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二つの「責任」-21世紀を生きる一人の若者として

2016年04月02日 20時48分 JST | 更新 2017年04月01日 18時12分 JST

大学2年時に学生NGOバングラデシュ国際協力隊を創設して以来、私は様々な機会を通じて世界、とりわけ不条理な現実が蔓延る発展途上国と向き合ってきました

1日1ドル以下の収入にも関わらず路上で暮らすストリートチルドレン。ポリオを患うも物乞いに利用される少年。一夜にして45,000人が殺害された虐殺の跡地。12歳で誘拐されて以来14年間反政府軍に拘束されていた元少女兵。

実際に現地に足を運び、五感を通してその現実を目の当たりにするからこそ、私は痛いほど世界の不条理を感じます。

その一方で日本に帰れば、友達と笑い合い、思う存分勉強をし、そして家族と幸せな時間を過ごす。そんな平和な日々を送ることが出来ます。

 

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駅で寝泊まりし、昼間は荷物運びの仕事をする少年たち。彼らの収入は1日約100円。もちろん学校には通っていない。(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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電車が通る線路沿いのスラム。ここで暮らす子供たちは、時として電車の下敷きになり亡くなってしまう。(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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ポリオ(小児性まひ)を患うも、物乞いをさせられる少年。脇にはお金を入れるためのバケツが設置してあり、定期的に周囲の大人がいくら稼げているかを確認していた。(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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社会復帰施設で基本的な教育を受ける元子ども兵の生徒たち。多くの場合、ある日突然誘拐された彼らの初めての「任務」として、親を殺すことが強要される。(ウガンダにて筆者撮影)

 

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45,000人が一夜にして虐殺された跡地。この記念館には未だにミイラ化した遺体が安置されている。(ルワンダにて筆者撮影)

 

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虐殺の跡地に安置された無数の頭蓋骨。100日間で80万人が虐殺された。(ルワンダにて筆者撮影)

 

 

"なぜ、国際協力活動に携わるのか。平和な世界の実現に向けて、日々尽力するのか。"

 

その理由や目的は、活動する人それぞれに多種多様な形で存在するでしょう。

しかし私は、21世紀を生きる若者だからこそ、とりわけ平和な日本に生まれ育ち、同時に様々な世界の不条理に目を向けている人間だからこそ感じてしまう、二つの「責任」があります。それは、「今の時代に生まれた人間としての責任」、そして「一つの地球にいる同じ人間としての責任」です。

昨年7月に私は、長崎原爆被害者の方から直接お話しを聴くことが出来ました。わずか11歳で被爆し、兄弟3人で爆死した父親を探し回ったこと。戦争が終わっても、食べる物も着る物も十分に無く、大変な日々が続いたこと。

第二次世界大戦が終結してから70年の月日が過ぎ去り、当時の記憶が風化しているといわれる昨今。2015年の日本を生きる私にとって、その状況を「リアル」に想像する事はとても難しいものでした。

その一方で昨夏、私は映画、とりわけ第二次世界大戦にまつわる映画を多く観ました。私と同じ年頃の青年が特攻隊員としてその命の灯を消し、限りない未来への可能性を閉ざした物語。ナチスのホロコーストによって犠牲となった、ユダヤ人家族の物語。ナチズムに対抗し自分の信念を貫き通すも、処刑台の露として消えたドイツ人女子大生の物語-。

戦争、とりわけ第二次世界大戦にまつわる話を数多く見聞きする中で、私の中にふと芽生えた「責任」、それが「今の時代に生まれた人間としての責任」です。

戦後70年が経ち、戦争を体験した方々が日々少なくなっている。その一方で、グローバル化が進展すると共に国際環境が大きな変化を見せ、それに伴い人々の平和に対する意識も少しずつ変わってきているのではないでしょうか。あなたの中で平和とは何を意味するでしょうか。今あなたが生きている「世界」は、平和と呼べるでしょうか。

このような時代において、私たちは何を考えるべきでしょう。

その一つ目として先ほど述べた、「今の時代に生まれた人間としての責任」を私は考えたいのです。第二次世界大戦時、多くの罪なき人々の命が、儚くも散った。そこには、決して数値だけでは表すことのできない、一人一人の人生があったはずです。

その事を、自分の想像力、感受性、あらゆる知覚を通して真剣に考えてみる。自分がその時代に生まれていたらどうだろうか。愛する家族や恋人を残して死ねるだろうか。自分の将来の可能性を全て閉ざしてまで国の為に死ねるだろうか。そこに恐怖や未練、悲しみは無いのだろうか-。

ナチスの罪を直視し、戦後ドイツの周辺国との和解に大きな貢献を果たした、「ドイツの良心」とも称えられるワイツゼッカー元ドイツ大統領は、第二次世界大戦でのドイツ敗戦40周年にあたった1985年5月8日、連邦議会で以下のような演説を行いました。

 

今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれていませんでした。この人たちは自ら手を下していない行為について自らの罪を告白することはできません。

ドイツ人であるというだけの理由で、粗布(あらぬの)の質素な服をまとって悔い改めるのを期待することは、感情を持った人間にできることではありません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。だれもが過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされております。

問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。(引用元サイト:ワイツゼッカー氏と安倍首相の落差

 

私はこの演説のうち、「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。だれもが過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされております。」「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。」に特に目を向け、そして考えたい。

先人が紡いだ歴史の延長線上に、今の私たちの「平和」な日常があるということ。その事を決して、決して忘れることなく、胸に刻み続けること。今は亡き人々の"声なき声"に耳を傾け、平和とは何か真剣に考えること。そして、平和な日々を創り続けていくこと。それが、「今の時代に生まれた人間としての責任」を果たすことに繋がると私は思います。

 

 

もう一つ私が提起したい「責任」は、「一つの地球に生きる同じ人間としての責任」というものです。

その規模や戦争背景は違うにしても、今まさにこの瞬間も戦争・紛争下に置かれ、不条理な苦痛に追いやられている人々がいること。そしてまた、戦争・紛争では無いにせよ、決して平和とは言えない環境下での生活を余儀なくされている人々がいること。

あなたにとって、「他者」という概念は何を意味するでしょうか。その「他者」にも、自分と同じように人格があり、感情があり、知覚があり、人生があるということを「理解」できるでしょうか。もしその「理解」ができるのであれば、今まさにこの瞬間にも世界の不条理に追いやられている人々を、同じ「他者」として認識できるでしょうか。

そしてまた、グローバル化が不可逆なものとして進展し、世界中のあらゆる事が連関を強めている今日において、果たして彼らを「どこか遠い国の可哀想な人たち」で終わらせてしまって良いのでしょうか。彼らのような社会的弱者を産み出す世界の構造に対し、私たちは何の「責任」も無いと言い切ることが出来るのでしょうか。

例えば、今私たちが使っているスマートフォン。このスマートフォンに使われている金属が、紛争が続くコンゴ民主共和国の鉱山から児童労働によって採掘されたものかもしえない。今私たちが着ている洋服。この洋服が、劣悪な労働環境下にあるバングラデシュの縫製工場で作られたものかもしれない。そんなちょっとした「繋がり」を、私たちは無視していいのでしょうか。

 

「一つの地球に生きる同じ人間としての責任」。非常に抽象的で、考えることが難しい概念です。しかし、地球上で生きる様々な人々を「他者」と認識し、「理解」すること、「理解」しようと努めること。同時に、今自分が置かれている環境に対し「自覚」を持つこと。このような過程を踏むことで、自ずとこの「責任」は想起させられるのではないでしょうか。

辞書によると「責任」とは、「立場上当然負わなければならない任務や義務」を意味するそうです。この場合、「立場」とは何なのか。本当に「当然」この任務や義務を負わなければならないのか。この抽象的で目に見えない責任に対してどう向き合えばいいのか、そもそもそんな責任など存在するのだろうか。「使命感」という言葉の方が近いのではないのか。私自身、日々葛藤し続けています。

ただ一つ、確かに言えることがある。それは、私という若者は、この世界の未来を担う存在であるという事。その事をしっかりと胸に刻み、これからも平和な世界の実現に向け、私にできる全力を尽くしたいと思います。

 

原貫太

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学生NGOバングラデシュ国際協力隊の活動はこちらよりご覧ください。

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(2016年4月1日 「二つの「責任」-21世紀を生きる一人の若者として」より転載)