BLOG

慰安婦問題、不必要に紛争をエスカレートさせないために

2015年03月18日 16時03分 JST | 更新 2015年03月18日 22時08分 JST
CHRISTOPHE ARCHAMBAULT via Getty Images
(L-R) Japanese Prime Minister Shinzo Abe looks on as South Korean President Park Geun-Hye speaks with Myanmar's President Thein Sein ahead of a 'family picture' during the 17th ASEAN Plus THree Summit at the Myanmar International Convention Center in Myanmar's capital Naypyidaw on November 13, 2014. The Association of Southeast Asian Nations (ASEAN) and East Asia summits, held in the purpose-built capital of Naypyidaw this week, are the culmination of a year of diplomatic limelight for Myanmar after long decades shunted to the sidelines under its former military rulers. AFP PHOTO / Christophe ARCHAMBAULT (Photo credit should read CHRISTOPHE ARCHAMBAULT/AFP/Getty Images)

■趙世暎氏の「慰安婦問題と首脳会談の分離」思い切った提案だが...

日韓両国における新政権、即ち、日本における第2次安倍政権と韓国における朴槿恵政権が成立してから、早くも2年以上の月日が流れた。周知のように、その間、両国は首脳会談すら開催できない状態にある。この状況を指して両国関係は1965年に日韓基本条約が締結されて以来今日に至るまでの半世紀間において、「最悪の状態」という意見すら存在する。

そのような日韓関係の現状下、書かれた趙世暎氏のブログ「日韓関係の打開には、慰安婦問題の解決を首脳会談の条件とすべきでない」は、思い切った提案になっている。その第一は、それが元韓国外交通商部東北アジア局長という肩書きを持つ人物のそれとして書かれているにもかかわらず、現在の韓国政府の対日外交の基本方針のひとつ − 即ち「首脳会談の前提条件に従軍慰安婦問題の進展を」と唱えていること − に明確に、異議を唱えていることである。

しかし、もう一つ注目すべきは、この文章がそこからさらに踏み出して、慰安婦問題を日韓基本条約の付属協定(慰安婦問題においては日韓請求権協定)に規定されている、仲裁委員会にて議論することを提唱していることである。あまり知られていないが、現在の韓国政府は、従軍慰安婦問題をはじめとする両国間の懸案について、仲裁委員会を設置して、議論することには消極的である。にもかかわらず、趙世暎氏があえてこの主張を展開した背景には、彼がそれだけ強い危機感を、今日の日韓関係に対して有していることを意味している。

■首脳会談が長期にわたって開催されないと、様々な問題が停滞する

とはいえ、このような彼の危機感は、一般の日韓両国の人々にはわかりにくいかも知れない。何故なら、この数年間の日韓両国の政治的関係の悪化にもかかわらず、両国間の経済的あるいは社会的交流は問題なく続けられているように見えるからだ。だからこそ今日の両国においては、時に「無理に首脳会談など開催する必要はない」という意見も聞かれるようになっている。

確かに今日世界各地で行われる首脳会談では、そこにおいてなんらかの国際的懸案について、厳しい議論が闘わされることはあまり多くない。ほとんどの場合、首脳会談とはその開催日までに両国の事務当局が積み重ねてきた交渉の成果を確認するだけのものであり、そこで何かしらの「サプライズ」が飛び出すことはほとんどない。突然準備もなしに首脳会談において何かしらの新しい提案がなされても、相手方にその準備がなければ、有意義な成果を期待することは難しいからである。

とはいえ、そのことは首脳会談がなんらの役割をも果たしていない、ということではない。日米間におけるTPP交渉に典型的に現れているように、首脳会談の開催に際しては、この日に間に合うような形で様々な外交交渉が行われる。つまり、首脳会談はそれ自身が様々な外交交渉の「締め切り」の役割を果たしているのである。

だからこそ、今日の国際関係においては、首脳会談が長期にわたって開催されないと、様々な問題が停滞することになる。国際関係においては、合意事項がなんらかの期限を限ってなされていることも多いから、中にはこれまで行われていた様々な関係が「時間切れ」により失われる事態も生じることになる。実際、この数年間の間に、日韓両国の間では様々な交流が停滞、或いは機能停止することになっている。その分野は教育や文化などに関わるものから、軍事的なものに至るまで多岐に及ぶようになっている。当然のことながら、日韓両国に存在する問題は、慰安婦問題をはじめとする歴史認識問題に関わるものだけではないのである。元外交官である趙世暎氏はそのことをよく知っており、だからこそ思い切った提案をした、というわけであろう。

■「仲裁委員会」設置は、新たな紛争の種を作る

故に、両国関係を「当たり前」の状況に戻すために、「喉に刺さった骨」である慰安婦問題を一旦首脳会談から切り離すべきだ、とする、趙世暎氏の主張は大きな説得力を持っている。とは言え、その手段として日韓基本条約の付属協定に規定されている仲裁委員会を作ってこれに対処させようという提案がどの程度有効か、といえばそれはまた別の問題であるかも知れない。そもそもこの日韓基本条約の付属協定に定められた仲裁委員会は「各締約国政府が任命する各一人の仲裁委員」と、「こうして選定された二人の仲裁委員が当該期間の後の三十日の期間内に合意する第三の仲裁委員又は当該期間内にその二人の仲裁委員が合意する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員」により構成されることになっている。当然のことながら、ここにおいて仲裁の帰趨を決めるのは「第三の仲裁委員」であり、その選定においてはまた、両国の意見を代表する仲裁委員による、「代理戦争」が展開される可能性が高い。付属協定では日韓両国は「仲裁委員会の決定に服するものとする」とされているから、その行方を決定付ける「第三の仲裁委員」の選定には、歴史認識問題を巡る両国の命運がかかることになるからである。

つまり、仲裁委員会設置の提案は、そもそもの仲裁委員会の構成をどうするか、という問題を巡る両国間における新たな紛争の種を作ることになる。加えて、一旦仲裁委員会の設置が提案されれば、そこにおける議論の対象はほぼ確実に慰安婦問題以外にも及ぶことになる。何故なら、日韓基本条約とその付属協定に対する両国行政府や司法府の理解の乖離は、慰安婦問題のみならず、徴用工問題や軍人軍属を巡る問題など多岐に及んでいるからである。例えば日本政府から見れば、日韓基本条約の交渉過程の中で議論されたことが外交文書において明確な徴用工問題については、仲裁委員会で「戦い易い」イシューであるから、仮に韓国政府が慰安婦問題を仲裁委員会で議論することを提案すれば、逆に日本側からこれらの問題を提起することになるだろう。こうして、仲裁委員会にて議論される問題は際限なく拡大することになる。議論の対象が拡大すれば、当然、両国政府の世論に対する負担も大きくなる。

もちろん、両国政府と世論が覚悟を決めて、これに臨むことができるなら一線を越えて踏み込むことには大きな意味がある。だが、両国の政府や世論にその準備が存在しない状態で仲裁委員会設置を提案しても、そこで何らかの意味ある結果が生まれるとは考えにくい。韓国政府が慰安婦問題のみならず、徴用工問題など幅広い分野の問題を議論する仲裁委員会の設置に応じるとは、現在の段階では考えにくい。つまり、仲裁委員会の設置には一定の条件が必要であり、それは少なくとも「今」ではないように思える。

■拘束力を持たない緩やかな「セカンドトラック」の協議機関を

とはいえ、その事は慰安婦問題をはじめとする日韓間の懸案を放置しておいてよいことは意味しない。だとすれば重要なことは、実効性を持ち、同時に、紛争を過度にエスカレーションさせない方法を考えることである。仲裁委員会の設置が問題をエスカレーションさせるのは、それが拘束力を持つこと、そしてこれが付属協定により「第三の仲裁委員」が決定的な影響力を持つ形で設定されているからである。だとすれば一つの方法は、仲裁委員会に準ずる組織を、拘束力をもたず、人選を巡る混乱がもたらされない形で、つまり両国政府の財政支援を受けるものの、これには制約されない、緩やかなセカンドトラックとして立ち上げることである。現在の両国における最大の問題は、日韓基本条約に関する理解が、行政府レベルのみならず、司法府レベルでも乖離していることであり、だからこそ両国政府の慰安婦問題等、個別の問題への対処が異なることとなっている。故にこの状況を改善するためには、日韓両国のどちらか一方、或いは双方の司法府がその理解を変えるきっかけを得ることが必要不可欠である。

そのために重要なのは、両国の行政府及び司法府の日韓基本条約や両国間の懸案に対する解釈が、どの程度国際的に妥当性を有しているのかを、冷静に振り返る機会を作ることである。仲裁委員会をはじめとする今日の国際社会における法的仲裁機関は、影響力ある国際法学者や元外交官により構成されるものであり、それ故にこれに類似した組織をセカンドトラックとして立ち上げることはさほど難しくない。歴史学者のそれと異なり、法学者らによる議論は明確な白黒がつきやすい特徴があり、故に仮にこの組織において、どちらかの議論が明確に否定されれば、その国はこれを前提にした対処を余儀なくされることになるだろう。何故なら、国際社会において明らかに通用しない議論を維持し続けても、自らの立場がよくなることがないことは明らかだからである。

忘れてはならないのは、如何にして不必要な紛争のエスカレーションをもたらさないで、如何にしてどちらかがある部分での自らの主張を撤回できる状況を作り上げるか、である。必要なのは、そのための我々の「知恵」なのである。

Also on HuffPost: