原貫太
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1994年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部社会学コース4年。国際協力団体コンフロント・ワールド創設者・代表。
大学1年時に参加したスタディーツアーで物乞いをする少女に出逢ったことをきっかけに、「国際協力」の世界へと踏み込む。2014年に学生NGOバングラデシュ国際協力隊(現コンフロント・ワールド)を創設し、ストリートチルドレン問題に取り組む。
交換留学生としてカリフォルニア州立大学チコ校にて国際関係論を専攻。帰国後、赤十字国際委員会駐日事務所でインターン。その後、認定NPO法人テラ・ルネッサンスのインターン生としてウガンダ北部における元子ども兵士社会復帰支援や南スーダン難民調査などに従事。

Twitter:https://twitter.com/kantahara
Facebook:https://www.facebook.com/kanta0422
公式ブログ:http://www.kantahara.com/

原貫太さんによる記事一覧

南スーダンの子ども達が餓死していても、日本は毎年4,000万人分の食糧を棄てている

(0) コメント | 投稿日 2017年04月21日 | 23時36分

私たちは、一体いつまで「大量生産・大量消費」の生活を続けたいのだろう。

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あなたはこの写真(南スーダン難民の男の子)に「見て見ぬふり」ができますか?

(2) コメント | 投稿日 2017年04月21日 | 00時16分

便利な世の中になった一方、21世紀に生きる私たちは、ひとり一人が「人間としての」大きな判断をするように迫られている。

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他国の紛争に日本はどれだけ犠牲を払えるか―アメリカは80万人の虐殺を防げなかった

(0) コメント | 投稿日 2017年04月18日 | 00時06分

毎年、この時期になると思い出してしまう。1994年にルワンダで起きたジェノサイド(集団抹殺)。

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自衛隊が撤退しようがしなかろうが、南スーダンの人々の「苦しみ」は変わらない

(2) コメント | 投稿日 2017年04月13日 | 22時51分

南スーダンからの自衛隊の撤退。南スーダンからの難民が流入している難民キャンプに入り、難民の方々から直接話を聞いてきた。

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「野蛮な紛争と決めつけないで」ヨーロッパが創り出したアフリカの民族対立

(0) コメント | 投稿日 2017年04月08日 | 16時46分

毎年4月7日は、「1994年のルワンダにおけるジェノサイドを考える国際デー」とされており、犠牲者の追悼とジェノサイド防止が呼びかけられる。

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2歳の女児がレイプされる現実 紛争下では性暴力が「武器」になる

(0) コメント | 投稿日 2017年03月31日 | 23時03分

アフリカ大陸中部に位置するコンゴ民主共和国。特に東部は、「女性にとって世界最悪の場所」と言われることもある。

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それでも世界を無視できますか?4万5千人が一夜で殺された跡地から日本のあなたへ

(2) コメント | 投稿日 2017年03月29日 | 12時07分

あなたは、ブルンジという国の名前を、聞いたことはあるだろうか?

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「紛争が終わっても南スーダンには戻れない」現場で見た難民の壮絶すぎる現状

(0) コメント | 投稿日 2017年02月26日 | 04時59分

難民の数は150万人を超え、シリアやアフガニスタンに次いで世界第3位の「難民危機」となっている。

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世界で最も「貧しい」「不幸」な国は、私の想像をはるかに超えて美しかった

(0) コメント | 投稿日 2017年02月20日 | 20時23分

ブルンジの人々のライフスタイルは、日本人よりよほど持続可能な形であり、また彼らの笑顔からは、この国が世界で最も不幸な国だとは決して言えないように思える。

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現場からお願いする。欧州、日本よ、ウガンダの難民政策を見習ってくれ

(0) コメント | 投稿日 2017年02月08日 | 00時59分

日本が2015年に難民と認定した人の数は27人。現場で南スーダン難民の方々と接している時に、私は自分が日本人であることに、一瞬申し訳なさを感じてしまう。

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震災後の一本の電話、アフリカからの5万円-「自国第一主義」の世界で

(0) コメント | 投稿日 2017年01月30日 | 18時06分

物理的に離れた国で起きている問題に対しても、自分に何ができるのかを考え、そして行動を起こしている人々。

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「人は変われる」 人生の半分を軍隊で過ごした元子ども兵たちと生活して

(0) コメント | 投稿日 2017年01月26日 | 16時09分

私が滞在しているウガンダ北部では、2002年まで20年にわたり紛争が続き、推定3万8千人もの子どもが反政府軍に誘拐され、兵士として戦いに駆り出されてきた。

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「もう一度人生を変えたい」 社会復帰を目指す元子ども兵士たちの式典

(0) コメント | 投稿日 2017年01月20日 | 23時38分

「自分の人生をもう一度変えられるように、そして地元の人たちの生活をも支えられるように、一生懸命に働きます。」

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"13歳で誘拐された元少女兵"が語る壮絶な体験談 生き別れた子供との再会を夢見て

(0) コメント | 投稿日 2017年01月16日 | 16時13分

2016年1月に私がインタビューを行った元少女兵の方は、わずか12歳で誘拐され、26歳で脱出するまでの14年間を少女兵として過ごした。

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アフリカの諺から学ぶ争いを解決する知恵 「もう一つの大虐殺」後の社会で

(0) コメント | 投稿日 2017年01月13日 | 22時25分

アフリカの人たちの伝統的な語りや現地の諺を元にして、平和を作る知恵や知識を学んでもらっている。

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家族を殺害、性奴隷としての搾取...壮絶な経験を克服する元子ども兵たち

(0) コメント | 投稿日 2017年01月11日 | 15時46分

ある日突然誘拐され、兵士として戦場に駆り出される。初めての任務として、実の家族を殺すことが強要される。

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インド、200人の子どもをレンガ窯から救出-現場で感じた児童労働問題の難しさ

(0) コメント | 投稿日 2017年01月07日 | 11時39分

レンガ工場では、7歳や8歳の女の子までもがレンガを手で運んでいたことが指摘されており、中には4歳の子どもまでもが含まれていたとも報じられている。

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愛する家族を奪われても、平和のために闘う父-アフリカと日本を繋ぐ想い

(0) コメント | 投稿日 2017年01月04日 | 12時00分

国際社会から忘れ去られた、ルワンダ大虐殺以外の「もう一つの大虐殺」がある。それはルワンダの隣に位置する、ブルンジという小さな国で起きた。

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伝え続けること~"世界の不条理"と向き合って~

(3) コメント | 投稿日 2016年12月29日 | 20時16分

初めての記事をハフィントンポスト日本版に寄稿してから、1年近くが経とうとしている。これまで70本以上の記事を書いたが、その多くを構成しているのが、私が目の当たりにしてきた"世界の不条理"に関する内容だ...

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15年間のアジア・アフリカ支援から、今私たち日本人が学ぶべきこと

(0) コメント | 投稿日 2016年12月22日 | 12時59分

国づくりも、まずは地域やコミュニティの人々の自立や自治が重要になってくるということですね。

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