子どもが「父母に養育される権利」の実現を ~安易な親子分離ではなく、裁判所関与で父母による養育の促進を~

政府がすべきことは、子どもの養育に必要な治療や支援を親に対して行い、子どもが父母に養育される権利をまもることなのです。

8歳のゆいちゃん(仮名)はお母さんが大好きです。

でもお母さんはアルコール依存になってしまいました。お酒を飲めば、ゆいちゃんの前でもリストカットをします。ゆいちゃんには絶対に手をあげないけれども、お父さんに暴力を振るうことはあります。病院に連れて行こうとすると、お母さんは激しく抵抗します。ただ実際に病院に行くと、問題がないふうを装うので、医者がお母さんを入院させることはないのです。

日本の行政機関では「児童相談所」が子どもの保護を担当します。児童相談所は、この養育環境は好ましくないと考え、ゆいちゃんを両親から分離しようとします。

ゆいちゃんのような子どもが入る一時保護所は、原則として外出は許されません。親に自由に会うことや学校に通うことも許されません。そんな施設に平均1ヶ月、ときには数ヶ月も入れられてしまうのが日本の現状です。

確かにゆいちゃんのお母さんは問題を抱えています。それでもゆいちゃんはお母さんが大好きなのです。周りの人にゆいちゃんは言います。「とにかくお母さんを助けて。自分を傷つけるのを止めてほしいの。ゆいはお母さんと一緒にいたい。」

ゆいちゃんのお母さんのように、保護者が自分の行動を改めようとせず、治療を拒むことは珍しくありません。こうした場合の児童相談所の一般的な対応は、親子分離、そして子どもの施設収容です。裁判所が審理をすることは、原則ありません。

国連・子どもの権利条約は 「子どもに関するすべての措置をとるに当たっては(略)子どもの最善の利益を第一に考慮する」と定めています(第3条1)。しかしヒューマン・ライツ・ウォッチは、2014年の調査報告書『夢が持てない』で、日本の社会的養護制度が子どもの最善の利益に基づかないことも多いと明らかにしています。

家庭養育原則

子どもの権利条約は、子どもが「できる限り」「父母によって養育される権利(第7条)」も保障しています。

また日本でも2016年5月の児童福祉法の改正で、子どもが権利の主体であると初めて明記され、子どもは「家庭において心身ともに健やかに養育される」と明記されました。

つまり、日本政府は子どもを安易に施設に送るのはやめて、問題を抱えた家庭に対し、環境の改善に必要な支援を行うべきです。家庭で育つことこそが通常、子どもが心身ともに健やかに成長・発達するための最善策なのですから、安易な親子分離は慎むべきです。

実効性に乏しい現行制度

日本ではこれまで、虐待などに対して主に、独特の「行政による指導」という制度で対応してきました。行政だけで家庭の状況を評価し、親に対して行動を改めるよう指導します。裁判所の関与はありません。しかし指導に強制力はなく、親が従わないこともあります。そうすれば、子どもは引き続き虐待環境に置かれ続けるか、親から分離されてしまうかのどちらかなのです。

いずれも子どもにとって悲しい状況です。しかし残念ながら多くの児童相談所は、子どもが自分の父母と暮らすという当たり前の権利を守ることにあまり関心がないようです。

いま求められているのは、子どもを虐待などの不利益から守りながらも、同時に父母に育てられる権利も守る方策です。親の行動改善を支援し、子どもに適切な養育環境を作り出す方法はいくつも存在します。

ゆいちゃんのお母さんも、行動改善の可能性がある事例です。親に知的障がいがある事例、そうでなくても家事など日常生活が困難な事例(たとえば朝ご飯を作って子どもを学校に送り出すことすらできないなど)もあります。それでもゆいちゃんのように、そうした環境で暮らしながらも、自分の親と分離され政府の保護下に移されることを嫌がる子どもたちはいるのです。

こうした事案の多くで政府がすべきことは、子どもの養育に必要な治療や支援を親に対して行い、子どもが父母に養育される権利をまもることなのです。

裁判所による親指導の必要性

「行政による指導」が有効でないときには、裁判所が関与すべきです。裁判所が公平中立な立場から、親の主張と児童相談所の調査結果をともに聴いたうえで必要に応じて、家庭環境の改善を求める法的拘束力のある判断をする制度(いわゆる「裁判所による親指導」という制度です) の導入が望ましいのです。そして裁判所の指示に親が従わない場合はじめて、親子を分離することにするのです。

アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどの諸外国では、裁判所が中心となった子ども福祉制度が確立されており、親に対する指導にも裁判所が関与しています。

厚生労働省が実施した検討会で、子どもが在宅している家庭について、裁判所が直接に親を指導する制度を日本にも導入すべきか議論がされました。

その検討会での議論を受け今年6月、児童福祉法が改正されました。しかし残念ながら、裁判所が直接に親を指導する制度は導入されませんでした。

以前よりも裁判所の関与は少しだけ強まったのですが、子どもが在宅している家庭を前提としたものではありませんし、裁判所ではなく行政(児童相談所)が親を指導することにかわりがありません。児童相談所の指導に応じない親も多数いる現状にもかかわらず。

また改正案は、児童相談所長または都道府県知事が子どもの一時保護期間を延長しようとするときには、家庭裁判所の承認を得なければならないと定めました。しかし、最初に子どもを親から分離する段階での裁判所の関与は導入されませんでした。

制度改革は容易ではありません。厚生労働省検討会の法学者メンバーにまで、裁判所の関与に強く反対する人がいるのが現状です。

しかし適切な意見表明の機会を親に保障せず、行政がいきなり親子を分離する現在のやり方は、子どもと親の両方の権利を大きく損ないかねません。裁判所も関与する制度の方が、子どもが父母に養育される権利を尊重しつつ、親に対して法の適正手続きを保障するでしょう。

子ども福祉制度の将来に向けて

ゆいちゃんの身におきたことは、実は日本中でおきています。今こそ日本では、安易な親子分離主義から脱却すべきではないでしょうか。子どもの権利保障そして幸せのため、親子分離は最後の手段とすべきです。

そのために、裁判所が親を直接指導できる制度を導入するとともに、現在の貧弱な家庭支援制度を全面的に見直すべきです。

日本の児童福祉制度における裁判所の役割は変わるべきです。裁判所が関与するのは例外、という現状を改めるべきです。裁判所は、子どもの権利の実現に向けて、より大きな役割を果たすべきなのです。

土井香苗(ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表)

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