自身、夫が秘密結社オボニに属しないイボ民族というだけで、政府機関に商品を盗まれ、提訴すると裁判はエンドレスになり、自宅への放火も握り潰されようとしています。警察内や民間人で私達に協力してくれた人は「強盗」や「事故」で次々亡くなりました。

イボ民族にはビアフラ戦争(1967~1970)をはさんで、1945年から現在まで、断続的に虐殺が行われています。

1945年に中部ジョスで数百人、1953年は北部のカノで 数千人、1966年には 北部各地で 5万人(一説に10万人)、 ビアフラ戦争では200万人(350万人とも) の死者を出し、1980年以降も犠牲者は数千人以上とされます。イスラム過激派ボコ・ハラムが爆破している教会やマーケット、バス・ターミナルは、商売人のイボ民族が集まっている場所なのです。

他の少数民族に対しても、軍事政権から民政化した1999年に、陸軍が油田地帯バイエルサ州の村を襲い、2500人近い民間人を虐殺しています

このため、豊かな資源のある地元では誘拐犯となって外国人を襲ったり、パイプラインを壊して石油を盗み、伝手を求めて外国に出て行き、命がけでボートに乗って他のアフリカ諸国や南欧へ難民としてたどり着いたりしているのです。

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(写真)中央アフリカのガボン沖で転覆した難民ボート(Nigerianmonitorのサイトより)。

現在ボコ・ハラムが暴れているナイジェリアの北部は貧困率が高く、識字率も低いとされ、日本も小学校の校舎寄付など援助していますが、国家の収入源である石油ブロックの83%は北部人が保有しているのです。水増しした人口を元に、地方交付金も半分以上が北部に行っています(人口水増しについては前述しました『窃盗周辺にイスラム系民族―ナイジェリアの人口は水増しだった』)。

国のポストも、大統領と副大統領はイスラム教徒とキリスト教徒が2期ごとに交代する取り決めだそうですが、上下両院議長、司法長官、石油公社、税関、警察、経済犯罪取締委員会、選挙管理委員会のトップなど、北部のイスラム系が立法と司法、国の収入源、治安関係を掌握しています

油田地帯では以前から独立運動がありましたが、ロンドン在住の人達が始めたインターネットのラジオ放送Radio Biafraが各国のビアフラ出身者を急速に組織化しています。facebookページRadio Biafra Londonは一日2、3千人増の勢いで30万人を越えました。彼らは5月30日、ビアフラ共和国の首都だったエヌグのほか、世界各地80ヶ所以上でビアフラ戦争の犠牲者追悼イベントを行い、ビアフラに自由をと訴えました。

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ロンドンでの様子。

今のところ治安当局による表立った妨害はなく、Radio Biafraは独立へ向けて積極的に組織作りを進めています。

イスラム系のテロ集団が国内を荒し回り、治安も悪化する中、ラゴスのヨルバ民族からも「この国はもう終わりだ」という声が聞こえます。数字的には高成長している新興国ですが、住人から見れば国として末期的な状態に感じられるのです。イギリスが国境線を定めたアフリカの大国ナイジェリアが分裂する日が遠くないのかもしれません。