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「心の声」に正直に生きる―アフリカの「子ども兵」と向き合った大学生の物語

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ある日突然誘拐され、兵士として戦場に駆り出される。初めての任務として、実の家族を殺すことが強要される。少女兵の場合、性的な奴隷としても搾取される。

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子ども兵(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
その理不尽すぎる実態から、子ども兵(少年兵)問題は多くの人々の心を揺さぶる。そして、考えさせる。
先日寄稿した記事、『"初めての任務として母親の腕を切り落とす"子ども兵の問題は、大学生の私にとって目の前の解決したい問題になった。』も多くの反響を頂いた。
 
 
「見えない兵士」とも呼ばれることがある子ども兵。そこへのアクセスは難しく、子ども兵問題に取り組む日本国内のNGO(非政府組織)は少ない。

この理不尽過ぎる、そして複雑な問題に対して、東アフリカのウガンダに計6か月間駐在し、元子ども兵社会復帰プロジェクトに取り組んでいた日本の大学生がいる。

延岡由規さん、神戸市外国語大学4年生。

なぜ彼は、日本から遥か遠くのウガンダへと足を運んだのか。そこで何を目の当たりにし、何を感じたのか。なぜ日本ではなく、アフリカなのか。お話を聞いた。

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延岡由規さん(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
延岡 由規(のぶおか ゆうき)
1993年兵庫県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部国際関係学科4年。
認定NPO法人テラ・ルネッサンス フェロー。小学3年生の時、道徳の授業で児童労働の話を聞き、世界の諸問題へと関心を抱く。大学2年生の時、テラ・ルネッサンス理事長である小川真吾氏の講演を聴いたことをきっかけに、2014年9月から同団体でインターンを開始。ウガンダ(2015年7月~12月)では元子ども兵の社会復帰プロジェクト、またカンボジア(2016年1月~4月)では地雷撤去後の村落における開発プロジェクトなどに携わる。
Facebook:http://www.facebook.com/yuki.nobuoka.5
 
 
――延岡さんはテラ・ルネッサンスのインターン生として、ウガンダの元子ども兵社会復帰支援プロジェクトに計6か月間、カンボジアの地雷撤去後の村落開発プロジェクトに3か月間携わっていたとお聞きしました。延岡さんが「テラ・ルネッサンスの活動に関わろう」と決めた最初のきっかけについて教えてください。

国際協力や世界で起きている問題に対して関心を抱いた最初のきっかけは、小学校3年生の時、2002年でした。その時は日韓のワールドカップが開催された年でした。私は幼稚園の時からサッカー一筋で育ってきたので、当時の自分はサッカー少年でした。

小学校の道徳の授業で、ワールドカップに関連した内容としてインドやバングラデシュの同世代の子どもたち、特に女の子が、サッカーボールの手縫いの強制労働をさせられているという話を聞きました。

その話に小学校3年生ながら物凄い衝撃を受けて。自分が遊んでいる大好きなサッカーボールの「裏側」では、目に見えない所で血や汗にまみれた生活を送っている子どもたちがいるという事実、自分が笑顔を浮かべているまさに今この瞬間にも、世界のどこかでは涙を流している人がいるという事実に、大きな衝撃を受けました。その時に、「世界の裏側を無視したくないな...」と、思っていました。そこからは、同世代の人たちが抱えている問題に対して関心を抱くようになりました。

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バングラデシュのストリートチルドレン(photo by Kanta Hara)
 
 
その時に、-小学校3年生だからこそなんですけど-「世界で一番のサッカー選手になって、サッカーボールに関わる児童労働を世界から無くしたい」という夢を一つ決めました。そこからはひたすらサッカーだけをやっていて、世界で起きている出来事にある程度の意識はあったものの、今の自分の生活、―サッカーが出来て、勉強も出来て、ご飯も食べられてという生活―に満足していた自分もいました。ただ、サッカーを続けていた理由としては、その時に決めた夢が一つあったからです。

そこから(世界の諸問題に対して)具体的なアクションは起こさずに、小学校、中学校と上がり、そして高校生になった頃、「プロのサッカー選手にはなれないな」と気づき始めて(笑)。その時は、サッカーを続けながらも漠然と「世界の子供たちに対して何かしたい」「でも何が出来るのだろう」と考えていました。
 
 
その後大学に入学し、2年生の授業で初めて「子ども兵」の問題を知りました。その授業で紹介された本に書いてあったある兵士の証言で、「自分が銃口を向けている先には、自分の子どもと同い年くらいの子どもがこちらに向かって銃口を向けて構えている」というものに強い衝撃を受けました。自分が撃たないと殺されてしまうという状況の中で、引き金を引くしかなかった。

その本を読んで、「何だこれは」というのが最初の感想でしたね。「こんなにも理不尽な問題が自分の知らない所で起きていた」「この問題を知らずに今まで生きてきた」という恥ずかしさを感じつつ、「知ったからには何かしたい」という気持ちも抱きました。でも、何をどうすれば良いのか分からないというのが、正直な状況でした。

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インタビューに答える延岡さん(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
奇跡的な事に、その翌月にテラ・ルネッサンス理事長の小川真吾さんが大学に講演でいらっしゃいました。そこへ参加して、特にウガンダの北部の子ども兵に関する話を聞きました。そこでの小川さんのメッセージ、「『現場に赴きプロジェクトを行う』だけが、国際協力ではない。

日本に居ながらも出来ることは沢山ある」がとても印象的でした。それが自分の中で凄く引っ掛かって、「日本に居ながらも出来ることは何だろう」と、大学2年生からひたすら考え続けていました。が、なかなか答えを出すことができず。そのような状況の中で、大学3年生になり授業も一段落した時にインターン生募集のお知らせを見つけて、「考えていても始まらないし、実際に動いてみよう」と思ったのが、テラ・ルネッサンスに関わり始めたきっかけです。

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テラ・ルネッサンスがウガンダ北部で運営する元子ども兵社会復帰施設に通う元子ども兵の男性(写真中央)と理事長の小川真吾さん(写真右)。写真左はテラ・ルネッサンス創設者の鬼丸昌也さん(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
もう一つ大きな出来事があります。私の家は、母子家庭です。小学校4年生(10歳)の時に父親を肺がんで亡くしました。幼い時はあまり大きな影響はなく、「人って急にいなくなるものなのだな」と、命の儚さや大切さというものを、その体験を通して知りました。

自分の生き様、もしくは「どのようにして死んでいくのか」について考える時期がありました。その時に、自分が父親を知っていたのは生まれてから10歳まで。そして、10歳から20歳までは父親の事を知らない。20歳を迎えるにあたって、これから年を重ねるごとに「父親がいない期間」の方が長くなっていく。その過程で、「自分はこのままでいいのだろうか」という事を考え出しました。

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兵庫県ユニセフ協会主催の市民講座にてウガンダの子ども兵について講演をしている様子(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
考えに考えた結果、一つ出たのは、―これはもう一生ぶれない自分の軸になると思いますが―「自分が死んで"向こうの世界"へいった時に、父親と笑ってお酒を飲めるか」「自分は胸を張ってちゃんと生きましたと言えるか」というのが、一つの軸になっています。その達成のためには、「世界平和」というのが自分にとっては必要な事だと考えています。その「世界平和」を達成した先にそのような夢を持っているから、今自分はここにいる。この活動をしている。これから先も(それを軸にして)活動していくだろう、そう思います。
 
 
――「将来亡くなって"向こうの世界"へいった時に、お父さんと笑ってお酒を飲めるか。胸を張ってちゃんと生きたと言えるか」というのと、「世界平和」が絡む理由をもう少し詳しく教えてください。

「胸を張ってちゃんと生きました」と言えるのはどんな状態なのかと考えた時に、―これは物凄い自己中心的かもしれませんが―「自分が世界で一番楽しく、幸せな人生を送れたよ」と言えることだと思います。自分の幸せって何だろうと考えた時に、「誰も涙を流していない世界」「誰も悲しい思いをしていない世界」「誰もが笑顔でいられる世界」、そこに自分はチャレンジしたい。そのような世界が出来ないと、自分は幸せになれない。それが達成できなかったら、父親に「胸を張ってちゃんと生きました」と言えない...、そのような流れで「世界平和」というのが結びついています。
 
 
――延岡さんが自身の「幸せ」というものを自分だけの基準で考えるのではなく、他人の状況や笑顔というものを踏まえた上で「幸せ」というものを定義し、「世界平和」をも考えているという事ですね。
そうですね。

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カンボジアでの地雷埋設地域村落開発プロジェクトの一環で行う、村人達による自治会の様子(photo by Nobuoka Yuki)
 
 
――小学校3年生の頃に原体験を覚えるというのは、一般の小学生と比べて考えると延岡さんが少し特異な存在だったのかなとも思いましたが、お父さんがお亡くなりになるという経験、テラ・ルネッサンス理事長小川さんの講演をたまたま聞くことが出来たという経験、それら全てが繋がった結果として、小学校3年生から今日まで続いているということが実感できるお話でした。ありがとうございました。
 
 
――今のお話の中で、「日本に居ながらでも出来ることはある」という言葉がありましたが、普段テラ・ルネッサンスの京都事務所(国内の活動)ではどのような仕事をしていますか?

広報・ファンドレイジング(FR)チームに所属しています。例えば助成金の管理など。助成金のデータを収集しリストアップして、各案件に対してどのプロジェクトを申請できるのかというのを職員の方と連携しながらやっています。申請書の作成や申請書類の発送作業、また採択済みの案件に対しては報告書の作成を職員と連携するなど、助成金の管理全般を任されています。

また、最近取り組み始めたばかりですが、メディア関連の対応、特にプレスリリースの作成なども担当しています。過去にはテラ・ルネッサンスはプレスリリースをかなりの頻度で出しており、新聞社などからの取材も数多く対応していたのですが、最近はプレスリリースがあまり出せていません。もっとメディアへの露出度を上げて、テラ・ルネッサンスの活動の社会的認知度を上げていきたいと考えています。

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京都事務所での業務にあたる延岡さん(photo by Kanta Hara)
 
 
――一般的な企業と違い、NPO・NGOなど社会課題に取り組むことがそのメイン・ミッションとなる組織にとって、より多くの人を活動に巻き込み、取り組む課題への関心度を高めるという意味で広報というのは活動の要になるし、また社会と組織との接点を担う大事な仕事だとも感じます。また、活動を持続的なものにするためにはFRもとても重要な活動だと思います。延岡さんが広報・FRに取り組むにあたって、大切にする考え方や信念はありますか?

これ(広報・FRに取り組むにあたって大切にする考え方や信念)は現場での支援にも通じる事だと思います。まず、テラ・ルネッサンスは現場での支援をするにあたって、「ひとり一人にあった支援の在り方が存在する」という考えを持っています。画一的な支援の在り方ではなく、個々人が持っているリソースや課題などに出来る限り沿った形で、受益者たちの社会復帰や生活再建を促していく。これを、現場のみならず、国内の広報やFRにも当てはめていく。支援や寄付をして下さる方それぞれにも家庭や人生がある。支援者の方々とテラ・ルネッサンスとで、その人にあった支援や寄付の在り方を追求していけるようにと考えています。
 
 
――「一人一人にあった支援や寄付の在り方を追求する」というのは確かに理想形だとは思うのですが、現実の広報・FRにおいてそれを実行するというのはなかなか難しいことだとも感じます。そのような考え方や理念を抱えながらも、国内において広報・FRをするにあたって困難な事、大変なことはありますか。

活動を始めた当初というのは、自分自身「NPOが一般の人からお金を貰う」という事に対して抵抗がありましたね。NPO...非営利組織、―日本語があまり良くないとは思うのですが―「NPOはお金を受け取ってはいけない」というステレオタイプが未だに日本にも存在しているように思います。それが当初の自分にもあって。

例えば、Facebookを使って他人に支援や募金をお願いするという事がなかなか出来ませんでした。このような活動に全く関心無い人が、「アフリカの子ども兵を助けたいからお金を頂けませんか?」と言われても、「え?」と感じるはずなんですよね。そこに対して、自分自身あまり納得できていなかったのが、活動当初の悩みではありました。

ただ、現地に足を運んだりする中で、―これまで192名の元子ども兵をウガンダの施設に受け入れているのですが―、寄付や支援がひとり一人の人生を変えるきっかけを提供できているというのを肌で実感し、現場での経験を通して「人に支援のお願いをする」ということに、今は抵抗が無くなりました。

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当会、社会復帰支援施設にて職業技術訓練に励む元子ども兵ら(photo by Yuki Nobuoka)
 
 
――近年になってNPO・NGOという言葉も少しずつ認知はされてきていますが、未だに日本では「NPO=ボランティア」と捉えている人もいるかと思います。この点、これまで非営利セクターの活動に携わってきた私自身も、延岡さんの苦しみには共感できます。だからこそ、自分の経験談、特に現地へと足を運んだ経験談を「支援をお願いする」時の裏打ち素材にして人々の心を掴み、尚且つ頂いたご寄附・ご支援が如何にして現地に影響を及ぼすことが出来るのかというのを、論理的・具体的に説明する責任が私たちには課せられていると感じます。
 
 
――インターン生として初となるウガンダ事務所への長期派遣。そのきっかけや、どのような準備をしてから現地へ渡航したのか教えてください。

インターン生初となるウガンダ(海外)への長期派遣のきっかけというのは、運とタイミングに尽きていたかなと(笑)。私はたまたま2015年度に休学をしていました。大学を休み始めた時は、ウガンダへの長期派遣は全く考えていませんでした。

休学当初は、屋久島で「パーマ・カルチャー」(註:パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、そして文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法(PERMACULTURE CENTER JAPANより引用))という形式の生活を送る機会がありました。

そこで一緒に暮らしていた方、―この方は元々国際協力界隈で仕事をされていて、食糧問題を通して世界平和を実現したいと活動されていました―と毎晩のようにお話をしていた中で、「屋久島でこんなHAPPYな生活を送っている場合じゃないよ。現地に助けたい人、取り組みたい問題があるのなら、早くウガンダに行きなさい。」という言葉をかけてもらって。それで、「ウガンダに長期で渡航しよう」と決意しました。その後は、理事長の小川さんや他の職員と沢山話をし、自分のやりたい事・やれる事・やるべき事と団体のそれらが一致して、長期派遣が正式に決定しました。
 
 
――一致した個人と団体とのやりたい事・やれる事・やるべき事というのは、具体的にはどのような内容ですか?
ウガンダ事務所は、理事長の小川さんが2011年に離れ、以後は現地スタッフが主体となって運営をしています。しかしながら、現地スタッフ主体の運営が始まってから5年が経った2015年、テラ・ルネッサンス団体としてのビジョンと、ウガンダ事務所としてのビジョンに少しギャップを感じていました。

そのような状況の中、そこに新しい風を吹かせるという意味で、私が現地に足を運び、カンボジアやラオスといった他事業地での活動や、日本国内における活動とウガンダ事業との繋がりなどについて現地スタッフにレクチャーをしていました。「現地スタッフの人財育成」という意味で期待を背負っていたと思いますし、自分自身も、コミュニケーションの促進や組織作りを進めてチームワークを高めていくという分野には関心があったので、そこで一致したかと思います。

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第8期生の元子ども兵らと、ウガンダ事務所スタッフの集合写真(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
――延岡さんは、ウガンダでは元子ども兵の社会復帰プロジェクトに携わっていました。テラ・ルネッサンスがウガンダ北部で受け入れている元子ども兵の多くは、幼少時代に反政府組織「神の抵抗軍」に誘拐され、戦闘に駆り出されていた方々です。テラ・ルネッサンスでは、どのような過程や基準を踏まえて「元子ども兵」の方々をウガンダの施設に受け入れているのでしょうか。

ウガンダの元子ども兵は帰還後、まずは政府が管轄するCPU(Child Protection Unit)と呼ばれる施設に送られ、簡易的な治療や事情聴取を受けます。その後、NGOが運営をするレセプションセンターにて、身体的・精神的なケアを受けている間に、各NGOが元子ども兵らの帰還先となる受入れ家族との調整を行います。

テラ・ルネッサンスは現地NGOと協力関係を構築しており、この時点で各NGOから当会の元子ども兵社会復帰支援プロジェクトの対象者となり得る人達のリストが共有されます。そのリストを元に、潜在的な支援対象者の住む、村レベルでの会議を開いて事業概要の説明を行なった後、現地NGOのスタッフや対象地域の権力者らと共に、対象者を訪問しインタビューを実施します。

国としての元子ども兵の帰還状況や、その年の事業予算によって多少の変動はあるものの、基準に照らし合わせて実際に受け入れる元子ども兵を選定していきます。チャイルドマザー(子どもを連れ帰ってきた元少女兵)の受け入れ優先度は高いなど、いくつか基準はあるのですが、個人的に大事だと考えているのは次の3点です。1点目は、二重支援の回避。ウガンダ北部では停戦合意が為されて以降、いくつかの援助機関が活動を展開しています(当時に比べてその数は減少しているようですが)。元子ども兵に対する援助の偏りに起因する、家族や近隣住民からの嫉妬・差別を防ぐために、他の援助機関から既に一定の援助を受けている者は、当プロジェクトの対象外としています。

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社会復帰支援施設にて洋裁の授業に励む元子ども兵ら(photo by Yuki Nobuoka)
 
 
2点目は対象者が「テラ・ルネッサンスという団体」について、「自立と自治の促進」に基づく当プロジェクトについて、明確に理解できているか。これは、いわゆる「押し付け援助」を防ぐために重要なポイントだと思います。

3点目は-これが最も重要だと思います-、対象者が1年半の職業技術訓練、そしてその後の収入向上活動(小規模ビジネス)に、自ら参加する強い意志を持っているか。私たちのような援助団体がやるべきことは、対象者や対象コミュニティの内側にある多様な力が発揮できる環境の整備だと考えています。社会復帰の主人公はあくまでも、元子ども兵なのです。その彼ら/彼女らに自発的に社会復帰に取り組む強い意志があるかが、支援を開始する上で重要だと、私は考えています。

これまで述べた以外にも基準はありますが、大事なのは「本当に支援を必要としている人に、支援を届けること」です。そのために選定基準は設けているものの、全てがマニュアル通りに進むはずもないので、そこは現場での判断を尊重していますね。
 
 
――元子ども兵の「社会復帰」を支援するにあたって、延岡さんはウガンダでどのような活動を行っていたのでしょうか。

昨年ウガンダに5か月間滞在をして行っていた活動は、大きく3つあります。
一つ目は、―自分自身写真が好きなので―広報という意味で写真や動画の素材集め。二つ目は、社会復帰プロジェクトを卒業した元子ども兵へのフィールドでのインタビュー。三つ目は、今まさに訓練を受けている第8期生の元子ども兵へのインタビュー。

一つ目、写真や動画といった素材集めに関しては、自分自身好きであるからこそテラ・ルネッサンスから期待をされていた部分もありました。実際、現地で撮影した写真や動画が年次報告書や機関紙、ホームページに使われています。また、写真を撮影していると、現地の人はみんな理由もなく喜んでくれる。その顔を見るのが好きで(笑)、ずっとカメラを持ち歩いていました。

二つ目のフィールドでの元子ども兵へのインタビューに関してですが、テラ・ルネッサンスの元子ども兵社会復帰支援プロジェクトは、「3年間で経済的・社会的に自立を果たす」というのを目的に運営しています。ですが、3年間終わって「はい、支援終わり」という風にするのは難しく、上手くいく人もいれば、やはり自分の力ではどうしようもない要因のためになかなか社会復帰できない方もいます。そのような人たちに対して、見放すのではなく、その人が社会復帰を果たす最後の瞬間まで見届けるというのが、テラ・ルネッサンスのやり方。それを、まさに肌で体感した活動でした。

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テラ・ルネッサンスがウガンダ北部で行うプロジェクトの受益者とその子ども(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
――「社会復帰を妨げる、自分にはどうしようもない要因」というのは、具体的にはどのようなものをいうのでしょうか。

例えば、ウガンダの北部で言えば、土地に関する問題が(この要因として)非常に大きいです。子ども兵というのは、幼い頃に誘拐されてある一定期間家にいないわけで、その間に親や兄弟が、本来その人(誘拐された人)が持つべきはずだった土地を誰かに売ってしまったり、自分の物にしてしまったりする。結果として、その人が反政府軍から帰ってきても食べ物を作るための土地が無かったり、それ(土地がもう自分のものではないこと)を知らずに農業をやり始めた後、周りの人に「お前の土地ではない」と責められたりしています。そのような問題は、ウガンダ北部では頻繁にあります。
 
 
――なるほど。そのような要因によって、3年が経った卒業後でも社会復帰を果たすことが出来ない元子ども兵が少なからずいることが分かりました。卒業後の彼らに対して、テラ・ルネッサンスはどのような継続的支援を行っているのでしょうか?

具体的には、「マイクロ・クレジット」という、無利子無担保で小額の融資を行う金融サービスを行っています。テラ・ルネッサンスでは社会復帰プロジェクト開始から1年半が終わって、―その時には十分にビジネスのスキルや能力が備わっているのですが―そこから自分のお店を開店する資金としてマイクロ・クレジットの一回目を渡します。そのお金で自分のお店を開きビジネスを興して、最初に借りた分を返済することが出来たら、新たに借りることも出来ます。

そこではもうお互いに信頼性が担保できているので、「この人には継続して貸しても良い」という選択肢がありますし、「テラ・ルネッサンスの支援はもう要らない。自分の力でやっていける。」という人もまた一方ではいます。だから、まだまだビジネスが上手く行かず、マイクロ・クレジットを必要とする人に対しては、長期的な視点からその人が本当の意味で自立していくためにマイクロ・クレジットを渡す。そこは、現場の判断になります。

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元子ども兵社会復帰支援プロジェクト第7期生のマイクさん(仮名)(photo by Yuki Nobuoka)
 
 
――ありがとうございます。では、3つ目の第8期生の元子ども兵へのインタビューについてお聞きさせてください。

第8期生は2015年の6月から受け入れを開始したのですが、私がいたのが2015年の7月からになります。受け入れ開始後1か月のタイミングでウガンダに行ったことになりますね。ですから、受け入れ開始時の8期生の状況について知っておかなければならない。「プロジェクト」という名前を付けていることもあり、後から評価をしないといけないんですね。そのための(評価の)材料集めや、これから3年間サポートを続けていくにあたって、「この人はどのような課題を持っていて、どのようなリソースを持っているのか」というのを知るためにも、一人一人インタビューをすることが必要でした。
 
 
――今回延岡さんが携わっていたのは元子ども兵社会復帰支援プロジェクトということもあり、ウガンダでの長期間の活動/生活は決して生易しいものではなかったと思います。現地での活動/生活で、大変だったことを教えてください。

結論から言うと、今となっては大変だったことは何も無いんですよね。「大変」って、「『大』きく『変』わる」と書くので、その時はネガティブな印象を受けるかもしれないけど、長期的に考えれば「成長するチャンス」とポジティブに捉え、物事を考えています。

とは言え、きつかったことはあります。正直(笑)。

一つ大変だったのは、ウガンダに入って2か月が経ち、2015年8月に8期生のインタビューが始まった時でした。1日に3~5人の元子ども兵へのインタビューを行っていました。一回のインタビューは通訳も入れるので約1時間。最初はベーシックな質問、例えば「宗教は何ですか?」「子供は何人いますか?」「悪夢は週に何回見ますか?」といったもの。そこから、個人のストーリーへと触れていくインタビューでした。だから、そのインタビュー中盤から終盤にかけては、その人が実際に反政府軍で体験してきた内容を聞くというスタイルでやっていました。

元々本で読んでいたり、人から聞いたりして、「元子ども兵はこのような苦しみを抱えている」というのを頭では理解していたのですが、実際にその人の口からその人の言葉で聞くと、想像以上に「言葉に出来ないような感情」が込み上げてきて。大体1週間から10日かけてインタビューしていたのですが、その期間は毎晩しんどかった。夜もなかなか寝られないくらい。

というのも、子ども兵の問題って本当に複雑で、本当に大きな問題なんですよね、その問題に、まさに今自分が現地にいて向き合っている。その問題の複雑さや大きさに対して、自分の力の無さ、「この問題に対して自分に何が出来るのだろう」という所に凄く苦しみました。自分の非力さを痛感して、「自分一人では何もできないのでは」「なんでウガンダまで来てこんなに苦しんでいるのか」「早く帰りたい」という想いがあったのも、正直な所です。

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心の支えとなった、元少女兵が連れて帰ってきた子ども達の笑顔(photo by Yuki Nobuoka)
 
 
――これまで私自身もバングラデシュ国際協力隊の活動で50人以上のストリートチルドレンや貧困層の人々から直接お話を聞いてきたのですが、今年1月に行った元少女兵の方へのインタビューはそれらを凌ぐほど難しいものでした。「想像を絶する苦しみを体験してきた人からその話を如何にして聞き出すのか」というのは、物凄く難しいことだと痛感しましたね。手が震えながらメモを取っていたのを記憶しています。
 
 
――「国際協力」活動に関わる多くの方が聞かれる質問かとは思うのですが、なぜ日本ではなく、アフリカなのでしょうか?日本にも子どもの貧困やホームレスの問題など、様々な社会的課題が存在します。それにも関わらず、延岡さんがアフリカやアジアの発展途上国における課題に取り組む理由や信念を教えてください。

これはよく訊かれる質問です。でも、それに対する答えって自分の中では決まっていて、一言でいうと「適材適所」に尽きると思います。これはネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに捉える。その人には、その人にあった活躍できる場がある。その人には、その人の信念や理念がある。そのようなものって、一人一人絶対に違うと思います。「日本にいるから日本の課題を何とかしないといけない」という枠に縛られるのって、自分は違うと思います。

自分には兄がいるのですが、その兄によく言われるのが、「隣の人が困っているのに、なんでお前はその人を見過ごして海の向こうまで行くんだ」。実際、隣の人が困っているという事実はあって、それを見過ごすわけにはいかないのですが、自分がウガンダに行ってしまえばその困っている隣の人がウガンダ人かもしれない。その場所が違うだけで、やっていることは日本に居ても海外に居ても一緒なんですよね。隣の人が困っているからとか、隣の人の笑顔が見たいから、活動している。

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ウガンダ事務所のスタッフと一緒に給食後のお皿洗いをしている様子(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
もし将来的に日本で自分のフィールドを置いたとしたら、きっと日本の課題に目が行くと思うし、カンボジアに行けば...というように意識が変わると思います。本当に「適材適所」で、今たまたま自分は「アフリカ」「子ども兵」という課題に関心を持っている。そして、「元子ども兵の人たちの笑顔を見たい」という想いがあるから、ウガンダでそのような活動に携わっている。それだけのことだと考えています。
 
 
――私自身もこの質問はよく訊かれるのですが(笑)、意外とこの答えって単純なのかなって思います。なにも「日本人だから日本の課題に取り組まないといけない」という規則や縛りは無い。もちろん日本人だからこの国の社会保障に恩恵を受けていて、日本の社会で育ってきたから日本に貢献する...という考えも大切かもしれないけど、今の時代というのはグローバル化が不可逆に進展して、自分という存在と地球の裏の人がどこでどのように繋がるかなんて分からない。

だからこそ、そのような時代の中で、自分のアイデンティティというものを日本人としてだけではなく地球市民としての自覚も持っている人間であれば、地球上の色々な所に課題があるからこそ、自分にとって相応しいと思える場所・課題を選んで身を投じるというのは何も間違っていないと思います。

それに、それ(他国の問題に取り組むこと)によって、「情けは人の為ならず」ではないですが、巡り巡って日本の社会に還元されることもあるだろうし、私たちの活動をこのように日本の人々に伝えることもまた、日本の社会に貢献することに繋がると思っています。詳細は後日予定の「延岡由規×原貫太 対談記事」で書きたいですね(笑)。

そうですね(笑)。「日本人ならではの国際協力とは」という議題について対談する記事とか、面白そうですね(笑)。
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インタビュー中の様子(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
――最後に、日本の皆さん、特にこれからの社会/世界を担う私たちのような若者へメッセージをお願いします。
そうですねぇ...。一つ言うとしたら、自分の心に正直に生きてほしいと思います。これからの社会というのは、変化が本当に激しい時代。そしてその変化の波が早く、いつ何がどこで起きるか分からない。その中で、何を以って「自分としての命」を生きていくか。

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元少女兵が連れて帰ってきた子どもと約8ヶ月ぶりに再会した時の様子(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
自分の中に答えは全部あると思っています。(自分探しの旅をしなくても、)例えば夜の公園のベンチに一人で座って、缶コーヒーを飲みながらボーっと夜空を見上げている中でも、多分自分って見つかると思うんですよね。だから、自分の心の声に耳を傾けて、従いたいけどそこに変なしがらみや縛り―例えば「社会的に立場が悪くなる」「経済的に苦しくなるからやりたくても我慢する」―があれば、それを取っ払っていきたいですよね。だからこそ自分がこのような活動に身を投じているというのもありますし、もっと「世の中はシンプル」と言われて欲しいなと思います。
 
 
――「これからの社会は変化が激しい」という言葉がとても印象的でした。私自身もそれを凄く感じます。
変化に加えてもう一つ、これからの時代って情報が溢れ返ると思うんですよね。その溢れ返るほど多い情報の中で、全ての情報に惑わされてしまうのではなく情報を取捨選択する能力を身に付ける。尚且つ、自分の心、もしくは頭で考えるというプロセスを大切にした上で、自分なりの生き方や意見を構築していく「力」というものが、私たちのような若い世代に求められていると思います。

延岡さん、ありがとうございました。

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延岡さんとインタビューを行った原(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
 
 
インタビュアー兼記事執筆者:原貫太
1994年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部社会学コース4年。認定NPO法人テラ・ルネッサンスインターン生。
大学1年時に参加したスタディーツアーで物乞いをする少女に出逢ったことをきっかけに、「国際協力」の世界へと踏み込む。2014年に学生NGOバングラデシュ国際協力隊を創設、第一期代表。国内での講演多数。
交換留学生として、カリフォルニア州立大学チコ校にて国際関係論を専攻。帰国後、赤十字国際委員会駐日事務所や認定NPO法人テラ・ルネッサンスでインターン生として活動。政治解説メディアPlatnewsでは国際ニュースの解説ライターを務める。
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★認定NPO法人テラ・ルネッサンス★
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~寄付という、「未来をつくる力。」 これからも一緒に~
12月は、「寄付月間」です。"寄付月間(Giving December)は、NPO、大学、企業、行政などで寄付に係る主な関係者が幅広く集い、寄付が人々の幸せを生み出す社会をつくるために、12月1日から31日の間、協働で行う全国的なキャンペーンです"(「寄付月間2016」サイトより引用)。

認定NPO法人テラ・ルネッサンスでは現在、「設立15周年記念募金キャンペーン」を行っております。詳細はテラ・ルネッサンスホームページ・特設ページをご覧ください。
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