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窃盗周辺にイスラム系民族―ナイジェリアの人口は水増しだった

2014年01月08日 02時51分 JST | 更新 2014年03月08日 19時12分 JST

ナイジェリアは不気味な雰囲気のうちに2014年が明けました。1913年にイギリスが保護領を合体させて今のナイジェリアの領域にしてから年末で100年の期限が切れ、不都合のある地域は分離できるという規定があったとされています。抑圧されてきた油田地帯がビアフラ共和国として独立する気運が徐々に盛り上がり、これからナイジェリアがどうなるのか筋書きが読めない状況です。

宗主国イギリスは植民地時代からナイジェリアの北半分、遊牧や農業の地域にいるイスラム系民族の人口を水増しして利用してきました(南部は主にクリスチャン)。彼らが総人口の55%を占めるように、長年数字が操作されているそうで、巷では「北部では家畜まで数えている」などと言われています。

実際、電力プロジェクトで北部のある州を確認した日本人によると、州政府は人口も世帯数も全く把握しておらず、選挙前には近隣の国から申請があり、人口が5割増しになるそうです。同じ民族が周辺の国々におり、地元民が自由に国境を越えられるルートが無数にあるのです。

そんなイスラム系民族が、税関で窃盗に関与した職員にもいるほか、周辺に蠢いています。

窃盗事件から1年近く経つ頃、「お宅のバイクを大量に仕入れたが、丈夫だと好評なのでもっと欲しい」と、ガルバというイスラム民族系の男が店に訪ねてきました。窃盗事件がまだ捜査中だったのでディーラーには卸しておらず、彼は自ら盗品故買だと名乗った訳です。

すぐ刑事本部に拘束してもらいました。男の雇い主、アルハジ*・ムカが近くで待っていると言っていましたが、雇い主は見つかりませんでした。

窃盗の証拠固めをする絶好のチャンスでしたが、ラゴスの港周辺にいるイスラム民族系の代表者が警察にやってきて、保釈を要請。イスラム教徒がトップにいる刑事本部は、調書も残さないで容疑者を逃がしてしまったのです。

ガルバは北部のボルノ州から国境の湖を越え、チャドで売ったと言っていましたが、その後そのボルノ州で盗品の隠し場所が見つかったという情報が2回入り、ラゴスからナイジェリアの反対の端まで振り回されることになりました。ボルノ州は現在、イスラム過激派ボコ・ハラムのテロで非常事態宣言が出ているところです。

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一度目は知り合いの男(キリスト教系民族、無職)からの情報で、夫が出向きました。中部プラトー州のジョス空港から車でボルノ州へ。途中、2台の不審な車が尾行しており、ボルノ州の州都マイドゥグリまでついてきたのに気付き、夫は問題の「倉庫」まで出向かず、情報提供者を置いて退散しました。その男は誰かに雇われて謀殺を仕掛けてきたと思われます。

ちなみに、ジョスから通過した3州で、州都以外は幹線道路沿いに町と言えるほどの集落がなかったそうです。写真は途中のガソリンスタンド。周囲はだだっ広い荒地です。

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後日また、イスラム系民族の男らがボルノ州に盗品が隠してあるという情報を持ち込み、社員2人を派遣しましたが、またあちこち振り回されただけで、何も見つかりませんでした。

イスラム系民族が仕切る警察の捜査チームは、「積荷がなくなった経緯が不明」、「積荷が足りない事は荷主に知らせてあった」などと事実を捻じ曲げ、窃盗犯を庇い続けました。捜査チームの主任は後日ロンドンへ家族旅行をし、チームの面々は家を新築したと言います。

その後も知人や同じ民族から様々な罠やトラブルが仕掛けられましたが、背後にイスラム教徒、特にボルノ州の人がいました。政府相手に訴訟を起こした後、尾行してきて脅迫した通関士がボルノ州の副知事になっていたのも、背筋の寒い発見でした。

イスラム系民族が税関や警察、司法の要職を占め、彼らの犯罪は裁かれない態勢になっていたのです。そしてクリスチャンの被害者が犯人を追及しようとすると、官民あげて被害者を経済的に困窮させ、謀殺も辞さないのでした。

*メッカ巡礼を果たした人の敬称